047_仲間

「ではこれで一件落着ですか」


話が終わったのなら俺は早く帰りたい。


「何故そう思う?」


しかし、ミシェルはそう思っていないようだ。




「何故?」


何かおかしな事を言っただろうか。


「まるでイアンはもう戻って来ないと言っているように聞こえるぞ」


そうか、ミシェルの中ではイアンは今まで何人もの冒険者を誘拐した凶悪犯だ。それが行方不明になっただけでは一件落着とする気にはならないのだろう。


俺はイアンが死んだ事を知っていたために、一件落着と言ってしまったが、失言だったかもしれない。




「スーザンは救出されたでしょう」


スーザンが助かった事を以って一件落着というのは無理筋かもしれないが、言ってしまった以上は、そう言い張るしかない。


「だからと言ってイアンが死んだわけではない」


やはりミシェルにとってはイアンを捕まえるか、死亡を確認するまで、事件が解決したという認識にするつもりは無いようだ。


だからといって今更イアンが死んでいる事をミシェルに明かしても話が面倒になるだけだ。




「でもイアンは行方不明なんでしょう。どこか遠くに逃げたのでは・」


ミシェルの認識ではイアンは行方不明になっただけ。それは捜査の手から逃れるために遠くに逃げたと考えれば、もうこの近くで同じ事を繰り返す事はないと考える事もできる。


「君はイアンが戻ってくる心配をしていないのだな」


残念ながら、ミシェルはそこまで楽観的な考え方は出来ないようだ。




「正体がバレたのに、また戻ってくるというのは危険過ぎるでしょう」


スーザンが脱出に成功したのであれば、当然騎士によってイアンは誘拐犯として手配される。そんな場所にわざわざイアンが戻ってくることは無い。理屈としてはちゃんと筋が通っているはずだ。


まあ、実際にイアンはもう死んでいるのだが。


「追うつもりは無いのか?」


先日の俺の態度を見て、イアンが行方不明になっただけで、俺がイアンに対する興味を失ったのがミシェルとしては腑に落ちないのだろう。




「スーザンが助かったら十分ですよ」


元々イアンを追うきっかけになったのは、スーザンを救出するためだ。スーザンが助かった以上、イアンに執着する理由は俺には無い。


「あの死体の正体は気にならないのか?」


気になるも何も、俺はその正体を知っている。




「スーザンが助かったのに気にする必要があるんですか?」


だからそう答えるしかない。


「あの死体がイアンだとしたら?」


どうやらミシェルはあの死体がイアンであるという事に薄々気が付いていたようだ。つまり今までの会話は俺の反応を見るための物だったという事だろうか。




「いや、まさか」


急に核心を突かれた俺は、思わず声が上ずってしまう。


「そうだな。君は現場に居なかった。あれがイアンかどうか分かるはずもない」


やはりこれはわざと言っているな。




「そ、そうですね」


かといって俺達があの時イアンの家にいたという確証を持っている訳でもなさそうだ。余計な事は言わずに無難な相槌だけ打つ事にしよう。


「ところで、イアンが何故スーザンを誘拐したか知っているか?」




「いえ」


本当は知っているが、今は知らない体を装う事にしよう。


「奴の家から悪魔憑きに関する書類が大量に見つかった。恐らく生贄にするつもりだったのだろう」


その通り。




「そうですか」


俺は余計なことは言わずに話を合わせる。


「だとするとあの死体は悪魔召還に失敗した結果だろう」


これも正解だ。まあイアンが悪魔召還をしている事に気が付けば、その考えに至るのは難しくないだろう。




「なるほど」


だがとりあえず俺は初めてそれを知った風の返事をした。


「しかし、そうなるとおかしな事になる」


またしても、ミシェルの眼光が鋭くなった。




「何ですか?」


恐る恐る、俺は聞き返す。


「生贄となるはずだったスーザンは逃亡している。何を生贄にした?」


まあ、当然の疑問か。生贄無しで悪魔召還は出来ない。




「何か、スーザンの代わりとなる誰かを用意したんじゃないですか?」


まさか俺達がイアンを生贄にしたなどと言う事は出来ない。


「スーザン以外の別の誰かが誘拐されたと言うのか?」


少し無理があるだろうか。だがイアンならばやっても不思議はない。




「まあ、可能性の話ですが」


実際にそんな事は無かった事は知っているが。


「だがスーザン以降、冒険者が行方不明になった者はいない」


残念ながら、そこの調べはついているようだ。




「なら人間以外の生き物とか」


だったら人間以外を生贄にしたという話はどうだろうか。


「悪魔召還の生贄には魔力を持つ生き物が適しているらしい。つまり下手な生き物を使うよりも人間を使った方が良いらしい」


どうやらミシェルも悪魔召還について少しは調べたようだ。




「だから、イアンの屋敷に残っていた死体はイアンだっていうんですか?」


俺は白々しさが出ないように聞き返す。


ミシェルは悪魔召還について調べた結果、あの人間とは思えない死体が、悪魔召還によって変質したイアンの体だという事に気が付いたのだろう。


「そうだ。だからあの死体がイアンであると考えれば今回の事件は筋が通る。ただ一つを除けばな」


どうやらミシェルの中で今回の事件についてほぼ結論は出ているようだ。




「ただ一つ?」


嫌な予感がする。


「あの死体がイアンであるならば、イアンが悪魔召還の生贄にされたという事になる。それならイアンを生贄にした別の誰かがあの現場に居たのではないか?」


そこまで気が付いているのか。




「イアンが自分自身を生贄にしたって事は?」


嘘ではない。一回目の召喚で、イアンは自分自身を生贄にして悪魔召還を行った、二回目はケイトが術者となったが。


「事前に誘拐をしてまで生贄を用意するような者が、そんな事をするとは思えない」


まあ、そうだろう。最初から自分を生贄に使うつもりであるならば、わざわざ生贄を誘拐してくる必要は無い。




「なら、誰です?」


それは自分ですと言うつもりは無い。だからこそ俺はそう聞き返すしかない。


ここまでの話の流れから、もうミシェルは真相にたどり着いている可能性がある。俺の質問からミシェルが答えるまでに気まずい沈黙があった。


いや、それを気まずいと感じているのは俺に罪悪感があるだけで、ミシェルは何とも思っていないのかもしれない。


それでも俺にとってはミシェルが答えるまでの間がとても長く感じられた。


「さあな」


ミシェルの答えはそっけない言葉だった。その言葉とは裏腹に、ミシェルの視線が痛い。明らかに俺達の事を疑っている。


証拠が無いというだけで、完全に分かって聞いているだろう。




「話はこれだけですか?」


はっきり言って当日現場に居た俺達が、当日現場に居なかったミシェルから話を聞いたところで得られる情報は無い。それよりも余計なことを言ってミシェルに疑われるのを避けなくてはいけない。


もう手遅れかもしれないが、これ以上はミシェルが何を言い出すのか分からない。俺としては早く話を切り上げたかった。


「ところで、君達は最近毎日クエストを受注しているな」


そんな俺とは対照的に、ミシェルは唐突に世間話のような事を言い始めた。




「それが何か?」


初心者の俺達はあまり高額の依頼を受ける事ができない。必然的にほぼ毎日クエストを受注する事になる。


「だが数日間クエストを受けなかった期間がある」


そんな時もあるだろう。




「俺達にも色々都合があるんですよ」


とはいえ、たまには高額の依頼を受ける事も出来るし、贅沢しなければある程度の蓄えをする事もできる。数日間クエストを受けない事がそんなに不自然な事だろうか。


「だろうな。そしてある日を境にまた毎日クエストを受注するようになった」


ミシェルの目がまた鋭くなった気がした。




「何が言いたいんです?」


俺はミシェルの意図が分からなかったが、その答えは直ぐにミシェルの口から語られた。


「それはスーザンが脱出した日だ」


つまりは、俺達がイアンに対して何かをしていたから、クエストを受ける余裕が無かったのだろうと、そう言っているのか。




「た、たまたまですよ」


今はまだ具体的な証拠がある訳ではない。ただの状況証拠だ。ミシェルが俺達を疑っているとはいえシラを切るしかない。


「私はギルドマスターである以上、冒険者が死んだり、冒険者が人殺しをしたりするのは都合が悪いんだ」


公にはイアンは行方不明であり、死んだことにはなっていないが、ミシェルの方が都合が良いのだろう。


そしてあの死体がイアンであったとして、誰がイアンを殺したかという話になってしまったらミシェルにとっては面倒な話であり、イアンを殺したのが冒険者であるという事になってしまったらギルドマスターとしてはさらに面倒な話になるため、今のままイアンは行方不明という事にしておいた方が良いのだろう。




「そうですか」


それは俺にとっても願っても無い話だ。まさかミシェルが真相にたどり着くとは思っていなかったが。


「私はギルドマスターであり騎士ではない。だから私は君達の都合が何なのか聞かないし、あの日のアリバイについて確認したりしない」


ミシェルはギルドマスターとしてギルドの利益を優先するならば、俺達が何をしていたほかは深く追求しないという事か。


どうやら、俺達を糾弾したり脅したりするつもりは無いようだ。




「分かりました」


ミシェルの言葉に安心すると同時に、ミシェルに弱みを握られているというのはどうにも居心地が悪かった。


いくら現時点では具体的な証拠がある訳ではないとはいえ、ミシェルが本気で捜査を始めたら具体的な証拠を見つけかねない。


最後に、ミシェルは満面の笑顔でこう言った。


「だから、もしもイアンを見つけたら遠慮なく相談してくれ」


そんな事が起きない事は分かっているだろうに。


ミシェルに何故ギルドマスターが務まるのか、分かったような気がする。




 ●




ミシェルの部屋を出て俺達はギルドのクエスト掲示板の前まで来た。


「ふう」


俺は掲示板に貼られているクエストを見ながら、ようやく一息つく。


ミシェルの前では生きた心地がしなかった。やはりあの呼び出しは俺達の関与を疑っていたのだ。


ミシェル本人に真相を口外する意思は無いようだが、あまりいい気はしないが、知られてしまった以上はどうしようもない。




それに、あの日イアンの屋敷に居た事がバレたとしても、サーシャの秘密は守れたようなので、それだけで良しとしよう。


「よう」


掲示板の前でクエストを眺める俺を、まるで待っていたかのようにスーザンが声をかけた。




「ああ、また会ったな」


俺からすれば、スーザンと待ち合わせをしていた記憶は無いのだが、ギルドマスターは既にスーザンには話を聞いたと言っていたし、俺達がミシェルに呼び出されたように、スーザンもミシェルに呼び出されたのだろう。




色々と話したい事があったが、その場で話して冒険者やミシェルに聞きつけられると面倒になりそうだったので、一旦場所を俺たちの寮に移した。


部屋に入り、各々腰を下ろし一息ついたところで、スーザンが話を切り出した。




「ギルドマスターからの事情聴取はどうだった?」


道すがら、ギルドマスターから事情聴取を受けた事だけ話した。スーザンもまた同じ用で呼び出されていたらしいが、誰が聞いているか分からないため詳しい話を外で話す事は避けた。


「イアンの家で死体が見つかった事と、後はイアンが賞金首になった事を聞かされたよ。なんか疑われてるみたいだったね」


俺達を疑っているのであれば当然スーザンも疑われるだろう。




「何を言われた?」


具体的に何を言われたのか気になるところだ。


「偶然脱出したのに斧を持っていたのはおかしいとか」


脱出時にスーザンが持っていた斧は俺が予め屋敷に持ち込んでおいた物だ。戦闘中にスーザンに渡したのだが、スーザンは戦闘後に成り行きでそのまま騎士の所へ行ったのだ。




「まあ、言われてみればそうか。何て返したんだ?」


確かに牢屋に捕まっていたスーザンが斧を持って逃げて来るというのは不自然と言われても仕方がない。俺もスーザンを行かせる前に斧を取り上げるべきだったが、そこまで思いつかなかった。


「たまたま部屋に置いてあったものを拾ったって言うしかなかったよ」


多少不自然な答えだが、俺にも他に良さそうな答えは思いつかない。ミシェルはさっき話した感じだと、全部を分かっている。という事はミシェルに事の真相を隠すのは無駄であり、ミシェルは分かった上で黙殺するつもりのようなので気にしても仕方がないだろう。




「俺達の事は黙っててくれたのか?」


スーザンとしては、あまりにも疑われるなら真相を話すという手もあっただろう。だが事前に打ち合わせをした通りの、スーザンが自力で逃げ出したというストーリーを通してくれたのか。


「ああ。そういう約束だろ」


スーザンとしては俺達に助けられたという恩もあり、俺達に対する約束を守る方を優先したのか。




「良かったのか?」


ギルドマスターに疑われるという事は、ギルド内の扱いで今後不利益があるかもしれない。


「悪魔絡みの話は外部に出したくないんだろ?」


イアンを倒した理由の一つに、サーシャが持っている悪魔の力を外部に知られたくないというのがある。


あの日起きた事を全て明るみしようとすると、俺達が何故イアンの場所を突き止めたかという事を説明する必要がある。それにはサーシャが刻印の魔術を使える事を説明する必要があり、悪魔の力を持っている事を明るみにする事と同義だ。


イアンが死んでこの事を下手に口外しそうな者が居なくなったのであれば、スーザンは自力で脱出し、イアンは行方不明になったという事になっていた方が俺にとっては都合が良い。




「ああ。あれは秘密にしておいてくれると助かる」


スーザンは現場に居た都合上、サーシャの体に悪魔が憑いている事を知っている。しかしそれをギルドマスターにまで話してしまうとどうなるか分からない。


あまり話を大事にしたくはないし、イアンはもともと人間という事もあり、魔物化した人間を討伐したという事がどういう扱いをされるかも分からない。


さらにイアンと戦ったのはクエストではないため、俺達がイアンを倒したと言ったところで報酬が出る訳でもない。


そうであれば、余計な事を口外するよりも、サーシャの秘密を守ったほうが良いだろうと言う結論になった。


そしてスーザンは実質命を救われたという事もあり、その申し出を快く引き受けてくれた。


「まあ、そっちがそう言うなら、あたしもこの件についてはこれで終わりにするよ」


犯人であるイアンは死んだ。スーザンとしても、これ以上何かやる事は残っていないのだろう。




「ああ、じゃあまた元の冒険者に戻るのか?」


死の危険を感じて、冒険者を辞める者は一定数いるが、多くの冒険者は他に収入を得るすべが無く、冒険者を続ける事になるのがほとんどだ。


「他に収入もないからね。元の冒険者に戻るしかないよ」


スーザンも後者に当てはまるようだ。




「またソロでやるのか?」


スーザンはソロで活動していた。元に戻るとう事はきっとそういう事なのだろう。


「そう言いたいところだけど、死にそうになったからね。やっぱりソロで活動するのは限界を感じるよ」


そう思っていたが、流石に誘拐までされてはソロでの活動は辞めるようだ。




「パーティーを組むのか?」


まあ、ソロが危険なら誰かとパーティーを組むという話になるだろう。


「つれない返事だね」


だが俺の言葉はスーザンの予想していたものとは違ったようだ。




「何だよ? 何か考えがあるのか?」


だが俺には何が言いたいのか分からない。


それと見たサーシャは呆れた顔をしていて、ケイトはクスクスと笑っている。そして、ケイトが意を決したかのように、こう言った。


「ああもう、分かったよ。あたしもパーティーに入れてくれって言ってるんだよ」


スーザンの語気の強さに、俺は若干気圧されながらも、こう返した。




「ああ、そういう事か? まあ俺は構わないぞ」


イアンとの戦いでもかなり危ないところだったが、俺達のパーティーに参加するのでいいのだろうか。


実際にイアンとの戦いはスーザンが居なければ勝てなかっただろう。俺はスーザンが加入するというのであれば歓迎する。


そのつもりだったが、俺の言葉に反応したのはサーシャだった。


「また増やすの?」


どうやら、サーシャは不満のようだ。




「この前の戦いだって四人いたから倒せたんだろ」


一人でも欠けていたらイアンは倒せなかった。


「そうだけど、最近増えすぎ」


言われてみれば、いつもは二人だったがケイトに続きスーザンが入り四人になった。短期間で増えたというのは事実だろう。




「仲間は多い方が良いだろ」


魔物と戦う事が多い冒険者としては仲間は多い方が良い。まあ、人数が増えれば手取りが減るという短所もあるが死ぬよりはマシだろう。


「あの力を知られないために、不必要に他の人とは関わるなって言ってたくせに」


確かにそういう話を言った時期もあった。




「冒険者としてあの力を使う事もあるんだから、仲間は居た方が良い」


とはいえ魔物と戦う以上、あの力が必要になる事もある。隠し続けるよりも仲間を作って秘密を共有した方が良いだろう。


「アタシはもう知ってるけどね」


イアンとの戦いであの力を使ったためにスーザンもあの力の事は知っている。




「サーシャとは仲良くしてやってくれ」


俺からも頼みこんだ。


「じゃあ、改めてよろしく」


スーザンはあの力を見てもサーシャの事を恐れたりしないようだ。イアンのあの変身をみたら、あの魔術など些細なことなのかもしれない。


サーシャにとってもスーザンは知らない顔ではない。打ち解けるのにそう時間は掛からないだろう。




「ケイトもそれでいいか?」


その様子を黙って見ていたケイトにも話を振る。


「私は賛成ですよ」


特に反対する様子はなさそうだ。




「じゃあ、まずは当面の生活費を稼がないとな」


この数日、イアンと戦うためにあまりクエストをこなしていなかった。お陰で貯蓄は殆ど底を尽きている。


そうして俺達は、四人パーティーとなって、クエストを受けるためにギルドに向かった。

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悪魔憑きは悪魔召還士から逃げられない 月ノ裏常夜 @Dark_side_moon

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