14 一件落着
わたしは、最後のイベントは嫁姑戦争だなんて思っていた自分の愚かさを、いまさらながらに悔いていた。
まさか相手は過去の亡霊だったなんて。しかも2匹でタッグを組んでやってくるなんて。
ノッテとモルモは復讐として、わたしを亡きものにしようとしている。
わたしが手にしてしまったこの金の針、先端にはきっと毒が塗られているに違いない。
そうでなければ、ふたりしてあんなに声高に訴えるわけがないから。
これからノッテとモルモは、この針でなにをしようとしていたのか問い詰めてくるはずだ。
わたしが正直に答えたところでウソだと言い張り、針を調べようとするだろう。
そこで針から毒が検出されてしまえば、彼らの思うツボ。
誰もいないドレッサールームで針を持っていたという状況ですら不審だというのに、さらに毒なんか出たらわたしは完全に暗殺者扱いされてしまうだろう。
サァラ様は、わたしとアルバ様の結婚に反対の立場だ。となればサァラ様を亡きものにすれば、わたしはアルバ様と結婚できる。
そう考えたわたしは、サァラ様の結婚式をミギアムで行なうように提案した。
そんな風に話を持っていかれでもしたら、動機までオマケに付いてくる。
そしてわたしはようやく、最終イベントに失敗したら死ぬという意味を理解していた。
隣国の王妃の暗殺なんて、たとえ未遂でも処刑台送りは免れないだろう。
だからこの濡れ衣は、命にかえても晴らさねばならない。
……デッド・オア・マリッジ……!
最後の戦いの幕は、ノッテが切り落とした。
「答えるのですわ、セイラ! その針でいったいなにをしようとしていたのかを!」
モルモが拳を振り上げてさらにけしかける。
「そうだそうだ、白状しやがれ! お前のことだ、きっととんでもねぇことをしようとしてたんだろう!」
彼らは「毒」という単語は決して使わなかった。
そこまで言い当ててしまったら、逆に不自然だと思っているのだろう。
とりあえず、わたしも毒という言葉は控えたほうがいいかもしれない。
しかしそうなると、なんと弁明するのが最適解なんだろう。
言葉に詰まっていると、サァラ様が疑惑のぎっしり詰まった顔で発言した。
「セイラさん、このドレッサールームには鍵を掛けていました。大聖堂の管理者であるあなたなら、ここの合鍵を持っていますよね?」
「でも、わたしが来た時には鍵は掛かっていませんでした」
「私は扉の状態を聞いたわけでありませんよ。合鍵を持っているかと聞いたのです」
この部屋の鍵は、わたしが来た時には開いていたのは事実だ。
でも合鍵を持っているわたしがそれを言ったところで、わたしの疑惑が晴れる要素にはならない。
サァラ様は、暗にそう言っているのだろう。
わたしは追いつめられるのを承知で、素直に答えるしかなかった。
「はい、合鍵なら持っています」
「わざわざ鍵を開けて部屋に入ってまで、なにをしようとしていたのかしら? まさか明日の結婚式を……」
「違います」
事実が歪められようとしている。このままじゃマズい。まわりにいる貴族たちも、サァラ様みたいにわたしを疑う表情になってきている。
なんでもいいからとにかく言い返そうとしたら、それまで貴族たちの中に紛れていたドーン王子が歩み出る。
わたしとサァラ様の間に立ってくれたドーン王子は、助け船の船頭に見えた。
「母上、セイラさんは聡明で思慮深い女性です。母上に僕との結婚を認めさせる手段として、こんな浅はかな手段は使いません。それになにより……」
ドーン王子はわたしをリラックスさせようとしてくれているのか、いつもよりもさらにやさしい微笑みをわたしにくれた。
「セイラさんは剣には剣をもって応える人だが、愛にはより大きな愛をもって応えてくれる。だから、好きになってくれた人を悲しませるようなマネは絶対にしない。セイラさんは僕の母を愛しこそすれ、命を狙ったりなんかするわけがない。だからこそ、僕はあなたを好きになったんだ」
「ドーン王子……」
ちょっと甘い空気が流れかけたけど、悪霊のようなコンビがそうはさせてくれなかった。
「そんな証言、なんの証拠にもなりませんわ!」
「そうだそうだ! お前……いや、ドーン王子が一方的にのぼせあがってるだけでしょう!」
わたしもそう思ったけど、ドーン王子は「確かな証拠ならあるよ」とあっさり言う。
「キミたちふたりの心の中にね」
「へっ?」となるノッテとモルモ。ドーン王子は名探偵が問うような口調で続けた。
「まず、ノッテ・ソワールさん。あなたはセイラさんの友達だった」
「と、友達なんかじゃありませんことよ! おハーブとおペンペン草の関係ですわ!」
「それでも、セイラさんは親友だと思っていた。だからセイラさんは、陰でいっしょうけんめいあなたを支えた。あなたがハーブの香りでいじめの標的になったら、セイラさんはあなたよりも匂いの強いハーブを身に着けて身代わりになったり、あなたが罪を犯した時にはセイラさんが被っていた」
「それはただ単に、セイラがおマヌケなだけで……!」
「違うよ。あなたの愛に応えたいから、セイラさんはなにをされても陰で耐え忍んでいたんだよ。それが正しいことかはともかくとして、それがセイラさんの愛の形だったんだ。自分が犠牲になることで、あなたが幸せになれるのならと。あなたはそれをいいことに、セイラさんを虐げるようになった。自殺に追い込むほどに」
「うっ……!」
ノッテはわたしにできた初めての友達だった。彼女は態度は高慢だけど面倒見がよくて、まじめ一辺倒なわたしにも良くしてくれた。
『セイラ、なんですのそのおダサい格好は!? おかしすぎて、おハーブもくすくす育ちますわよ! ほら、これをあげましょう。って、勘違いするんじゃありませんの! その服はちょうど捨てようとしていたものですわ!』
ノッテとの思い出が蘇ってくる。彼女もわたしと同じ気持ちになっているのか、それっきり黙ってしまった。
ドーン王子は深く頷くと、モルモに向き直る。
「モルモ・ルモットさん。あなたはセイラさんを愛していた」
「あ、愛してなんかねぇよ! あの女が入れあげてただけだ!」
「それでも、セイラさんは愛を感じていた。だからセイラさんは、あなたが望んでいる上院議会に入れるように尽力した。セイラさんがどんなことをしてくれたのか、あなたにはもうわかっているはずだ」
モルモはわたしの初恋の相手だった。親同士が決めた結婚だけど、わたしはこれを初恋にしようと好きになる努力をした。
『セイラ、今日からお前は俺の女だ! だから三歩下がって、黙って俺についてこい! 気に入らねぇヤツがいたら俺がぶちのめしてやるからな! お前の一生は他の誰のものでもねぇ、俺のもんだ!』
モルモとの思い出が蘇ってくる。彼もわたしと同じ気持ちになっているのか、それっきり黙ってしまった。
しばしの沈黙。悪霊のようなコンビは、憑きものが落ちたような顔でつぶやきはじめた。
「そう、でしたわ……。セイラがいたからこそ、わたくしは誰からも憧れられる令嬢になれたのですわ……」
「そう、だった……。セイラがいたからこそ、俺の家は上院議会に入れたんだ……」
「「剣には剣を……愛には、大いなる愛を……。それが、セイラ……」」
険悪だった場の空気が、やさしいものに変わっていくのを感じる。
わたしは内心、ほっと胸をなで下ろしていた。
よかった、わたしをハメようとしたこのふたりが改心してくれたのなら話は早い。
彼らに自白を促せば、わたしの無実もおのずと証明される。
わたしはドーン王子をマネするような微笑みを浮かべると、猫なで声でふたりに言った。
「ノッテさん、モルモさん、あなたたちがふたたび愛を示してくれるのなら、わたしは大いなる愛を持って応えましょう。どうか、本当のことを話してください」
「「は……はい……わかりました……!」」
やった。これにて一件落着!
わたしは内心、飛びあがってガッツポーズをしていた。
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