嘘告潰し

403μぐらむ

第1話

「……えっと、こっ、高塚くん! あにょ、わたしゅ――」


 プシュッーというような音が聞こえてきそうな勢いで頬どころか、耳の先まで真っ赤に染まった顔。


 今日の陽気のせいなのか、緊張のせいなのか、はたまた噛んでしまった冷や汗なのか額にはうっすらと汗が滲んでいる。




 誰がどう見ても真剣そのものの表情。


 彼女の指先を見ると微かに震えているのもわかった。




 演技しているようには到底見えないし、もしこれが演技だったならアカデミー賞女優だって裸足で逃げ出すって。




 これを見てしまったら、真剣に彼女の言葉を聞かないといけないって思うよな。


 だけれども、そうは簡単にはいかない理由があったりする。










 ――話は昨日の夕方まで遡る。




 僕の名は高塚優斗こうづかまさと。どこにでもいるような平凡な高校二年生だ。


 突出したところもなければ、著しく落ち窪んでいるようなものもない。勉強も平均値、運動だって可もなく不可もなしといったところ。




 僕は生徒会に所属しているのだけど、今日は会長に捕まってこんな時間まで拘束されてしまった。




「もう六時じゃないか。腹減ったぁ~」


 カバンを取りに教室に入ろうとすると中からクラスメイトの陽キャたちのはしゃいだ声が聞こえてきた。


 ほんの出来心から、ドアの陰から中の会話を立ち聞きしてしまったんだ。




「じゃあ罰ゲーム決定なっ! 明日、嘘告するんだぞ⁉」




「あ、相手は誰にするの?」




「ん~高塚辺りでいいんじゃないか? あいつなら下手にいじけそうもないし反対に逆上とかもしなさそうじゃないか」




「生徒会所属って手前、煩く騒ぎまくることもなさそうだし、ちょうどいいんじゃね⁉」




 そんな話が聞こえてきた。




(あっ、出てくるみたいだ。どこかに隠れないと!)


 慌てて物陰に隠れて陽キャの連中が帰っていくのをやり過ごす。




「僕が嘘告のターゲット? ふざけ過ぎじゃないか? くっそ! いっそ嘘告なんて潰してやろうじゃないか!」












 ………なんてことがあって、今朝、僕の下駄箱の中に一通の手紙が入っていた。




『放課後、体育館の裏で待っています。絶対に来てください。お願いします』




 シンプルながらも切実な思いがこもった一文だ、と何も知らなかったら信じてしまいそうになる。




「ふんっ、騙されやしないぞ!」




 ただ、このまま呼び出しに対して無視決め込んで行かないと不戦敗になった気がするので堂々と呼び出しの場には行くつもり。








 そして今僕は指定場所の体育館裏まで向かっている最中。




「なんだろう。嘘だって分かっているのになんだかドキドキしてきたぞ……」




 嘘告とは言え告白自体されるのは生まれて初めてのこと。初体験が嘘告っていうのも情けないやら侘しいやらだけど。




 体育館の角を曲がって裏手に入ると、女の子が一人こちらに背を向けて佇んでいた。




(彼女が嘘告してくる女子か? 陽キャグループの誰かかと思っていたけど、黒髪?)




 陽キャのグループにいる女子は三人。茶髪二人に金髪一人。黒髪の女子はいなかったはずなのだが、目の前にいるのはどう見ても黒髪ショートな女子だ。




 僕が近づくと彼女が振り返る。




「あ、え? し、清水さん?」




「高塚くん。来てくれたんだ、ありがとう」




「いや、遅くなってごめん。待った?」




「ううん。大丈夫、同じクラスなんだからHR終わりの時間は一緒だよ」




 だよね。待ったとしても僅かな時間でしか無いよね。それにしても清水さんか……。








 清水知那美さんは黒髪ショートボブ、化粧っ気の殆どないけれどいつもリップだけは塗っているようでプルルルとみずみずしい。


 どちらかと問われれば地味な女の子だけど、、目はくりっとしていて小動物系な可愛らしさがある。




 クラスでの席は僕の左隣。教科書を忘れたときなどは見せあいっこなんてするくらいには仲がいい、つもりだった。




 そんな清水さんが僕に嘘告? 冗談はよしてくれ‼




 僕の清水さんに対する嫌悪感は微塵もない。それどころか寧ろ彼女は僕の好みドンピシャで本来ならこの告白に小躍りするくらいには喜べたはず。


 告白の返事だって有無もなく即OKを返していただろう。




 なのに……。




 嘘告をするなんて、酷すぎるじゃないか⁉ 僕のことを弄んでそんなに楽しいのか?


 他愛もない話をして楽しそうにしたキミの笑顔は全部まやかしだったのか? そんな……もう僕は女の子のことは信じられないよ。




「えっと、清水さん。こんなところに呼ぶなんてどうしたんだろう?」




 どうしたんだろうって白々しい。僕も大概だけど、このショック状態から立ち直れないので、適当な言葉を紡ぎ出すのが精一杯なんだ。




「あの……。高塚くんって、えっと、カノジョさんとかいたりする?」




「カノジョ? いないよ。いた事さえ一度もないよ。ははは、僕はこう見えてぜんぜんモテる方じゃないからね」




 こう見えてって、見たまんままったくもってモテる要素は僕には無いと思うんですよ。情けないことにね! だから嘘告なんて仕掛けられるわけで……。




「よかった……」




 ん? 今、清水さんは良かったって言わなかったか? あまりにも声が小さすぎて聞き取りきれなかったので確かかどうかはわからないけど。




 それになんだか、安心したかのようにホッとしているような雰囲気さえある。


 嘘告なんだから、僕にカノジョがいようがいまいが関係ない気がするけど違うのかな?




 そっか。もしいたら断るの前提になっちゃうかもだから『やーい、マジになってやがるの~』っていうからかいが無効化されるから聞いてきたんだな。


 まだ僕に嘘告に対してOKを出す線が消えていないからホッとしたのか。ほんと清水さんのことが信じられなくなってきたよ。悲しすぎる。






 清水さんは陽キャの連中と仲が悪いなど言うことは全く無いけど、罰ゲーム有りのゲームを一緒にするほど仲が良かったかな?




 それに彼女は見かけによらず(普通に失礼だな)、スポーツ女子で確かバドミントン部のナンバー2だなんて話も聞いたことがあった。


 その子が放課後に部活にも行かずに陽キャ連中とゲームに興じていたなんて信じられない。




 もしかして、清水さんは陽キャに弱みを握られて嫌々この罰ゲームの嘘告を行っているのではないだろうか⁉ いや、絶対にそうに違いない!




 ならば僕はそれを救ってみせるのみだ。




「……えっと、こっ、高塚くん! あにょ、わたしゅ――」




 来るのか! 告白。今告白されたら無条件で頷いてしまいそうなんだけど、それはぐっと堪える。


 いっそもう「よろしくお願いします」と手を差し出したくなる気持ちが沸き上がってくる。しかし、しかし、だ。




「清水さん、ちょっといいかな?」


「えっ………?」




 そんな悲しそうな顔はしないでくれ。


 悪いようにはしない。僕はキミの味方だ。




「清水さん! なにか心配事があるなら何でもこの僕に言ってくれ。僕はキミの為なら生徒会の力だって使うことさえ躊躇わないよ」




 彼女を悪の手から救い出さないといけない。これは僕に与えられた命運なのだ! 試練なのだ!




 陽キャだかパリピだか知らないが、清水さんを傷つけるような輩には喝を入れてやらないとならない。そのためだったら僕は生徒会長でさえもしもべとして従えよう。




「え? し、心配事??」


「うん。何かあるでしょ? 大丈夫、分かっているよ。僕がキミを守ってあげるから何でも頼ってくれていいよ」




 さっきから清水さんの顔は赤かったけど、更に赤くなった気がする。だけど緊張は取れたようで、何故か嬉しそうに微笑んでいる。




「高塚くんが私のことを守ってくれるの?」


「ああ、守る」




「いつまで?」


「いつまででも。キミが僕を必要としているなら」




「……うれしい」




 ――あれ? ちょっとまてよ。


 熱くなっていた心に少しだけ涼風を吹き込ませてやや冷静になってみる。




 今僕、清水さんに告白してない? してるよね、これ、絶対。


 キミが僕を必要としているならいつまででも守るって。寧ろ告白以上で、もはやプロポーズと言っても過言でない気がする。




 嘘告されるはずが、なぜだか僕の方から告白しているじゃないか⁉




 しかも、清水さんたら『うれしい』って言った後、僕の左腕に抱きついちゃってて、彼女の豊満なあれがあれして腕が幸せな柔みに包まれて……。




「優斗くん、ずっとお願いします、ね。私もあなたのことを支えますね」


「お、おう。任せといて」








 ……………。


 …………。


 ………。




「なぁ、高塚遅くね?」


「おっせーな。ほんとにこの廊下通るんだろうな?」


「生徒会の後、ここ通るって聞いたけどなぁ~」


「ねぇ、ホントにあーしが告るの? みよぴょんのほうが高塚の好みじゃね?」


「罰ゲームなんだから、ももちが嘘告するのー! これはけってーじこー」


「おっせーなぁ。早く『やーい、マジになってやがるの~』ってやりてーんだけどな」




 陽キャの一人早瀬桃花が高塚に嘘告する予定なのだが、ターゲットの高塚が待てど暮らせどやってこない。




「なぁ、飽きたんだけど?」


 だんだんとめんどくさくなった陽キャは嘘告は止めにしてとうとうカラオケに繰り出すのであった……。




















「ねぇ優斗くん、大事な言葉聞いていないんだけど……?」


「知那美。えっと……す、好きだよ」




「わたしも優斗くんのこと大好きだよ」


「ふへへへ……」




あれ? なにか大事な用事があったような……?




 まっ、いいか。






 知らない間に嘘告は潰したし、本物の彼女まで出来たというはなし。

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