12 アルバの正体(ざまぁ回)

「ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 悲鳴と黄色い歯を撒き散らしながら吹っ飛ぶモルモ。

 そのまま執務室の奥にある本棚に激突して崩れ落ち、上から雪崩を打ったぶ厚い本によってボコボコに打ちのめされていた。


 騒ぎをききつけたのか、宮殿の衛兵たちが部屋になだれこんでくる。


「なんだこの騒ぎは!? あっ、モルモ様が倒れているぞ!?」


 百万の味方が駆けつけたかのように、モルモは息を吹き返した。


「そ……そいつだ! そこに立ってる商人野郎がやったんだ! 俺の女にフラれた腹いせで逆恨みして、この俺に襲い掛かってきやがったんだ!」


「違います」


「違わねぇよ! 相思相愛の上級貴族の夫婦を襲うなんて、ふてぇやろうだ! こうやったらあらゆる手を尽くして、お前を死刑にしてやるからなっ!」


 わたしはすぐに抗議したが、モルモの大声でかき消されてしまう。


「ヒーローも、処刑台にはかなわねぇよなぁ! 晒し首になったら、目の前でこの女を抱いてやるよ! ひゃははははは! 最後に勝つのはやっぱり正義なんだよ!」


 モルモは邪悪な笑い声とともに立ち上がると、悪の首領のようにアルバ様を指さした。


「さぁ、そいつを捕まえろ!」


 衛兵たちはアルバ様を取り押さえようとしたけど、その間にふたりの男が割って入ってくる。

 それは、アルバ様の馬車の御者たちだった。


「離れろ! 頭が高いぞ、控えおろうっ!」


「こちらにおすわす方を、どなたと心得るっ!」


 御者のふたりは金剛力士像のごとくアルバ様の前に立ち、見得を切った。


「「畏れ多くもダリアム王国第1王子、ドーン・ダリアム様にあらせられるぞっ!!」」


 アルバ様がワイシャツの袖をめくり、たくましい二の腕に彫られた王家の紋章を見せつける。

 その瞬間、


 ……ドォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!


 とした衝撃が、その場にいたわたし以外の全員に走る。

 なかでもいちばんショックを受けていたのは、他でもないモルモだった。


「そ……そんな……!? そんな、まさか!? そんなまさそんなまさかそんなまさか……そんなぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!?!?」


「ミギアム王国上級貴族、モルモ・ルモットよ! お前の働いた悪業は、このアルバがすべてお見通しだ!」


 アルバ様……いや、ドーン王子の裁きが始まった途端、モルモはデジャヴのようなスライディング土下座をかましていた。


「ま、まさかあなた様が、あのドーン・ダリアム様だったとは! それにしても、次期ダリアム国王にふさわしい精悍な顔つき! あ、あの女はどうか差し上げますから、どうか、どうか、寛大なご処置を……!」


 ドーン王子はダリアムの人間だから、このミギアムの司法には無関係の立場である。

 しかし直接の関与はできなくても、ミギアムの王族に働きかけることで、間接的にこの国の人間を裁くことが可能だ。


 モルモもそのことはよくわかっているようだけど、酌量のための取引材料がなぜわたしなんだろう。この流れで、なんでそれが通用すると思っているんだろう。

 ドーン王子は国を統べる者らしい、荘厳なる顔つきで言った。


「下衆が……! 女性を金品のごとく扱うような男に、貴族を名乗る資格はないっ! それ相応の沙汰が下ることを覚悟するがいい! それまでどこかで震えていろ!」


「はっ……はひぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 モルモは涙を風に散らしながら逃げていった。

 それからドーン王子は人払いをして、わたし以外の大聖堂の聖女たちを縦一列に並ばせていた。


「ありがとう、これからもこの調子で頼むよ」


 そして子供たちにアメでもあげるみたいに、なにかを配っていた。

 なんだろうと横から覗き込んでみると、それは宝石だった。


「セイラさんの部下である聖女の方々に、セイラさんになにかあったらすぐに知らせるように頼んでおいたんだ。おかげで間に合ったよ」


 ドーン王子……いや、アルバ様に戻ったような表情で、彼はそう言った。


 どうりで、わたしの悲鳴でタイミングよく駆けつけられたわけだ……。

 でもまさか、わたしの部下の聖女が全員アルバ様に買収されてたなんて……。


 わたしは脱力しかけたけど、その身はすぐにサバのように引き締まる。

 お駄賃を配り終えたアルバ様は、ドーン王子の顔つきでわたしを見ていたから。


「セイラさん、しばしのお別れだ」


「えっ?」


「僕の正体を明かしてしまった以上、もうこの国にはいられないからね」


 あ、それもそうか。わたしのせいで……。


「ごめんなさい」


「なぜ謝るんだい?」


「ドーン王子は商人になりたかったんじゃないんですか? その夢をわたしのために……」


「気にすることはないさ。それは親から離れるための方便だったからね。僕は、親が決めた相手と結婚するのが嫌だったんだ。ミギアムで素敵な女性を見つけたらその人と結婚して、商人として生きていくつもりだった」


「そうだったんですか……」


「でもセイラさんと出会って、考えが変わったよ。キミを幸せにできるのなら、僕は王子でも物乞いにでもなる」


 ドーン王子は曇りなきまなこにわたしを映していた。まるで、わたしの姿を目に焼きつけるかのように。


「僕はダリアムに戻って、母上にセイラさんとの結婚を許してもらう。だからそれまで、待っていてほしい」


 ミギアムとダリアムは元はひとつの国だったんだけど、大戦の最中に東西に分かれたという歴史がある。

 東西統一は多くの人が望んでいることだけど、どちらの国の王が上に立つかが大きな問題となっていた。


 だからミギアムもダリアムの王族も、隣国の人間との結婚を許したがらない。

 もしわたしがドーン王子と結婚した場合、ダリアムの王家にミギアムの血が入ることになるからだ。


「母上の説得……これが、僕のみっつめの使命だよ」


 手品のタネ明かしをするように、ウインクをするドーン王子。

 しかしわたしのリアクションがほぼゼロだったので、ドーン王子は驚嘆していた。


「やっぱり、セイラさんはなにもかも知っていたんだね。僕がダリアムの王子であることも」


「はい」


「実をいうとあの・・バラをあげたとき、セイラさんなら気づくんじゃないかと思ってたんだ」


 いや正確には、攻略本で読んで知ってたんですけどね。

 でもそう答えるわけにはいかないので、わたしは「はい」と無難な相槌を返す。


「僕が王子であることはとっくの昔にわかっていたのに、僕への態度どころか顔色ひとつ変えないなんて……。セイラさんは本当にすごい人だよ。いままで僕に言い寄ってきた女性たちとはぜんぜん違う。まったく、どこまですれば気がすむのやら……」


「するって、なにをですか?」


「僕のハートはとっくの昔に空っぽなのに、それでもまだあなたは盗もうとする。これだけ好きになってもまだ足りないなんて……。ああもう、あなたという人は反則だよ」


 ドーン王子は困惑した様子でやれやれと頭に手を当てる。

 その頬は、わずかに上気。イケメンのほんのり赤く染まった顔は、わたしにとってレッドカード級の破壊力があった。


「げふうっ!?」


「ちょ、セイラさん!?」

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