第7話 氷月の刺客
さらに一年が過ぎた。
その一年は私が経験したなかでもっとも平和で安心できるものであった。
王宮にいたときよりも充実していたといっていいだろう。
けっして贅沢はできないけど、私はみたされていた。
花梨と蘭玉陽とともに料理をしたり、織物をしたりするのは実に楽しいものであった。私たちがつくった織物はわずかながら利益をえることができた。
そしてもっとも私の心を満たしてくれたのが烏次元との会話であった。
彼の話す神話や昔話、異国の話はとても興味深く、面白いものであった。
ついつい聞き入ってしまうのだ。
烏次元は講談師の才能があると私は思う。
それに彼は絶世の美男子だ。見ているだけでも時間を忘れさせてくれる
ふかし芋をかじりながら、烏次元の話をきくのが一日の締め括りとなっていた。
「そうなの、その李なにがしという人は悩みすぎて虎になってしまったのね」
私は蘭玉陽が用意してくれた芋をかじりながら、烏次元の話を聞く。
「ねえ、次元は生まれ変わったら何になりたい?」
ためしに私はきいてみた。
「そうですね、私は鳥になりたいですね」
「姓が烏だから?」
「あははっ。そうですね。
「じゃあ、私も鳥になるわ。同じ
そこで私は少し考える。
「
烏次元のきれいな黒い瞳を見て、私は言った。
「何をおたわむれを……」
烏次元は言葉をにごす。
「あらっ私じゃ嫌なのね」
と私はおこってみせる。
この一年でこういうふざけあう仲に私たちはなっていたと思う。
「そうですね、わかりました。皇女殿下が烏に生まれ変わったら、僭越ながら私がそのお相手になりましょう」
「じゃあ約束ね」
私は烏次元に右手の親指の腹をみせる。
それは巷ではやっている約束の仕方だ。
烏次元は私の親指に自分の親指をあてる。
「はい、約束しました」
にこりと烏次元は優しい微笑みをうかべた。
それから数日後、この離宮に虹水蓮が夏燐豹をともない訪れた。
花梨がお茶をいれてくれた。それは来客ようのものだ。普段、私たちは白湯をのんでいる。この付近は水が豊かなのでそれは助かる。
帝都虹輪府は乾燥しているので、水は貴重であったのだ。
「そろそろこの離宮を離れませんか?」
虹水蓮はそうきりだした。
「それはどういうことですか」
烏次元が私のかわりにきいてくれる。
私はどちらかといえば、今の暮らしをきにいっていた。ここを離れる気にはなれない。
「どうやら、北のほうで不穏な動きがあるようです」
そう言うのは夏燐豹であった。
彼がもつ情報網では北の将軍太志真のもとに不満分子があつまりつつまるというのだ。
私はそのことを身をもって知っている。
前の人生で私は経験しているからだ。
およそ二年後、太志真は反乱軍を組織し帝都に攻め上がる。
涼文姫にいれあげ、政治をかえりみなくなった皇帝の軍の士気は低かった。抵抗らしい抵抗もなく、帝都虹輪府は陥落する。その戦いで前の夫である
私は震える手をどうにか制御して、お茶を一口飲む。
平和な生活の時間制限が近づいてきている。
烏次元は夏燐豹の言葉を聞き、どこか暗い顔をしている。
彼もこの状況をはっきりと理解しているのだろう。
「分かりました。明日の朝、ここをでましょう」
私は虹水蓮にそう言った。
私の言葉を聞き、彼はにこりと微笑む。
「姉上、では
虹水蓮はそう言った。
荷造りを終えた私たちはこの離宮での最後の食事をとったあと、それぞれ休むことにした。
その夜眠れない私はこの屋敷の前を流れる小川のほとりにすわり、月を見ていた。この日は美しい三日月であった。
私はどうしたら死なずにすむのだろうか。
どんなに考えても答えはでない。
このままほうっておけば、父である皇帝は太志真に殺される。
帝都に住む皇族や貴族の多くが殺される。
太志真の軍の多くは貧しい民衆出身のものが多く、皇族や貴族らは深く恨まれているからだ。
「お体を冷やしますよ」
優しい声がする。
それは烏次元のものであった。
「眠れなくて……」
「そうですね、私もです」
「ねえ、次元。どうしたら私は死なずにすむのかしら」
私は烏次元の手を握る。
彼はその手を握り返す。その手は温かく、心が落ち着く。
「私がお守りいたします」
力強く烏次元はいってくれた。その言葉を聞き、勝手に涙が流れた。
烏次元が私の手をひき、屋敷にもどる。
屋敷から誰かが出てきた。
その者は闇が溶けたような黒色であった。
黒装束の男は手に何か持っている。
手に持っていたものを投げつけられる。
それは蘭陽玉の生首だった。
「きゃっ」
私はあまりの衝撃に悲鳴をあげ、意識が飛びそうになる。
倒れそうな私を烏次元が支えてくれる。
それから時間がゆっくりすぎる。だけど私はそれに対応しきれない。
黒装束の男は一瞬で距離をつめ、手に持っていた剣で烏次元の胸を貫く。
烏次元はそれでも私を守ろうと覆い被さる。
黒装束の男は動きをとめない。
剣を引き抜き、私の胸を貫いた。
熱い衝撃が私の体を駆け抜ける。
「我らは氷月党。逆賊虹一族を滅殺するもの」
それが私が聞いた最後の言葉であった。
「きゃあっ!!」
私は悲鳴をあげた。
そんな私を不思議そうに見つめている男性がいる。
それは烏次元であった。
あれっ生きている。たしかに私たちは剣で貫かれたはず。
私は周囲を見渡す。
そこは後宮の庭園であった。
死に戻り皇女の生存戦略。毒殺された皇女は生存ルートを模索する。 白鷺雨月 @sirasagiugethu
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