きみに花を贈る

香久山 ゆみ

きみに花を贈る

「毎日花を贈ってほしいの」

「……う、うん」

「ふふ、うそ。毎日じゃなくていいわ。飾ったお花が枯れないようによろしくね」

 欲しいものはあるかと聞いておきながら、「毎日」と言われて一瞬怯んだ僕に、彼女は屈託なく笑った。まったく我ながら情けない。

 それを挽回しようと、毎日花を買って帰ったのも始めのうちだけで、すぐに音を上げた。買うのは構わないが、飾るのが面倒なのだ。それで、彼女の言葉に甘えてやっぱり枯れるまで粘ってから、買い替えようと決めたものの、なぜだか僕が活けた花はすぐに枯れてしまう。新しく飾った花たちは三日目にはもうしょんぼり項垂れている。彼女が飾ると、もっと長いこと元気に咲いているような気がするのに。

 この際、不恰好な飾りつけは二の次で、まずは花を長保ちさせるため奮闘した。そうして花瓶の前で切花を抱えて右往左往する僕に、彼女はアドバイスの一つもくれずただ黙って笑っている。

 花を切るための専用の鋏があるらしい。

 茎を切る際は断面が斜めになるようにカットすると、水の吸収がよくなる。水の中で切ると茎に空気が入る心配がない。なお「水揚げ」には様々な技術があるという。

 バクテリアが発生すると花が傷むから、花瓶の水はこまめに替えるべし。特に菊の花はアクが強いから毎日水を替えてください。

 バクテリアの発生を抑えるため、水に混ぜる花の延命剤というのもあるらしい! なければキッチンハイターを薄めて入れてもよい。十円玉を入れるといいとか、砂糖を混ぜるといいといった俗説もある。

 水をよく吸うように、定期的に茎の先端は切戻してやるのがよい。

 花屋に通うたびに、店員から豆知識をご教授いただく。なんて世話のかかることだ。けれど、それだけやっても僕が活けた花は一週間保てばよい方で、結果、彼女のために週に一度花を買うという習慣が定着した。

 当初は、さくっと華道の体験教室でも寄って毎回立派なアレンジメントを飾ってやろうと密かに計画していたものの、とてもそんな余力はなかった。なので、彼女には申し訳ないけれど、毎度切り揃えた程度の不恰好な花束をプレゼントした。そんなでも彼女は差し出された花を見てにこにこ笑っているから、僕の方でも「そうだ、これが僕らしい花束なんだ」と開き直ったりした。

 毎週花を買うにも関わらず、花には一向詳しくならない。知っている名前は、チューリップやヒマワリなど。その時々に、店先から彼女に似合うもっとも美しい花を選ぶだけだ。

 始めのうちは「白と黄色で奇数本にすべし」など周りからアドバイスを貰ったりしたものだが、満中陰を過ぎてからは好きにしている。花を愛したきみに色とりどりに華やかなものを贈りたくて。本来ならそこに飾るには派手すぎるかもしれない。でもきみは満足そうに笑っている。

 あれからもう何十年と。

「お父さん、根気強いねえ」

 娘からは、感心しているのか呆れているのか分からぬ賛辞。僕は曖昧な苦笑を返す。

 そんなやりとりをにこにこと見守るきみ。老けることない変わらぬ笑顔。娘はもう、遺影の中のきみの年齢を越えた。お喋りなところがきみによく似ている。孫も二人いて、遊びに来るたび「ばあばに」と言って花を持ってくる。お陰で仏壇は以前に増して華やかになった。

 我ながら、根気強いとは思う。

「毎日花を贈って」と言ったあと、きみは付け加えた。

「でも、他に大切な人が出来たら無理しなくていいからね。ただ、最後はとびきりたくさんの花を頂戴ね」

 真っ白なベッドの上、冗談めかして言うきみのパジャマの胸元はずいぶんぶかぶかになっていた。

 長年に渡り、そんな心配は無用だった。

 けれど今日、きみに最後の花を贈る。今までにない程の、抱えきれないくらいたくさんの花束を。

 棺に溢れんばかりの生花が納められる。

 生前に自らの葬儀の手配をした。きみの時よりも多くの花を用意する僕に娘は呆れていたくせに、今はぼろぼろ泣いている。泣きながら一輪でも多くの花を納めようと奮闘している。きみに似て優しい子だ。約束通り、蓋を閉める前に、もっとも美しい花を僕の胸に載せてくれた。きみの写真だ。きみの穏やかな笑顔はどんな花よりも美しい。

 ずいぶん待たせてしまったかな。でも、時々は枯らしてしまったけれど、毎日花を飾るという約束を遂げたから、ぜひ笑顔で迎えてほしい。これからきみに会いに行く。抱えきれないくらいの花束を持って。

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