第52話 母の悩み2
―――コトンッ。
エルザの前に紅茶を注いだティーカップを置く。
「はい、ど〜ぞ」
「ああ。」
仏頂面と短い返事でカップを受け取るエルザに対し、他の人が見たら無礼な奴だと受け取る人もいるだろう。しかし、長い付き合いの私達にとっては無礼でもなんでも無い普通のやり取りだった。
「レイナと杖を交えたらしいな。」
開口一番、エルザが口を開く。
「ええ。バティルから聞いたの?」
「ああ、初めて見た魔法の打ち合いが面白かったみたいで凄い喜んでた。」
「まあ、バティルは魔法を使いたかったみたいだし、憧れとかもあるのかもね。」
「………。」
エルザが少ししょんぼりとした顔になる。もしかしたらバティルが剣の道には興味が無いのかも知れないと思ったのだろう。
「別に剣の道に興味が無いっては言ってないじゃない。エルザみたいになりたいって言って剣を振ってるんだもの、両方に興味があるのよ、きっと。」
「そ、そうだよな………。」
バティルが来てから、こういったエルザの動揺する姿を見る機会が増えて少し嬉しい。アル君が死んでしまってからはメッキリ感情を出す機会が無かっただけに、こういうのを見ると懐かしくて頬が緩む。
特にこういう、エルザがソワソワし出すのが一番多かったのは、2人が付き合い始める位の頃だった。嫌われてないかとか、汗臭くないかとか、服が汚れていないかなどで右往左往していたあの時が懐かしい。
「そう言えば、バティルが言ってたから詳細は良く分かってないんだが……まさかレイナに対して『フィールド』を作ったのか?」
「―――っ!? うぐっ……ごほっ、ごほっ、……そこまではしてないわよ!」
紅茶を飲んでいる時にとんでもない話題が飛んできたので
「まあ、そうだよな。」
「―――当然っ!」
「バティルが「大人気無い、大人気無い」と言っていたから、まさか本当に大人気無い事をしたのかと思ったぞ。」
「そりゃあ、まだクエストに出て欲しくないって本気で思ってたけど……そこまでして止めないわよ。ちゃんと今のレイナのレベルに合わせて魔法を使ってたわ。」
実際、本気でクエストには出て欲しくなかったが、レイナの基礎はそれなりに完成しているのは分かっていた。なので、後はそれが咄嗟に出るのかという事と、どこまでの覚悟を持って反抗して来ていたのかを見定めたかったというのがあった。もし、本気で止めようとしてたら――――
「まあ、本気で止めようとしてたら、あの条件でクリアするのは私だって無理だろうしな。」
「そうよ。レイナがどこまで出来るか見ておきたかったの。だから、ちゃんと手加減したわ。」
「そうだろうとは思ってた、思ってたが…………お前だとテンション上がってやりかねないと思ってた。」
「そこの判断くらい出来るわ!」
確かにレイナの成長が凄まじく、ちゃんとした魔法の打ち合いになっていたのでテンションが上がったのは否定しない。けれど、レイナが『フィールド』を作るような程のレベルに達していたかと言うと否だ。作った瞬間、レイナは氷漬けになっていただろう。
あの時のエルザのように、瞬時に判断して私の懐に入って斬り付けるという芸当まではほど遠い。それが出来るようになるには、大型モンスターを討伐出来るようになってからの話だろう。そのレベルの出力とスピードが必要になる。
「すまんすまん。……ただまあ、一時はどうなるかと思ったが、無事にレイナもハンターになれて良かったんじゃないか。」
「そうね。エルザから見てレイナの戦闘はどうだったの?」
私はレイナの戦闘をこの目で見ていた訳じゃないので、実際に見ていたエルザから聞いて、これからの授業メニューを考えよう。レイナは無事にハンターになったが、むしろこれからが大事なのだ。
「魔法を当てるという事に関しては全く問題なかったな。私が見ていた中で1発も外していなかった。相手がレイナの魔法に追い付けていなかったという事もあるんだろうが、それでも初めてであの命中率は凄い事だ。」
「ふむふむ、命中率は問題ないか……。それじゃあ、問題点はどこだと思った?」
「移動しながらの攻撃だろうな。シャドウウルフに追いかけ回される場面があったんだが、レイナは魔法を使わずにひたすら回避していた。回避しながら反撃する事とか、お前がやっているみたいに魔法を追従させておけるようになった方が良いとは思った。」
エルザから見たら、私が普段からやっているあの追従させる魔法は簡単に出来ると思ってしまっているのだろう。だが、あれはそれなりに難しい物なので、初心者のレイナが出来るはずもないし、そもそも初心者に教えない方が良い。
まずは回避しながら魔法を放てるようになってからだろう。
それから、生成の要素を省く為に追従させる魔法を教えるのが順序としては正しい。いきなりあのやり方を教えてしまうと、初心者はまずその場から一歩も動けなくなる。回避して魔法を放てる様にならないとあのやり方は意味がないのだ。
「そっか、なるほどね。……でも、私とやった時は避けながら魔法を出してたんだけどね〜。やっぱり実戦だったから?」
「それもあるだろうが、お前との戦闘は言わば遠距離からの石の投げ合いみたいなもんだろ。それだと攻撃をしてからその攻撃が届くまで暫くのタイムラグがあるが、近づいて斬り掛かっている相手はそんな時間はほとんど無い。そこの違いもあるんじゃないか。」
魔法の撃ち合いに対して「遠距離からの石の投げ合い」と表現された事に意義を唱えたい気持ちが出てくるが、そこをなんとかグッと飲み込んで話を続ける。………なんて事が出来るはずもなく。
「ちょっと! 石の投げ合いって何よ! そんな原始的な物じゃないわ!!!」
互いに研鑽を積んだ知識と技術の応酬に対して、それ位の認識で見て貰っては困る。剣士は剣士で見応えはあるが、魔法は魔法で面白い所はいっぱいあるのだ。
知恵を絞って相手の隙を作ったり、逆に作らされてしまったらどう魔法で反撃するのかなど、魔法を取捨選択してその時その時に合わせて使うのは、石の投げ合いで済まされる領域ではない。
「……すまん。でも、別にそこが重要なんじゃなくて……時間差があるって言いたかったんだが。」
「それは分かってるわよ。でも、そんな感じで見てたら勿体無いわよ。色々、相性とかも考えて魔法を使ってるんだから。」
「そうなのか? お前はいつも氷魔法ばっかりだろ。」
「そりゃあ、相性を考えるまでもない相手だっただけよ。ソニアおばさんの時は色々使ってたでしょ?」
「あ〜、確かに使ってたな。」
人生で一番楽しかった魔法の撃ち合いを思い出す。
まだエルザとパーティーを組んで半年とかそこらで、ソニアおばさんが私の前に現れて「ハンターを続けたかったら私を倒してからにしろ、出来なかったら家に戻って来い。」と言われて戦ったのだ。
当時から魔法学校では無双してたし、半年とはいえクエストを何個もクリアしていた時だったので勝てると思っていた。
しかし、やはり私がハンターになりたいと思った要因な人だけあって相当強かった。
今回のレイナのように泥だらけになって勝ったのは良い思い出だ。………まあ、実際は泥だらけなんて生易しいものでは無く、足をもいででも連れて帰るという覚悟で襲われたので、戦闘が終わった時にはお互いが出血多量で死に掛けていた。
ソニアおばさんもいい歳なのに元気すぎる。
「まあ、その事は良いわ。これからのレイナの練習は、まずは走りながら魔法を出させてみようかしら。」
「それが良いだろうな。」
そう言ってから、お互いに紅茶を飲んで一息入れる。
話を変えるタイミングとしては絶好のタイミングなので、飲み終えたと同時にオルドレッド家の進捗を聞いてみる。
「そう言えば、バティルとの生活はどうなの、順調?」
「それが……。」
エルザが口籠る。
まだ何かあったのかと疑問に思うが、親友の悩みは私の悩みでもあるのでなるべく解消してやりたい。ここまでエルザの表情が増えたのだ、このまま回復して立ち直るエルザを見るまで惜しみなく手助けをするつもりだ。
「………私の料理の種類が少ない。」
「……………。」
それは確かにそう。
私がエルザに教えてあげた料理の種類は7種類だ。エルザがアル君にもっと好かれる為に料理を教えようとなり、それでいて同じ料理で飽きさせない為に一週間分――7種類――の料理を教えたのだ。
だがそれは夕食の種類の話で、朝食や昼食はいつも同じ物を食べている事を知っている。エルザはそこの事を言っているのだろう。
「バティルに何か言われたの?」
「いや、バティルは何も言ってない。ただ、もうちょっとそこら辺をどうにか出来たら良いなと思ってるんだ。」
「色々、試してはみてるんでしょ?」
「ああ。フルーツポンチなんかも作ってみた。」
(ほほう、それは私が教えてない料理じゃない。)
前回、エルザがお母さんと言われたいが為に胃袋を掴もうとしていたのを知っているし、今だにあの成功体験が忘れられないのだろう。別に悪い事じゃないし、むしろ良い傾向だと思う。
「分かったわ! じゃあまずは朝食の種類を増やしましょう!!!」
胃袋を掴む道に終わりは無い。
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次回 『 乱獲事件編 』
あの日、彼女たちに何があったのか………。
―――乞うご期待!!!
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ここまでこの作品を読んで頂き、ありがとうございます。
現在、続きを書いている所なのですが、初めての執筆活動という事もあり、中々に執筆が遅くなっています。ですが、続きは書いていくつもりですので気長に待っていただけると幸いです。
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ありがとうございました。
フリーター、狩人になる。 大久保 伸哉 @tati001
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