第5話 冒険の旅

 エルフの女王ウィニフレットの従者となった俺、彼女は俺の姿を見るとその姿が目立つと言った。


 どうやらスーツ姿はこの世界では奇異に映るらしい。


 指輪を最果ての地に捨てる旅は内密に行われる。


 スーツ姿で行脚する姿は想像できないという彼女は新たに衣装を新調することを勧める。


「こちらの世界の服装に着替えるのか」


「そうだ。私が費用を出そう」


「それは有り難いがここは森の中だ。仕立屋があるとは思えないが」


「もちろん、この森には仕立屋はないが、森を出た場所に街がある。そこで新たな服を仕立てよう」


「そうか、ならばこいつらを縛り上げてさっさとずらかるか」


 気絶している悪漢どもを見つめる。


「ああ、私が植物のツタを出そう」


 彼女はそう言うとなにやら聞き慣れぬ言葉を発する。どうやらエルフ語のようだ。


すると彼女の足下からにょきにょきと植物のツタが生える。


「すごい、それは魔法か」


「精霊魔法だ。自然界と交信して自然の力を借りるんだ」


「やっぱり剣と魔法の世界だな」


 そのように纏めるとツタが悪漢どもの周りにまとわりつく。


「このツタはなかなか切れない。数日は拘束できるだろう」


「こいつらは実力のほどを知ったはずだから再び襲いかかってはこないだろうけど、用心は必要だよな。あとは罰則も」


「数日飢えて己の罪深さを知るといい」


 くすりと笑うウィニフレット、悪漢どもが縛られる様を見届けると俺たちはそのまま歩み出した。


 森を抜けて街に向かうのだ。


「異世界の街か、どうなっているんだろうな、楽しみだ」


「一番近くにある街はベルンという。なかなかに活気のある街だぞ」


 彼女がそのように補足すると俺たちは数時間ほど歩き続けた。すると森の端に到着する。


「現代社会ではこんなに歩くことはないから新鮮だ」


「日本では歩かないのか?」


「ああ、鉄道ってのが発達しているからな」


「鉄道?」


「大きな鉄の塊の箱だ。何百人もの人を乗せて走り出す」


「すごいな」


「社畜を詰めて歩く奴隷運搬機だよ。朝のラッシュは軽い地獄だ」


 日本で働いていてなにが嫌だったかといえば朝の通勤ラッシュだ。ぎゅうぎゅうの満員電車に乗るだけで体力と気力が削られる。それに比べれば小鳥さえずる新緑の森を歩くなどなんの苦労もなかった。


 そもそも俺は田舎育ちで野山を歩くことに慣れていた。爺ちゃんとの修行は山で行われていたのだ。そのときに強靱な足腰を養ったので長距離歩行はお手の物だった。


「ちなみに街に着くにはここからさらに半日かかる」


「こんな小綺麗なところを歩けるんだ。別に問題ないよ」


 そのように断言すると俺は異世界散歩を楽しんだ。


「自由気ままに異世界を散歩していると心身が休まる。社畜時代からは想像できない」


 きらびやかな太陽を浴び、涼やかな風に吹かれると日本でサラリーマンをしていた頃の悪夢が遠い昔のように感じられるから不思議だ。


「社畜というのはそれほどの苦役なのだな。こちらの世界の奴隷以上だ」


「奴隷は反乱を起こせるが、社畜はそういうわけにはいかない。社会のために身を粉にして働かないといけないんだ」


「こちらの世界ではそのように気を張らなくてもいいぞ。疲れたらいつ休んでもいいんだ」


「有り難い上司だな」


「ああ、ヨシダは私の従者だが、その関係性は対等だと思っている」


「日本時代の上司に聞かせてやりたい言葉だな」


 ほんのりと感動すると俺は喜び勇み足を進めた。


「さあて、ベルンの街までもう少しだ。日が暮れるまでに到着したい」


「了解しました。ウィニフレット様」


 戯けながら従者らしく振る舞うと前方に街が見えてくる。想像していたよりも大きな街だった。


「あれが異世界の街か」


 おのぼりさんのように言うと俺たちはそのまま街の中に入った。大きな街であるが、城門などはなく、入行税などは取られないようだ。


 ただ、衛兵は一応いて、奇異の目を向けられる。


 そりゃそうか、この世界でもエルフは珍しい存在らしいし、その横にいるのはスーツ姿の日本人なのだから。


 しかし、幸いと呼び止められることなく街に入ることが出来た。

 




 街に入ると街の喧騒が聴覚を刺激する。至る所に市が出来ており商人たちはあの手この手で通りすがりの客に商品を買わせようとしていた。


「そこのエルフのべっぴんさん、この南洋の貝殻で作った紅はどうだい?」


「私は自然を愛するエルフだぞ。化粧などしない」


 きっぱりと断るウィニフレット。


 確かに彼女は化粧など入らないくらい美しい。


 エルフに化粧品を買わせるのは砂漠の民に砂を買わせるのと同じくらい難しいのだ。


 そのような感想を抱いているとウィニフレットは目当ての仕立屋を見つける。


「ここだな。男物の洋服を仕立ててくれる店は」


「この世界ではオーダーメイドが基本なんだな」


「既製服もあるさ。しかし、私の従者にはよい格好をさせたい」


 そのように言うとウィニフレットは俺の手を引き店の中に入っていく。


 仕立屋は洋服を扱っているらしく、いたるところに既製服やマネキンが飾られていた。


「いらっしゃい!」


 と手もみをする店主。


「お洋服の仕立てで?」


「そうだ。このヨシダに似合う服はあるだろうか?」


「この方は東洋人ですかい?」


 どうやらこちらの世界の東洋人も平たい顔族のようだ。日本人と共通点があるらしい。


「まあ、そんなところだ」


「変わった格好をされていますな。記事も珍しい」


 店主は俺のスーツに着目したようだ。「触っていいですかい?」と聞いてくる。

「構わないぞ」


 俺はスーツの上着を渡すと店主はまじまじと見つめた。


「まるで絹のような手触りだ。貴族の間で流行るかもな」


 店主はそう言うとスーツを売ってくれと懇願してくる。


「ああ、構わないよ。その格好が目立つから衣装を仕立てに着たのだし」


「それじゃあ、ただで衣装を仕立てて差し上げましょう」


「まじか」


「もちろんでさ。逆にお礼がしたいくらいです」


 なんでも変わり者の貴族の知り合いがいて高値で買ってくれる当てがあるそうな。有り難いことなので金ではなく、衣装で受け取ることにした。


「それじゃあ二着分服をくれ」


「お安い御用でさ」


 仕立屋はそのように言うと手際よく寸法を測る。


 そして生地の裁断を始める。


「縫い合わせるのに少将時間が掛かります。特急でおこなうのでその辺を散策でもしてください」


「そうか。それではそうしようか」


 ウィニフレットはそのように言うと店を出る。市にある出店で食事をしようと提案してきたのだ。


 そのような提案をされると腹がぎゅうっと鳴る。


 異世界にやってきてから食事をしていないことに気が付いたのだ。


「ちょうどそこに茸の串焼き屋があった」


 ウィニフレットは頬を緩める。


「肉の串焼きがいいんだが」


「私はエルフだぞ。肉など食べない」


 彼女はそのように断言すると市向かう。


 ふたりで茸の串焼きを頼むが、一口食べると先ほどの感想が吹き飛ぶ。


「なんだこりゃ、肉みたいにジューシィだ」


「だろう。このオイシイタケは茸界の動物性タンパク質と呼ばれている。肉に非常に近いんだ」


「椎茸をさらに美味くした感じだな」


 俺は二本ほど平らげると異世界初の料理を堪能する。


「いやあ、美味かった。食べ物は断然日本だと思ってたけど、牛丼より美味い」


「ほお、牛丼とはなんだ?」


「牛を醤油とみりんで煮て、ご飯の上に掛けた食べ物だ」


「肉か。肉は野蛮人が食べるものなんだぞ」


 ウィニフレットはそのように断言すると先ほどの仕立屋に戻った。


 すると俺の服は完成していた。


 別室で着替えると彼女に衣装を見せる。


 異世界人の服に着替えた俺を見て彼女は「ほお」と言った。


「馬にも衣装、日本人にも洋服だな。こちらの世界の服を着れば現地人と見分けが付かない」


「ああ、俺もびっくりだ。スーツ以外の服喪に合うんだな、俺って」


 社畜の一部と化していたスーツ姿を懐かしむ。


「これで名実ともに奴隷とはおさらばだ」


「ああ、こちらの世界ではゆったりするよ」


 そのように言うとウィニフレットはにこりと微笑み、俺の手を取る。


「さあ、元社畜サラリーマンヨシダ。今日からおまえは従者ヨシダだ。こちらの世界でもよろしく頼むぞ」


 とびきりの美人であるエルフにそのように言われた俺は改めて自分の人生が変わったことを知った。



 こうして俺の異世界での冒険が始まる。


 それは困難を極めるのか、お気楽なものなのか、不明であったが少なくとも社畜時代よりは楽しいものだろう。


 そう思った俺はにこやかに微笑みながらウィニフレットともに冒険の旅に出た。

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社畜剣聖による異世界道中記 ~無敵の剣術を習得してるけどスローライフしながら冒険します~ 羽田遼亮 @neko-daisuki

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