13 死か結婚か

 それからしばらくして、ルモット家は上院議会から外された。

 そこから先はあっという間で、ルモット家は階段を転げ落ちるように下級貴族に転落したあと、貴族の地位を剥奪されて没落する。

 しかしモルモは市民議会に入り込み、いまだに貴族のように振る舞っているという。


 そんなどうでもいいことはさておき、ドーン王子はひとときの別れを告げ、わたしの前から去っていった。

 わたしは別れる直前までいつも通りの塩対応だったけど、心にはぽっかりと穴があいていた。


 そりゃそうだ。

 あんなにわたしのことを好きでいてくれて、しかもわたしも好きで好きでたまらない人がいなくなったんだから。


 もしかしたらドーン王子は戻ってこなくて、そのままダリアムで他の誰かと結婚しちゃったりして……。

 そんな不安を抱いたものだけど、わたしはそれに浸っているどころじゃなかった。


 なにせわたしには、良い知らせと悪い知らせの両方が一気に押し寄せていたから。


 まず良いほうの知らせは、次のイベントが最後だということ。

 そのイベントを乗り越えればフラグ調整が終わり、ドーン王子の求婚を承諾しても世界が終わらなくなる。


 そして悪いほうの知らせは、そのイベントに失敗した場合は死んでしまうということ。

 そう。デッド・オア・アライブならぬ、デッド・オア・マリッジ。


「それってどういうことなの!? いまのわたしのなにがどうなったら結婚と死の二択になるの!? いったいこれからなにが起きるっていうの!? ねぇ、教えて!」


 もちろん攻略本にすがったんだけど、そこには非情な一文があった。


『ここから先は、キミ自身の目で確かめてみてくれ!』


 この一文を目にした瞬間、わたしはガラにもなく「うがーっ!」と叫んでしまう。


「前世のわたし、なにしてくれてんの!? なんでそんな漫画雑誌系の攻略本みたいなことするの!?」


 そういえば思いだした。前世でこの攻略本は一冊のノートに収めるつもりだったんだけど、ページ数が足りなそうだったんでセイラのイベントの最後のほうは省略しちゃったんだよね。


 ああ……なんてことを……。もし異世界タイムマシンがあったなら、過去のわたしに丸い穴から顔を出して「やめてバカ!」って言ってやりたい。


 しかしいくら後悔したところでどうしようもない。

 最後のイベントだけは、自力でなんとかするしかなさそうだ。


 わたしは決戦に臨むために、最終イベントの発生トリガーを引く。

 それはダリアム王国の王妃、すなわちドーン王子の母上であるサァラ様の結婚式だった。


 といってもサァラ様は再婚するわけじゃなくて、現国王であるバロウ様と結婚式を挙げる。

 この世界の王族や貴族というのは結婚記念日のたびに贅を尽くした結婚記念式典、ようは結婚式を行なって、権威と夫婦仲の良好をアピールする。


 ちなみにバロウ様とサァラ様は今年で結婚40周年。『ルビー婚式』というやつだ。

 その記念すべき節目の式を、ミギアムで行なうようにわたしは提案した。


 これには両国で多くの反響と反対があったが、わたしが両国に知れ渡った聖女であるということが幸いする。

 しかもサァラ様自身が承諾してくださったことが大きな後押しとなって、結婚式はミギアムで行なわれることが決定した。


 わたしはサァラ様とは直接会ったことはないんだけど、ドーン王子によると、わたしとの結婚には反対の立場っぽい。

 それなのにわたしの提案を承諾してくれたということは、理由はひとつしかない。


 サァラ様はこの結婚式で、わたしがどんな女性なのかを見定めるつもりでいるんだ。

 ということは、この最終イベントはサァラ様のとの戦いになるのだろう。


「ひとあし早い、嫁姑戦争の勃発よ……!」


 とわたしは意気込んでいたんだけど、実はそうじゃなかった。

 でも、それに気づいた時にはもう手遅れだったんだ。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ミギアムでもダリアムでも、王族の結婚式というのは大聖堂で行なわれる。

 そのためバロウ様とサァラ様の結婚式もミギアムの宮殿の大聖堂、すなわちわたしの住まいで行なわれることとなった。


 結婚式の日取りはすでに決まっていて、日数もなかったので準備は急ピッチで進められる。

 おかげで、わたしのまわりは一気にあわただしくなった。

 式を明日に控えたその日は、夜遅くまで設営の最終チェックと最後のリハーサルをしていたんだけど、その途中にヴェールを深く被った聖女から声を掛けられる。


「セイラ……様、サァラ王妃がお呼びです。ドレッサールームに来るようにと」


 そういえば式の準備でバタバタしてて、サァラ王妃にはちゃんと挨拶してなかった。

 ドーン王子もいっしょにこの国に戻ってきているんだけど、ぜんぜん会えていない。


 サァラ王妃がドレッサールームに呼び出すということは、式のドレスに不備でもあったんだろうか。

 でもそれなら専属のコーディネーターがいるはずだから、その人に言うはずだし……。


 なにはともあれ、急いでドレッサールームに行ってみる。


「セイラです、失礼いたします」


 ノックをして部屋に入ってみたんだけど、そこには誰もいなかった。それどころか明かりすら付いていない。

 奥の窓際には豪華なデザインのウエディングドレスが掛けられていて、廊下から差し込む光でキラキラ輝いている。


「……あれ? あの、誰かいませんか?」


 声を掛けながら部屋に入ってみると、じゅうたんに何か光るものが落ちていた。

 拾いあげてみるとそれは、金の針だった。


 刹那、部屋の両開きの扉が全開になり、ひとりのメイドが現われる。

 髪型が変わっていたので最初は誰だかわからなかったけど、声でハッキリとわかった。


「きゃあああああーーーーーーーーーっ!? 鍵が開いていると思ったら、セイラ……様が忍び込んでいたんですのね!?」


 メイドに身をやつしたノッテだった。


「きゃあああああーーーーーーーーーっ!? その手にしている針はなんですの!?」


 ノッテは殺人の瞬間を目撃したかのように叫びまくる。


「きゃあああああーーーーーーーーーっ!? きっとドーン王子と結婚したいがあまり、サァラ王妃のウエディングドレスに何かしようとしていたんですのね!? 恐ろしすぎて、おハーブも叫び出しますわっ! きゃあっ、きゃあっ、きゃあああああーーーーーーーーーっ!!!!」


 わざとらしい絶叫が耳をつんざくほどに響き渡ると、廊下のノッテの背後にあった別室の扉が、呼応するように開いた。


 そこにはサァラ様やドーン王子、そのほか式に参列する予定の高名な貴族たちがいる。

 彼らの先頭に立っていたのは、殴られたアザもまだ癒えていないモルモだった。


「みなさん、見てください! 俺の言ったとおりだったでしょう!? あの女はサァラ王妃の暗殺を目論んでいたんです! あの針できっとおぞましいことをしようとしていたに違いない!」


 わたしは心の中で叫んでいた。


 ハメられたっ……! と。

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