第6話 離宮での生活
私が幽閉された離宮は大陸に二つある大河の一つである竜江の支流近くにあった。
離宮といえば聞こえはいいが平民の家とそれほどかわりはなかった。
私の世話係りとして花梨と蘭玉陽が付き従ってくれた。
二人にはわるいことをしたと思う。
彼女らの生活を限りなく制限することになったのだから。
「後宮よりもこちらの方がのんびり暮らせますね」
目の細い女官の花梨は健気にもそう言ってくれた。
「竜江の近くはお魚が美味しいですね」
蘭玉陽はそう言った。
前の人生では彼女こそが皇帝の愛妃となり、国をかたむけたのだが、今はちがう。傾国の美女は別の涼文姫という女性であった。
どうしてこうなったのだろうか?
まったく見当がつかない。
一緒に生活してわかったのだが玉陽は料理が得意な気立てのいい女性であった。傾国という印象とはほど遠い。
初めの年はそれなりに見張りの兵士が私たちの生活を見張っていた。
それも一年で終わってしまった。いつのころからか誰も家の回りをみはらなくなった。
私はさとった。
見捨てられたのだ。
その証拠に生活費がまったく送られてこなくなったのだ。
貯金などほとんどない私たちはこれからの生活をどうしようかと頭をなやませた。
犯罪者の一味とみなされている花梨や蘭玉陽をやとうものなど誰もいない。
私たちが頭を痛めていると一人の少年が我が家にやってきた。
「お困りのようですね」
大人びた口調でその少年は言った。
年のころは十歳ぐらいだろうか。その瞳は利発そうで、その体は猫のように俊敏そうであった。
「あなたはどなたですか?」
私は訪ねた。
彼のために白湯をだす。
お茶なんていう高級品はこの離宮にきてから口にしていない。
「僕は
ぬるい白湯を一息にのんで少年はそう名乗った。
虹水蓮は若干十歳の若さで
私の目の前にいる虹水蓮は利発そうではあったがまだ少年の幼さものこしていた。
「ええっとても困っています」
私は正直に言った。
明日、明後日の食事はどうにかなるが一ヶ月先の食事はどうなるかわからない状況であった。
「正直ですね」
にこやかに虹水蓮は言う。
「僕が援助してあげましょう」
そう言い、机の上に金子数枚を置いた。
「ですがこのようなことをしてもいいのですか」
私を援助するということは父である皇帝の不興をかいかねない。
「なに構いませんよ。陛下はとうにあなたのことを忘れているのですよ」
それはわかっていたことだが、あらためて別の人間に言われると心が深く傷ついた。
私は虹水蓮の援助を受けることにした。
帝都である
「僕はね、近くこの国は戦乱をむかえると思うのですよ。そのために僕は一人でも多く味方を増やす必要があるのです」
虹水蓮はそう言った。
聡明そうな瞳をしていると思ったが、先見の明があるようだ。
事実あと四年もすれば太志真が北の帝都を陥落させ、さらにその一年後には私は毒殺させられる。
この先なにが起こるかわかっているのにこんな場所で明日の生活にもこまっている私にはなんの手だてもない。
虹水蓮のおかげでどうにか年を乗り越えることができた。
彼は時々私の様子をみにきてくれる。来客などないこの家でそれはささやかな楽しみであった。
そんなある日、虹水蓮は二人の人物を連れて、この家にやってきた。
一人は
そしてもう一人は豊かな黒髪をした絶世の美男子であった。
私がしるもので男女とわずもっとも美しい人物であるその人の名は烏次元であった。
「お久しゅうございます、皇女殿下」
烏次元は深く頭を下げた。
「皇女殿下は面白い卦をもっているねえ」
どこか間延びじた口調で言うのが夏燐豹であった。名に豹という強そうな文字がはいっているが優しそうな風貌の男であった。
烏次元は夏禁虎に頼み込み、
「あのときの饅頭の味がわすれられないのですよ。なのでここまでやって来ました」
その日から我が家の一員に烏次元が加入した。
彼との生活は生まれてはじめて味わう安穏で平穏な日々だった。
ただ私は知っている。あと数年もそうれば天下は麻のように乱れる。
あるとき、私は博学な烏次元に聞いてみた。
「
烏次元は形のいい顎を指先でつまみ、考える。
「先の王朝である
そこで一息つき、烏次元は白湯をのむ。
「氷月の美しさに心うばわれた初代皇帝は命を助けると約束しました。ですが軍師である
烏次元はそう私の知らない歴史をかたる。それは正史には書かれていない歴史であるという。
約束を破る者の子孫は必ず呪い殺すというのが
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