ライアーワールド

黒鳩

プロローグ~始まりの日~

 噂とは人々の願いや希望、あるいは憎しみや嫉妬から生み出されるものである。そんな形もルールもないもので世界のルールが決まるとしたら。


「俺に、俺に力があれば……」


少年は暗闇の中、境内にある大樹に向かって誰にも聞かれることなくうめいた。


              ◇


「おーい、黒木!お前今日も家の手伝いかー?」


校門から出て家に帰ろうとする俺に、クラスの中で一番仲のいいやつが窓から身を乗り出して叫んでいる。


「ああ、そうなんだよ!悪いな!お前らだけで楽しんでくれよー!」


「わかった!お前もがんばれよー!」


 俺、黒木海若かいばは青春真っ只中の高校1年生。幼い時に両親を失い祖父母が営んでいる神社に住まわせてもらっている。じいちゃんもばあちゃんも俺に優しくしてくれているが、神社であるが故に規則が厳しく今を生きる16歳には反抗期になるには十分な理由である。


「あー、俺もあいつらと遊びに行きたかったけど今日は例大祭だし、これを手伝わないとお小遣いもらえないしなー」


そんなぼやきをつぶやきながら、俺は境内に向かう階段を上り始める。


 例大祭は年に1度ある最も重要な祭祀で、神社に来る参拝客が最も多く来るときであると同時に神社側は最も稼ぎ時である。


「おー、海若。やっと帰ったか。もうそろそろ例大祭が始まるからお前も手伝ってくれ」


「じいちゃん、忙しいのはわかるけど少しぐらい遅くなってもいいじゃん。大体、俺今日友達と―」


「お小遣い3倍増し」


「さすが神主様、わたくしめでよろしければ是非とも働かせてくださいませ」


「さすがじゃ海若。その調子で準備してくれ」


しょうがないよね、青春するにもお金必要だもん。


              ◇


例大祭もある程度終わり、人がはけ始めた時、


「お疲れ様海若、例大祭もある程度終わってきたから、下の方にあるコンビニで何か買ってらっしゃい」


後ろから来たばあちゃんが500円を俺に渡してくる。


「ばあちゃん、流石にじいちゃん人使いが荒すぎない?」


「まーそう言うんじゃないよ海若。あれでもおじいちゃんは海若のことを考えて―」


「わかってるよばあちゃん、引き取ってもらっていることも感謝しているし、あのことも覚えてるよ。」


そう言って俺はばあちゃんに見向きもせずに階段を下っていく。


「はあぁ、ばあちゃんの言いたいことも分かるけどさあ、学校の奴にこの姿見られて神社のバイトしてるって噂流れたらどうするんだよ。うちの学校バイト禁止なんだよなー」


俺はそんなぼやきを言いながらスマホを見ていた。そう、スマホを見ていたのだ。横から迫っている自動車に気付かずに。


「あっ、あいつらわざわざ俺に写真送りやがってるじゃん。あっ、これ隣のクラスの女子じゃん。そういやあいつこの子のこと気になってるって言ってたような―」


俺はこの時ようやく気付いた。もう真横まで迫っている自動車の存在に。スローモーションで運転手もこちらを見ずにスマホをいじっているのが見えた。


あぁ、俺も親と同じような道を辿るんだな。俺もスマホ見てたのも悪いけど、運転中にスマホ見るなよ。俺の人生もお前の人生も終わっちまうよ。


俺はそんなことを考えながら、迫りくる車と今後訪れるであろう痛みに備えて全身に力が入った。


そして次の瞬間、俺の目の前は暗闇に包まれた。


              ◇


 意識がまだ暗闇に囚われている中、そよ風が通り抜け草むらが体を優しく受け止めてくれるような感覚がした。


死後の世界でもこんな感覚って感じられるんだな。なんか小鳥のさえずりとかなんかの生き物が額を舐めてるような感覚が―。うん?舐めてる?


俺はそこで初めて暗闇から解き放たれる。


目を開けると鬱蒼とした森林の間から光が差しこんでおり、俺の目を刺激する。辛うじて目を開けると木々の隙間からは永遠に続いていると感じられるような砂漠が広がっており、俺の右左には狼のような姿をした獣が舌を出しながら鋭い牙をこちらに見せていた。


「あーっと、これはもしかして俗に言うつんでるって感じのやつですかね?」


俺の言葉に呼応するようにじりじりと詰めてくるポチ1とポチ2。


「俺そんなにおいしくないと思うんで、できればここは見逃してほしいかなー、なんて思ってたり思ってなかったり―」


狼のような姿をした獣が俺に飛びかかろうとした瞬間、近くで爆発音が響き2匹は爆発音のほうに意識が向いた。もちろん俺はそんなチャンスを逃すはずもなく、無意識のうちに俺の体は走り出していた。


「ざまーみろ!所詮お前らは獣程度の頭脳しかないんだな!」


俺はモブキャラのように全力で逃げながらポチ1とポチ2へ軽蔑の言葉を投げかけた。


「お前、手のひらくるっくるじゃん」


「は?」


獣が俺に対してしゃべりかけてきたように感じ、後ろを振り返ろうとすると俺の前に先ほどの獣が10匹ほど現れた。


「あーと、先ほどのご家族様でしょうかね?こんな熱烈な歓迎されて私目は大変恐縮で―」


もちろん、獣たちは俺の言葉を待たずに襲い掛かってきた。

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