第4話 新緑の森
エルフの女王ウィニフレットの従者となった俺、彼女は俺の姿を見るとその姿が目立つと言った。
どうやらスーツ姿はこの世界では奇異に映るらしい。
指輪を最果ての地に捨てる旅は内密に行われる。
スーツ姿で行脚する姿は想像できないという彼女は新たに衣装を新調することを勧める。
「こちらの世界の服装に着替えるのか」
「そうだ。私が費用を出そう」
「それは有り難いがここは森の中だ。仕立屋があるとは思えないが」
「もちろん、この森には仕立屋はないが、森を出た場所に街がある。そこで新たな服を仕立てよう」
「そうか、ならばこいつらを縛り上げてさっさとずらかるか」
気絶している悪漢どもを見つめる。
「ああ、私が植物のツタを出そう」
彼女はそう言うとなにやら聞き慣れぬ言葉を発する。どうやらエルフ語のようだ。すると彼女の足下からにょきにょきと植物のツタが生える。
「すごい、それは魔法か」
「精霊魔法だ。自然界と交信して自然の力を借りるんだ」
「やっぱり剣と魔法の世界だな」
そのように纏めるとツタが悪漢どもの周りにまとわりつく。
「このツタはなかなか切れない。数日は拘束できるだろう」
「こいつらは実力のほどを知ったはずだから再び襲いかかってはこないだろうけど、用心は必要だよな。あとは罰則も」
「数日飢えて己の罪深さを知るといい」
くすりと笑うウィニフレット、悪漢どもが縛られる様を見届けると俺たちはそのまま歩み出した。
森を抜けて街に向かうのだ。
「異世界の街か、どうなっているんだろうな、楽しみだ」
「一番近くにある街はベルンという。なかなかに活気のある街だぞ」
彼女がそのように補足すると俺たちは数時間ほど歩き続けた。すると森の端に到着する。
「現代社会ではこんなに歩くことはないから新鮮だ」
「日本では歩かないのか?」
「ああ、鉄道ってのが発達しているからな」
「鉄道?」
「大きな鉄の塊の箱だ。何百人もの人を乗せて走り出す」
「すごいな」
「社畜を詰めて歩く奴隷運搬機だよ。朝のラッシュは軽い地獄だ」
日本で働いていてなにが嫌だったかといえば朝の通勤ラッシュだ。ぎゅうぎゅうの満員電車に乗るだけで体力と気力が削られる。それに比べれば小鳥さえずる新緑の森を歩くなどなんの苦労もなかった。
そもそも俺は田舎育ちで野山を歩くことに慣れていた。爺ちゃんとの修行は山で行われていたのだ。そのときに強靱な足腰を養ったので長距離歩行はお手の物だった。
「ちなみに街に着くにはここからさらに半日かかる」
「こんな小綺麗なところを歩けるんだ。別に問題ないよ」
そのように断言すると俺は異世界散歩を楽しんだ。
「自由気ままに異世界を散歩していると心身が休まる。社畜時代からは想像できない」
きらびやかな太陽を浴び、涼やかな風に吹かれると日本でサラリーマンをしていた頃の悪夢が遠い昔のように感じられるから不思議だ。
「社畜というのはそれほどの苦役なのだな。こちらの世界の奴隷以上だ」
「奴隷は反乱を起こせるが、社畜はそういうわけにはいかない。社会のために身を粉にして働かないといけないんだ」
「こちらの世界ではそのように気を張らなくてもいいぞ。疲れたらいつ休んでもいいんだ」
「有り難い上司だな」
「ああ、ヨシダは私の従者だが、その関係性は対等だと思っている」
「日本時代の上司に聞かせてやりたい言葉だな」
ほんのりと感動すると俺は喜び勇み足を進めた。
「さあて、ベルンの街までもう少しだ。日が暮れるまでに到着したい」
「了解しました。ウィニフレット様」
戯けながら従者らしく振る舞うと前方に街が見えてくる。想像していたよりも大きな街だった。
「あれが異世界の街か」
おのぼりさんのように言うと俺たちはそのまま街の中に入った。大きな街であるが、城門などはなく、入行税などは取られないようだ。
ただ、衛兵は一応いて、奇異の目を向けられる。
そりゃそうか、この世界でもエルフは珍しい存在らしいし、その横にいるのはスーツ姿の日本人なのだから。
しかし、幸いと呼び止められることなく街に入ることが出来た。
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