046_呼び出し

部屋には静寂が戻った。


光が収まり、恐る恐る目を開けると真っ先に目に入ったのはイアンが立っていた場所に放射状に赤い染みが広がっている。


そしてイアンの姿はない。その代わりにイアンの体だったものがバラバラになって飛び散っている。先ほど俺の体に当たったのもこれだろう。


光源となっていたサーシャのファイアボールは消失している。ケイトが召喚魔術を使った際にキャンセルしたのだろう。現在部屋に対する唯一の光源である月明りがその残酷な光景を無慈悲に照らしている。


更なる異変は直ぐに起こった。


部屋に張られていた結界がなくなったのだ。




「これで終わりか?」


思わず俺はそう呟いた。


術者であるイアンが居なくなったために結界が解けたという事だろう。つまりイアンは完全に死んだという事だ。


頭では理解しているが、まだ実感がない。


「流石に、今ので死んだんじゃないか?」


答えたのはスーザンだった。


俺一人以外にも、イアンが死んだと考えている者がいる事に俺は内心ホッとしている。




「そうか。魔法陣を傷つけておけばこうなったのか」


ケイトが言っていた通り、破損した魔法陣で強引に召喚魔術を使った事により、魔術が暴走して、生贄として選ばれたイアンはその餌食となった。


「影縫いで足止めしてくれたおかげですよ」


そう言いながらケイトが立ち上がる。先ほどまでは召喚魔術で魔力を魔法陣に込めるために、地面に手を付いていたが、もうその必要は無くなった。




「なあ、これ最初の召喚の時に魔法陣に傷つけておけば自滅してたんじゃないか」


魔法陣に傷を付けるだけで失敗させる事ができるなら、最初の召喚でも出来ただろう。俺が事前に屋敷に忍び込んだ時に、魔法陣に傷を付けておくという手もあったかもしれない。


「ある程度知識があれば、傷ついた魔法陣で強引に魔術を使う事は危険であると分かります。初めから傷を付けていても補修されていただけですよ」


それがケイトからすれば知っていて当たり前の知識なのかもしれない。




「あいつにそこまでの知識はあったか?」


俺は魔術にそこまで詳しくなく、ついさっきまで知らなかった。イアンも魔術が暴走する事に、直前まで気が付いていなかったように見えた。


「無かったみたいですね。あそこまで無知だとは思いませんでした」


ケイトからすれば、イアンがあそこまで知識が無いという事が予想外だったのだろう。まあ結果的に倒せたのだから良しとするか。




「それにしてもこれ、どうするんだ?」


そう言いながら俺は床に広がった血糊と肉片を指さす。


「そんなのは放っておいて、さっさと帰りますよ」


ケイトの返事は淡泊だった。




「放っておくのか?」


いくら悪党とはいえ、これをそのままにするのは少し気が引ける。


「他に何があると言うのです。持ち帰る気ですか?」


言われてみれば、俺達がこれを片付けるというのも変な話か。




「いやまあ、それは無いが、このままっていうのもな」


とはいえ家の中に肉片が散らばったままにするというのに気が引けると言うのも確かだ。


「何を言っているのです。私達は人の家に侵入したのですよ。余計な事をして私達がここに居たと言う痕跡を残す方が問題です」


それでもケイトはこのままにした方が良いと考えているようだ。




「それもそうか。じゃあ、帰るか」


確かにこれ以上余計なトラブルに巻き込まれるぐらいなら、このままにした方が良いか。


結界が消え、スーザンも救出した今、俺達がここに残る理由は何もない。


俺達は四人で、イアンの館を後にした。




 ●




その後、俺達は家に帰り、スーザンは一人で騎士の駐在所に行った。


スーザン本人の証言でイアンに一時的に監禁されていた事を騎士に報告した。ギルドマスターからの事前連絡があった事もあり話はスムーズに進んだ。


イアンがああなった事から、スーザンは自力で脱出して、騎士のところまで逃げたという事にしてもらった。


ギルドマスターにあそこまで言った手前、俺達が何かをしたのを疑われるのは目に見えていた。だから俺達がイアンの家に行く前にスーザンが自力で脱出して俺達が何かをする前に事件が片付いたという筋書きにする事にする必要があった。




イアンが死んだのは自業自得であり、俺達がイアンと戦ったのは正当防衛のような気がするが。俺達がイアンを殺したという事がバレれば面倒になるからだ。イアンの死はともかく。俺達があの屋敷に入ったのは不法侵入と言われてしまえば言い逃れは出来ない。だったら俺達はあの場に居なかった事にした方が良い。




あの状態のイアンを殺した事が罪に問われるかどうかは分からないが、面倒な事になる位ならスーザンが自力で脱出したという話にした方が良いだろう。


それに、ギルド側もスーザンが誘拐されていた事は把握していた。そのスーザンからの証言であればそれを嘘だと言うのは難しいだろう。


そうして何事もなく事件が沈静化していたと思っていた数日後に、俺達にギルドマスターから呼び出しがあり、再びギルドマスターと話す事になった。




 ●


 


ギルドマスターからの呼び出しからある事は、予想はしていた。


あれだけの啖呵を切ったのだ。俺達がスーザンの脱出に何か関与していると疑うのは当然だろう。


それにスーザンからの証言があるとはいえ、当のイアンは死んでおり、他にスーザンの証言を裏付ける証拠もない。俺達に話を聞きたくもなるだろう。




まあ騎士からではなく、ギルドマスターからの呼び出しであるという事は、俺達がイアンを殺した事を疑っているという訳では無いだろう。


ここで呼び出しを拒めば逆に怪しまれる。俺はケイトとサーシャを連れて三人でギルドマスターの呼び出しに応じ、以前と同じギルドマスターの部屋に来ている。


「さて、君たちを呼んだのは他でもない。イアンの話だ」


俺とサーシャ、ケイトが机を挟んでギルドマスターと向かい合う席に座ると、早速ミシェルは話を始めた。




「何でしょう」


俺は何も知らない体を装っている。スーザンとは口裏を合わせた。ミシェルも騎士伝いにスーザンの証言は聞いている筈だ。だから俺は事件はあくまで噂で聞いた程度であり現場には居なかったという設定を通すつもりだ。


「スーザンが脱出した事は知っているか?」


やはりそう来るか。




「はい。噂で聞きました」


事前に考えていた台詞で俺は答えた。


「それから、騎士がイアンを捕縛しにイアンの館に向かったが、イアンの館はもぬけの殻だったそうだ」


それは俺も知っている話だが、ここでは俺は初めて知ったような反応をした。




「そうですか」


とはいえ、あまり驚く必要もない。スーザンは脱出し事件は片付いたのだ。あまりイアンに執着している様子を見せるのも不自然だ。


「代わりに、奇妙な死骸が残されていた」


それはバラバラになったイアンの事だろう。現場に居なかった者がみれば、奇妙な死骸という表現をしても不思議ではない。




「はあ」


俺はまた、淡泊な反応をしてみせた。


「何だ、興味ないのか? 君達は一度イアンとギルド内でやり合っただろう」


少し反応が淡泊過ぎたか。俺の反応はミシェルの予想外だったらしい。




「俺達がイアンを倒したんじゃないですよ」


一応疑われているかもしれないので、これははっきりと言っておこう。


「そうだな、スーザンは自力で逃げ出したと言っている」


やはりミシェルはスーザンの証言を聞いているようだ。




「どうやって逃げたんです?」


知らないフリをしてあえて聞いてみる。


「牢屋から出されて移動するときに、隙を見て逃げたらしい」


これは事前にスーザンと話した通りの内容だ。




「無事なら良かったじゃないですか」


これで一件落着。そうなってもらえるとありがたい。


「ちなみに、イアンに捕まって自力で逃げ出して来たのは彼女だけだ」


しかし、ミシェルの様子を見るに、まだ何かを疑っているようだ。




「何人も誘拐してたら、一人ぐらいミスして逃げられたって事では?」


スーザンの証言を疑うという事は、やはり俺達の事を疑っているのだろう。なら俺スーザンの証言の正統性を主張した方が良いだろうが、この理屈は流石に無理があっただろうか。


「イアンがスーザンに逃げられただけと言うなら、イアンが姿を消すのはおかしいと思わないか?」


ミシェルはイアンが死んだという事を知らない。だからイアンが姿を消したという認識になっている。


そうなるとイアンはスーザンに逃げられた直後に姿を消したという事になる。確かに今の状況は不自然かもしれない。




「スーザンの証言から自分の悪事がバレる事を恐れて、騎士が来る前に逃げたのでは?」


スーザンの認識が正しいと仮定して、その状況でイアンが姿を消す動機となるのは、騎士からの追跡を逃れるためという事ぐらいしか思い浮かばない。


「それならイアンの館で見つかった死体が何なのかが分からないな」


俺はあれがイアンの死体である事は知っているが、それを言ってしまうと俺達がイアンを殺したのを自白するの同じだ。




「それはイアンに聞かないと分からないでしょう」


これ以上余計な事は言わない方がよさそうだ。


「君は盗賊だ。その気になればイアンの家に忍び込める」


ミシェルの眼差しが鋭くなった。やはり、それぐらいは気がつくか。俺が盗賊である事を知っていればその予想にたどり着くのは簡単だろう。




「私があの死体をイアンの家に持ち込んだって言うんですか?」


だがあの死体の正体に気が付いていないのならば、まだ誤魔化しようがある。ただの盗賊である俺があの死体を一体どういった方法と動機でイアンの屋敷に持ち込んだか、ミシェルは分かっているのだろうか。


「そんな酔狂な真似をする者が居るとは思っていないよ」


そうだろう。あの死体を持ち込んだのではなく、イアンと戦った結果イアンがああなったのだ。そこに気が付かない限り、仮に俺があの屋敷に侵入した事を疑ったとしても、俺があの屋敷に謎の魔物の死体を持ち込んでバラ撒いたという事になってしまう。




「いくら俺が盗賊だからって言っても、他人の家に忍び込んだら犯罪である事ぐらいは分かってますよ。そんな事する訳無いでしょう」


俺は当り障りのない返事をする。


「そうだな、私としても君のような有用な冒険者が泥棒として捕まるのは困る。だからこの件については君の言葉を信じる事にしよう」


随分と言い方に棘があるような気がする。どこか脅しの様に聞こえるのは気のせいだろうか。

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