魔王をやる理由

有耶/Uya

魔王をやる理由

「これで終わりだな……魔王」


「……まさか、貴様一人でここまでやってのけてしまうとは。あっぱれだよ」


「その言葉はそのまま返そうか、魔王……お前は俺の仲間を全て殺した。僧侶レキスタを消し炭にし、回復手段を失ったところで戦士グリードの四肢をもぎ、俺を庇った魔法使いナフィールの胸を貫き……この俺にも致命傷を与え、相打ちに持っていった。直属配下とは比にならないその強さ、敵ながら賞賛に値する」


「そうか……それにしても勇者、お前は随分とさっぱりしているんだな」


「……どういうことだ」


「私は邪魔になりそうな僧侶を焼き尽くし、怒りに任せて突っ込んできた戦士を引きちぎり、貴様を庇った魔法使いを無情にも穿った。仲間を殺された貴様の憎悪はもっと凄まじいものだと思っていたが、賞賛できるほどの余裕があるとはな」


「いや……憎悪はある」


「それにしては憎悪が弱くはないか? 貴様は存外にも仲間を道具として見ていたとでも言うのか?」


「そうじゃない……仲間を失ったことはとても悲しいし、お前がとても憎い。ただ、俺たちはそれを覚悟していただけだ。誰かは必ず死ぬと分かっていた上での討伐の旅。ナフィールも、レキスタも、それを覚悟してお前に臨んだのだ」


「確かに、あの魔法使いの平然さには驚いた。目の前で仲間を二人失ったにも関わらず、私への攻撃と警戒を怠らなかった。生半可な覚悟では到底成せないものだ……だがあの戦士。奴は僧侶を倒した直後、怒りの咆哮を上げて私に特攻を仕掛けた。覚悟していたのでは無かったのか?」


「グリードは覚悟を決める期間が短かった……あいつはだから」


「二人目だと……?」


「最初にいた戦士ゲインは少し前に亡くなった。道中で負った傷から何かしらの病であっという間に……その後任として急遽派遣されたのがグリードだ。彼に実力はあったが、まだ若く、そして俺たちほどの覚悟を持つのも間に合わなかった。一番不幸なのはグリードだ」


「なるほどな……」


「でも、ゲインが生きていようがこの結末は変わらないと考える……誰が残っても同じ道を辿る。それくらい、お前は強かった」


「負かされた相手から強いと褒められても、むしろ私の心が抉れるだけだ」


「俺は勝ってない。引き分け……あの四人がいなければ確実に負けていた」


「引き分けか……」


「…………」


「…………」


「……一つ聞いていいか」


「冥土の土産だ、答えてやろう」


「なぜ魔王なんてやっていたのだ」


「…………魔王を、やっていた理由?」


「ああ。どうせ世界征服だの、魔族の世界を作るだの、そう言った独裁者地味た目的だとは思っているが――」


「考えたことが……無いな」


「……は?」


「と言うか、いつから魔王だったかも定かではない。気づけば魔王になっており、気づけば人間と戦っていた……何故だ?」


「俺が聞きたいくらいだ……魔族というのは案外適当なのか? 適当に侵略される人間の身にもなって欲しい」


「それは違う……違う。それでも我々は本気だった……本気で、何かを守っていたのだ」


「……守るだと?」


「正確に言えば、逃げていた。逃げるために守っていた」


「お前は下っ端の魔族が何をしたのか分かっていないようだな。集落を襲い、老若男女を喰い殺し、果てには多くの国を滅ぼした……その悪虐の限りを尽くした魔族が逃げていた? 守っていただと? そんな虚言に誰が頷くか! どれだけ人を虐げれば満足するのだ! 魔王!」


「……いや、逃げていたんだよ」


「まだ言うか。今からその考えを改めるのならば楽に殺してやろう。だがそれを撤回しないのなら、俺の最後の力をもってして腹を斬り裂き、内臓を一つ一つ潰す。それでもか」


「……それが貴様の憎悪か?」


「何が言いたい……」


「……ようやく、貴様の憎悪と相見あいまみえることができたと思ってな」


「そのためだけにそのような戯言を吐いたと言うのか……!」


「いや、あれは事実だ。そうとしか言えない」


「貴様……!」


「まあ首を刎ねるのはまだ早い……じきに私も死ぬのだ。どうか最後の戯言だと思って付き合ってはくれないか」


「……話し終えたら、俺のやりきれない憎悪に付き合ってもらおう」


「それでもよい……」


「なら、話せ」


「……魔族というのは、野獣であり人間なのだ。双方の性格を併せ持ったキメラとでも言うべきか。野生を備えていながら、人間のしての知性を持った動物なのだ」


「自虐か」


「悟りだよ。この後に及んでね」


「そうか……続けろ」


「分かった……だが私たちは新人類にはなれないのだ。勇者よ、魔族の土地を見てきて、何か気づいたことはないか?」


「いくらでもある。最も衝撃を受けたものは、野生化した魔族と、集落を形成している魔族がいたことだ。魔族毎に大きく文化レベルが異なっていたのには目を疑った」


「では、集落には何があった?」


「……何も。家と道と、少しの灯りがあっただけだ」


「それが、人間と魔族を隔てる大きな差だ。貴様ら人間は田畑を耕し、自分で作物を育て、それを分け合い生活しているそうだな」


「言われてみれば、魔族の集落に農場らしきものはおろか、牧場も見つからなかった」


「魔族は、狩猟生活が主となっていた。そのため、人間のように自分たちで作るという発想に至らなかった。結果として、我々は生きる手段として『奪う』ことを選んでしまったのだよ」


「考える害獣……ということか」


「皮肉な名前を付けるじゃないか」


「それで? 結局お前たちは何から逃げ、何を守っていたのだ?」


「……奪うこと、それは人間社会でも起きること。行った張本人はなんと弁明するか」


「勿体振らずに教えろ。そろそろ俺も限界だぞ」


「生きるためだよ」


「……生きるために?」


「そう。酷く単純な話だ。生きる手段として奪うことを選ぶ。それはまごうことなく生きるためであり、もっと言えば『死』から逃れるためであったのだ。死から逃げ、命と生活を守るために、我々は生きたのだよ」


「動物らしいな」


「だから人間にはなれないのだよ。それしか考える脳を持ち合わせないから」


「……いや、人間も同じだ、魔王が出るまでは争い続けた人類だが、その根幹はやはり、自分が生きるために始めたことなのだろう。考えれば考えるほど腑に落ちた。この魔王との戦いだって、人類の死から逃れ、平和な世界を守るために始まったこと……」


「……どうした?」


「もしかしてだが……魔族も平和を守るために戦っていたのか?」


「……そうかもしれない。そうなのであれば、どこかで対話ができたかもしれないがね」


「……最期に後悔を作ってしまった。これでは死に切れんな」


「頼むから成仏はしてくれよ……あ、そうだ」


「なんだ」


「私からも一つ、よいか?」


「できるだけ手短に頼む」


「魔王を倒そうとした動機はなんだ」


「動機か……それは国王に依頼されたからだな。これは一国だけでなく、世界の平和を守る戦いであった。英雄として死ぬのも本望だし、英雄として凱旋するのも俺の希望だった。だから俺は魔王をると決めた」


「……貴様自身の意志はないのか?」


「……無かった。別に俺は魔族に強い恨みを持っていたけでも無かった。家族を殺されたことも、自分自身が魔族に襲われたことも無かった……それでも、魔王に支配されるのは怖かった」


「なるほど。もっとも、私に支配欲など無かったのだが」


「結局は双方が双方の平和を守るために起こった戦争でしかないのか。魔族は自分たちの生活を守るために狩猟を繰り返し、俺たち人間は魔族の被害から人々を守るために戦い始め、いつしかどちらかの命運を賭けた戦いとなってしまったのだ……ただ、そんな単純な理由だったのか……」


「互いに行き違い、自己防衛の末に双方が力を使い果たす不毛な戦いとなっていたのか……やはりどこかで」


「ああ……どこかでやり直すタイミングはあったはずだ」


「ただ、自分たちのことばかりを気にしていたため、それに気づけなかった。俺たちは――」


「我々は、なんて愚かな種族だ」


「…………」


「……気を落とすな。いつか、私たちの後に続く者が、それに気づき、融和を図るであろう。希望は潰えた訳ではない。次とは言わないが、そう遠くない未来に期待しようではないか……」


「…………」


「……勇者よ、まだ生きてるか」


「……生きている…………死にそうだが」


「実のところ、私もそろそろだ」


「お前の腹……斬り裂けなかったな」


「まだ諦めてなかったのか」


「……いや、もうどうでもいい話だ」


「もう憎むのはやめたのか」


「ああ、俺も大概に愚かだ。お互い様だ」


「そうか。ならこのまま、静かに果てようではないか……」


「なら……最期に……魔王、お前は来世を信じるか」


「来世……次の生か……あるとは信じたいな」


「ならば……もしだ……もし、お前が生まれ変わり、再び魔族として生きることとなれば……次は争わずに済むだろうか……? もっともっと平和に……人間と魔族が共生できるような……そんな……せかいを……」


「……約束しよう、勇者。次があれば、必ず私は人間と分かり合えるよう尽力する……だからそのときは、貴様も共に歩んでくれ……人間と魔族の融和に向けて……貴様だけ天国で傍観など……許さないからな……」


「……心得た。次は手を汚し合うのではなく、手を取り合おう」


「約束だからな」




「さよなら、魔王/さらばだ、勇者」




 ――また、いつか――

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