番号120
僕は今、病室にいる。
駕籠市には立派な総合病院があって、その最上階の個室だ。お金がかかるのはもちろん、強力なコネも必要。
そんな病室だ。
何だか高級ホテルってこんな感じではないかとは思うけど、足を踏み入れたこともないので、あくまで想像。
感想を言葉にするのなら「広い」「豪華」ぐらいしか出てこない。絵が飾ってある病室って、とちょっと引くぐらいまで思ってしまう。
当然、僕が怪我をして入院しているわけでは無い。入院しているのはトマさん――鶴城美穂さんだ。
あの騒動の後、トマさんはすぐにこの病院に運ばれた。
元々佐久間さんが、キチンとこの病院に手を回していたらしい。記憶を失っていること、つまりは落下したことも伝えてあったらしくて、その辺りはスムーズだったんだけど、二回も落ちたとなれば。
ましてや頭を打ったとなれば。
トマさんはずっと意識が戻らないまま、もう一月近く。
僕は毎日、お見舞いに来ている。
ベッドに横たわるトマさんと、電子音で同じリズムを刻み続ける機械。時々かすかに聞こえるトマさんの呼吸音。
そのわずかな変化が大切なのだろう。
だけど今日は、もっと大きな変化がある予定だ。
コンコン
ノックの音。そして僕は返事をする立場には無い。
ノックの主もをれを弁えているのだろう。ドアを開けて入ってきたのは――佐久間さんだ。
「遅くなりました。ようやくあれこれと軌道に乗りましたので。約束通り私から説明させていただきます」
「……今度は嘘を混ぜるのは無しですよ」
「もちろん」
普通なら、ここで病院の談話室なりに行くんだろうけど、この個室には応接セットがある。僕と佐久間さんは自然とその応接セットで向かい合うことになった。
「まずは……そうですね。トマソンに遺言状が隠されているなんて話はまったくの嘘です」
そして佐久間さんが開口一番、そんな告白をする。
確かにそこが始まりで、あの騒動の急所でもあるんだけど……いきなり?
「遺言状の所在ははっきりしていました。ただ十善さんの急逝で、手続きが非常に難しくなっていたんです。簡単に言うと、ですが。そのため時間を稼ぐ必要があったんです。千馬さん、あれで“やり手”な部分がありまして、そういった事情を知られると、厄介なことになることが予測されました」
「じゃあ……トマさんは囮?」
「そうです」
あの騒動が何だったのか、僕にも考える時間があった。
だから、ある程度はトマさんの役割についても悟らざるを得なかったという事情がある。
そしてそれを短く確認してみると、佐久間さんはそれ以上に端的にそれを肯定してきた。
それどころか、想像もしていなかった「手段」についても説明を始めた。
「そのために鶴城さんには簡単な暗示をかけました。トマソンに執着するように。どうしてもトマソン巡りが最優先になるように。これはかなり簡単でした。鶴城さんはそもそもトマソンに思い入れがありましたので、優先順位の順番を入れ替えるだけで済んだわけです」
「そ、そんなことを……」
怒るべき告白だったんだけど、まず僕は呆気にとられてしまった。
そして、怒るべきだと理性が回復した時には「ここは病室」という常識まで頭をもたげている。
どうしたものか、と僕が逡巡していると「もしかして簡単に記憶をなくしたのって、それが原因なのか?」とまで思い至ってしまった。
これは確認すべきなのか……
そんな風に僕が黙り込んでいると、佐久間さんはトマさんを囮にしたことの副次的な効果まで説明を始めた。
「それと、遺言状が宙ぶらりんになっている状況が、千馬さんの影響がどこまで及んでいるのか調べるのに便利でしたので」
要は裏切り者をあぶり出すのに有効だったということか。
確かに効率的ではあるんだろう。
「――そのおかげで十善さんの思う形になったと思います。遺産は財団が運営することで千馬さんの自由にはならなくなりましたし、これ以上の無茶は出来ないでしょう」
そういう形に落ち着いたのか。
確かに千馬が大人しくなるのなら……
暗示の件も含めて僕がなんとか折り合いを付けようと――しっかり怒るべきか否かも含めて――心を捻っていると佐久間さんがいきなり立ち上がった。
そしてトマさんが眠るベッドに近付き、深々と頭を下げた。
言葉はない。
ただ、真摯に。
佐久間さんの後悔が伝わってくるかのようだった。
「……入院費はもちろん、これから先の鶴城さんの生活が経済的には問題ないように計らいました。こんなことで許されるような事では無いことは重々承知です。蔦葛さんをはじめとして御長老の方々には散々叱られてしまって」
そして僕へと視線を向けると、にやりと笑った。
「それでも私は思うのです。今回の騒動では鶴城さんはまったく意味が無いトマソンのような存在だったと。つまり――まさに『トマソンガール』」
「それは……!」
思わず大声を出しそうになった僕だが、それをグッと飲み込む。
トマさんに頭を下げた佐久間さん。あの姿に嘘はない。
だから僕が聞くべき事は……
「……佐久間さん、これからどうするんです?」
その僕の問いかけに、佐久間さんは一瞬、悲しげに顔を歪ませた。
それでも深呼吸をして、平静さを取り戻すと、
「駕籠市を出ます」
とだけ告げ、病室から出て行った。
僕はそれを見送りながら、確信を深めた。
多分、佐久間さんは駕籠屋さんが思う、トマさんの――鶴城美穂さんのパートナーとも見込まれていたんだろうと。
だけど、佐久間さんはそれを無視してトマさんを利用してしまった。
挙げ句にトマさんが頭を打つような危険な目にも遭わせてしまった。
だから佐久間さんは鶴城美穂さんの前から姿を消すことを選択したのだ。
偽悪的に振る舞って、その選択すらも鶴城美穂さんの負担にならないように。
僕はトマさんの眠るベッドに近付いた。
そして佐久間さんが言った、言葉をトマさんに語りかける。
「『トマソンガール』……か」
トマさんの呼吸音が聞こえる。
そうだな。
あとはトマさんのが目覚めるのを待つだけ。
それは決して、無意味なことでは無い。
――僕はそう思うんだ。
グッドエンド
【アイテム子(ht)ゲット】
【全てのアイテムを集め、特別なアイテム以外は順番に並べよう。最後に特別なアイテムをくっつければ……?】
トマソンガール 司弐紘 @gnoinori
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