最終話
昨日までは峠があった位置に、採掘場──否、シュド=メルなる怪物の体が横たわっていた。ニャルラトホテプにより無理矢理注がれていた大地の力が失われたのか、そこで再び深い眠りについたのだろう。
「まさか、そんなところに一冊だけ残っていたとはな」
ボロボロの日記を捲り、長老は懐かしそうに言った。
「マーヤ、ここを読んでみなさい」
研究は一度停止する。ミアがいよいよ臨月を迎える。お腹の子は女の子だそうだ。名前はもう決めている。二人で長いこと話し合った結果、マーヤと名付けることに決めた。
「これは、私のお父さん……?」
「お前の両親は、揃って学者だったのさ。邪神に世界が征服されてから、ずっと邪神の正体を暴こうと研究を続けていた。シュド=メルの調査も、その一つだった」
そう言って、長老は項垂れる。
「ある日、邪神を討伐しようという冒険者がこの村を訪れた。レオンとミアに協力を求めるためにな。その時、お前はまだ一歳だった。二人はこの子の未来を守るためにと、私達にお前を託して、邪神討伐の旅に出た……そして、戻らなかった。こんなことが二度と起こらないように、私達は結界を張り、お前に両親の事を知らせないよう、全ての記録を焼き払った」
「けれど、彼女の血に残った『読む』能力だけは消せなかったと」
ヒューイの言葉に、長老は力なく笑う。
「それと、この日記もね。すっかり見落としていたよ」
「みんな、わたしのことを思って秘密にしていたんだね。だからアインも、あんなに怒ってたんだ」
マーヤの言葉に、アインはばつが悪そうに顔を背けた。しかし、とヒューイが切り出す。
「凄いよな。物心ついたときから事情を知ってて、ずっとマーヤの側にいたのに黙ってたってことだろ」
「……なんだよ、罵りたきゃそうすりゃいいだろ」
「いや、素直に感服してるのさ。僕が同じ立場なら絶対ぺらぺら喋っていたからね」
「あんたと一緒にすんじゃねえよ」
言い返してはいるが、どことなく力が感じられなかった。疲れているのだろうか。
「ヴァレリア卿、魔石については、提供しよう。尤も、交易という形でだが」
長老の言葉を受けて、ノエルの瞳が輝いた。
「勿論です。望む物を可能な限りご用意いたします」
「今日を限りに、村の閉鎖も解こう。マーヤは、どうするつもりだい?」
「わたしは、ヒューイに着いていく。お父さんとお母さんだって、まだ死んだって決まったわけじゃない。もしかしたら、まだ邪神と戦う旅の途中かもしれない。だとしたら、一緒に戦いたい」
「そう言うと思ったよ」
その答えに、長老は頷いた。
「アイン、お前は?」
「は? なんで俺に」
「マーヤが冒険に出るとあれば、お前も心配だろう」
「別に」
「なんだよ、君もくればいいじゃないか」
ヒューイの言葉に、アインは面食らったように顔を上げた。
「何言ってんだよ、俺はただの狩人だぞ」
「いや、秘密を守る口の堅さに、負けん気の強さに、銃の腕。君も冒険者として十分やっていけるぜ」
「私もヒューイも剣士だ。魔術師に加えて、銃を扱える者がいれば心強い」
ノエルも加勢する。
「いいじゃない、一緒に冒険しよう!」
「……まあ、お前だけだとなにをしでかすかわからねえからな」
翌日、晴天の元で四人は村を旅立つことになった。
「マーヤ、気をつけてね。無茶しないでね」
ユイがマーヤの手を取ってそう言った。心なしか、目が潤んでいるように見える。
「大丈夫。ユイも頑張って。アインの代わりに、リーダーになるんでしょ」
「うん。やらかしちゃったから、一生懸命やらないと。そうだ、お手紙ちょうだいね。村まで届けてくれるようにしてくれるって、長老が言ってたから」
「わかった、お手紙の出し方も教えてもらわなきゃ」
二人は顔を見合わせて笑った。
「マーヤ、行くぞ」
アインに呼ばれ、マーヤはユイに別れを告げ、三人の元に駆け出した。
「さて、出発しよう。道は険しいよ、ヴァレリアまで三日はかかる」
「なに、山道を二日と経たずに往復した娘だぜ? 心配無用さ」
ヒューイが言うと、ノエルがそれもそうか、と笑った。
マーヤは大きく手を振り、村を背にして歩き出す。今まで結界が張られていたという場所には、先日まで立ち並んでいた木々の代わりに、拓けた景色が広がっていた。
山の下の世界が見える。地平線まで続く、広大な草原。
「わあ、こんな風になってたんだ」
思わず感嘆の声を上げる。
「こんなもんじゃないぜ、世界はまだまだずっと広い」
ヒューイの言葉に、マーヤの胸は期待に高鳴る。ここから先には、どんな人達が、どんな風に暮らしているのだろう。
そして、両親は今どこを歩いているのだろうか。
まだ見ぬ世界に向けて、マーヤは歩き出した。
神読みのマーヤ 東城夜月 @east-moon
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