2-3 酒は心の鎮痛剤

 逃げ場を失った女の姿を見て、男は歯茎をむき出しに笑う。獲物を追い詰めた猟犬の笑みだ。大口からよだれがだらだらこぼれている。


 心臓バクバク、血液ふつふつ、脳は煮え立ってぐらぐら。ゲンキナミンが脳内麻薬の放出を促進させている。

 その狂犬じみた様子を見て、女はじりじりと後ずさる。


「畜生め!」

 素早く拳銃を抜き、三点射する女。


「そんな豆鉄砲が効く訳ねえだろ! こっちは軍用のアーマースーツだぞ!」

 三発が三発とも男に命中したが、小口径の拳銃弾ではかすり傷もつかない。女はコンソールを操作して隔壁を少しだけ開くと、隣のブロックにするりと逃げ込んだ。


「逃がすかよ!」

 男はタックルで隔壁を破壊。敵を追い詰めた興奮で、体中が一層熱くなる。もう、体中噴火寸前だ。


「さあて観念しろ。泣くまでぶん殴ってやる!」

 その瞬間だ。


「補助薬剤枯渇。アンリミテッドモード、終了します」

 AIの冷たい声。


「うるせえ!」

 叫び、男は女に殴りかかる。こんな細っこい女、リミッターがあろうがなかろうが、パンチ一発で手足をボキボキに折ってやれる。


 ところが、だ。

「い、痛えよーーーっ!」

 世にも情けない声を上げたのは、男の方だった。床を蹴ろうとした拍子に、全身を激痛が貫いた。

 指の一本も動かせず、男は無重力の廊下でゆっくりと回転する。


「ったく、だからよせって言ったんだ」

 女があきれたように言う。


 さっきまでの怪力無双が嘘のように、全身が言うことを聞かなかった。

 それもそのはずで、男は全身を粉砕骨折していた。


 パワースーツの人工筋肉は、脳波を読み取って稼働する。リミッター解除により超高速で稼働するようになったスーツの四肢の動きについて行けず、男の手足の骨は粉微塵になってしまったのだ。


「そのパワースーツ、不良品だぜ」

「お、俺の体が~~~!」

 男の耳には女の声は聞こえていない。ただ、激痛にもだえるだけだ。


「ったく、どこの誰が手前てめぇみたいな三下に懸賞金をかけるんだよ、まったく」

 女は手際よく男をトリモチで固め、パワースーツのエマージェンシーハッチを開けて鎮痛剤を打ち込む。


 実際のところ、男は大悪党とはほど遠い小物だった。犯罪歴と言えば、立ち小便、スピード違反、それにせこい密輸が二、三件だけ。


 駆け出しの悪党にありがちな、誇大妄想だった。


「いいか、賞金がかかってんのは手前じゃねえ。そのパワースーツだ」

 鎮痛剤が効いてきたのか、男はあんぐりと口を開けた。


「リコールがかかってんだよ。軍の連中、事がばれないように必死で欠陥品をかき集めてんのさ。ま、訴訟を起こすんなら、証人にはなってやるぜ。治療費くらいはふんだくれるだろ」

 そう言って、女は笑ったのだった。



「ま、アタシら賞金稼ぎの奔走むなしく、この件は汎銀河新聞にすっぱ抜かれちまった。リミッターを切ると全身を粉砕骨折しちまうなんざ、欠陥設計も良いところだ。ゲンキナミンの注射は、それをごまかすための鎮痛剤さ」


 アタシは、スマホのホロシアターを使って当時の新聞記事を空中投影する。

「まあ、良い稼ぎにはなったぜ。すっぱ抜きのおかげで被害者救済も進んだしな」


 話に聞き入っていた酔っぱらいたちの視線が、一斉に新聞に集まる。

 見出しには『連合軍、パワースーツの欠陥を隠蔽。被害者の元兵士ら七百人が集団訴訟を準備中』とある。


「あれーっ、もしかして、この人――?」

 スマホをいじっていたココアが、素っ頓狂な声を出す。

 彼女がホロ投影した動画は原告側へのテレビインタビューだった。全身に包帯を巻かれてベッドに伏したブル・テリアそっくりの犬星人が、インタビュワーに答えている。


「さてな。アタシのあずかり知らぬ話さ」

 唾をまき散らしながらパワースーツの欠陥を言い立てる犬星人を横目に、肩をすくめる。

 「流石に同情するな」とサル星人がつぶやき、「哀れな悪党に乾杯だ」と犬星人が唱和する。


 パッチは、すっかりげっそりした表情をしている。ココアがぶちまけたウォッカのゲンキ割は一口も手を付けていないようだった。

「痛みを酒でごまかすのもほどほどにしな。いつの間にか心が粉砕骨折してても、痛覚が麻痺してちゃ気付けねえんだからな」

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賞金稼ぎはかく語りき――宇宙大航海時代のこぼれ話 掛川計 @kk3776

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