9月に混ざる

山下太一郎

第1話

私は掃除が好きだと思っていた。片付ける、ではない。散らかせない性格なので片付けるが発生しない。なので、掃除が好きなのだと思っていた。しかし、彼女をみて、自分の掃除好きは過大評価だと知った。


彼女は正真正銘に掃除好きで、なにより模様替えが好きだ。お互いが掃除好きなので、季節が変わるころには大規模掃除となる。そして彼女はそれにあわせて模様替えをしようとする。

模様替えのために図を引き、いろいろ買いそろえる。そして季節が変わると、次の季節の日の光に合わせるように模様替えをする。しかし、テレビがどうしても動かしにくいのが問題だ。それでもなんとか可能な限り動かす。なによりテレビの裏は掃除のしがいがある。


9月になり、残暑が続いている頃に、秋に向けて模様替えが始まった。夏の間は避けていた日光を、ふたたび楽しめるようにソファを動かし、ラグを敷き、カーテンをかえる。途中、昼寝をしたりする。

「あったかいね」

「まだ暑いよ」

「秋の練習」

そう言って、彼女は眠る。

私も彼女の隣で眠る。

エアコンの掃除も終えたので、冷房も夏より心地よく感じる。

模様替えの日あたりを試すかのような昼寝を楽しむ。


大掃除も模様替えも何日もかけて進める。彼女の設計図も変わってゆく。私はいつも彼女の変更された設計図の説明を聞く。

「今回は、もう少し床を広げたいので、食器棚を動かしたい」

「大仕事だなぁ」

「秋のうちには終わるでしょ」

「それくらいで」

私はすこし笑う。


次の日に夏中使ったガラスの食器をいくつかしまう。夏の間に日の光を通して、いろいろな影を見せてくれた食器たちを次の夏まで大切にしまっておく。

「ガラスのコップは夏がおわると、さみしそうに見えるね」

「思った。ちょっとくすんで見える」

私は手にしたコップのリブ越しに日を見る。開けた窓から入ってくる光をすかす。やっぱり夏ほど胸を張っていないように思える。来年まで休めばまた光りだすだろう。

「おつかれさまでした」

彼女がコップに声をかける。

その後ろでは、朝から洗濯した夏のカーテンが風になびく。カーテンはまだ夏が残っているうちに洗濯しておきたい。

手を止めて、彼女とその後ろのカーテンとを見る。夏の名残のような風景だった。

「ずっと」

そう一言口にした彼女も手を止めてもたれてくる。彼女を暖かく感じる。夏ならそうは思わなかっただろう。

「そうだね」

私もすこし彼女にもたれかかる。お互いの髪が混じりあう匂いがする。まだ髪はちがう香りがするように思う。同じように髪を洗っているのに、まだ香りが違う。それをうれしく思う。たのしく思う。たいせつに思う。

「おんなじこと思ったのうれしい」

髪の香りは違うのに、思いは似てくる。似るというよりは。

「混ざってきたようなかんじ」

「あはは。わかるー」

彼女の笑い声が近い。彼女が揺れる。それが伝わって、私も揺れる。

そのままふたりして倒れる。

「ちょっとおひるねします」

「ちょっとだよ」

私も目をつむる。

秋がすこし混じった風が通ったように思った。

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9月に混ざる 山下太一郎 @hazukashiinodehimitu

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