第3話 王女の従者
目の前に金髪碧眼で耳が尖った少女がいる。
スーパーモデルのように顔が整っており、妖精を想起させる雰囲気を携えている。
ただ、彼女は西洋人ではない。
俺の知っている西洋人は耳が尖っていない。
目の前いる少女の耳は特徴的なほど尖っていた。
ぴこん、と耳を動かす少女に尋ねる。
「君はエルフなのか?」
「そうだ。私はエルフだ」
少女は凜とした声で答える。
「やべー、本物のエルフだ。まさか生きているうちにエルフを拝めることになるなんて」
「そんなにエルフが珍しいのか? たしかに東方には我が種族は住んでいないらしいが……」
「ああ、俺が住んでいた日本ではエルフはひとりも住んでいないよ。レア中のレアだ」
「な、貴殿は日本人なのか!?」
「ああ、そうだが。日本を知っているのか?」
「この世界ではない異世界のことだ。稀にその異世界より旅人としてやってくることがある」
「へえ、つまり俺以外にも日本人がいるってことか」
「稀にしかやってこない。ゆえに稀人とも呼ばれている」
「そうか。じゃあ、そうそう同胞とは出会えそうにないか」
「しかし、稀人に会えるとは光栄だ。いや、幸運と言うべきか。先ほどは悪漢から救ってくれてありがとう。改めて礼を言う」
「気にするな。爺ちゃんから美人を見つけたら助けるようにって躾けられているんだ」
「紳士的なお爺様だな」
「ああ、爺のくせにガールフレンドが何人もいたがな。ああいう年の取り方をしたいものだ」
そのように軽口を叩くと、「うぅ……」とうめいている悪漢の上に座る。
「しかし、こいつらなにもんだ。――いや、悪漢か」
「そうだ。こいつらは金で雇われたごろつきだ」
「行きずりの犯行には見えなかった。明らかにおまえさんを狙った犯行に見えたがなにか心当たりはあるのか?」
そのように言うとエルフの少女は懐にしまってある指輪を意識した。
少女はしばし沈黙すると意を決する。
「……ここで助けられたのもなにかの縁だろう。これは誰にも話してはいけないことなのだが、貴殿だけには話そう」
「信頼してくれて有り難いが、俺のポケットに収まる話かな」
そのように言うとエルフの少女は懐から指輪を取り出し、話し始めた。
「これは〝破滅の指輪〟だ」
「破滅の指輪、ね」
「ああ、この世界に破滅をもたらすという魔王イプシロンを復活させる呪具だ」
「魔王か。さすがは剣と魔法のファンタジー世界」
「軽口を叩くな。魔王イプシロンは恐ろしい怪物だ。いや、災厄と言ってもいい。前回、復活したときはグランフィルの人口が三分の一に減ったのだぞ」
「そいつはすさまじいな」
「ああ、魔王イプシロンは闇の眷属を従え、グランフィルで繁栄する五つの種族を滅亡させようとしたのだ」
「五つの種族?」
「人族、エルフ族、ドワーフ族、魚人族、有翼族だ」
「それもファンタジーらしいな」
「300年ほど前に復活したイプシロンは五つの種族を瞬く間に追い詰め、世界を破壊の業火に包み込んだ」
「その指輪が悪の手に渡ればまた同じことが起きる、と」
「そういうことだ」
「その指輪は破壊できないのか?」
「できない。これは神の力を持っても破壊できない。ゆえに悪しき心を持つものに渡らないよう長年隔離されていた」
「その隔離されていた指輪をどうして君が持っている」
「隔離されていた場所が危険になったからだ」
「管理人が悪に染まっちまったのかな」
「……正解だ。この指輪を隔離していた姉上に悪しき心が芽生えた」
「身内か」
「ああ、そうだ。姉はエルフ族の王位継承者の身でありながら、密かに邪教と通じていたのだ」
「なるほど、エルフ族が悪の手から守っていた指輪を奪おうとしたわけだ」
「ああ、私は姉の手からこの指輪を守るため旅に出た。この指輪を世界の最果てに置いてくるつもりだ」
「〝世界の最果て〟?」
「誰も知らない場所、誰の手も届かない場所だ」
「そんな場所がこの世界にあるのか」
「ああ、エルフ族の古き伝承にある。本来、この指輪はそこに安置されるはずであった」
「なるほどな。これで君が悪漢に襲われている理由が分かった」
意識を取り戻しかけている悪漢の首筋に手刀を入れ、再び気絶させる。
「それにしてもすごいな。貴殿――」
「吉田だ。吉田健人」
「ヨシダという名前なのか、良い名だ。ヨシダは祖父に武芸を習ったのだな」
「ああ」
「その祖父は困っている女を助けろと言ったのだよな」
「ああ、美女は特に手厚くと言った」
「私は美しいか?」
「極上だ。俺の住んでいた世界に生まれればスターになれるよ」
「ならば不躾ながら私の従者になってくれないか?」
「従者?」
「私が世界の最果てに行くまで護衛をしてほしい」
「護衛ねえ」
「ああ、先ほどのように悪漢たちから私を。いや、この指輪を守ってほしい」
禍々しい指輪が鈍く光る。
「俺は異世界の日本という場所で社畜をしていた。こっちの世界ではあくせく働きたくないのだが」
「社畜? 奴隷のことか? 奴隷と従者は違う」
「英語にするとスレイブとサーヴァントだな。まあ、正直、こちらの世界ではのんびりしたいが、剣の腕を活かしたいという気持ちもあるんだ。せっかく、爺ちゃんから伝授された破軍一刀流だしな」
「ならば私の護衛がちょうどいいと思う。私は王女だ。報酬ならば支払える」
「どこかで傭兵をするよりも実入りは良さそうだ。それにここで出会ったのもなにかの縁だろう。分かった。君の護衛をするよ」
「ほんとか!?」
金髪の美少女は目を輝かせる。
「ああ、ほんとだ。さて、これで俺はエルフの王女様の従者になったわけだが、王女様の名前を聞いてもいいかい」
「もちろんだ」
少女は微笑むと自分の名を名乗った。
「私の名はウィニフレットだ」
「ウィニフレットか。美人ぽい名前だ」
「ヨシダは強そうだぞ」
「戦国時代から続く剣豪の名字だからな」
「ヨシダは名字なのだな」
「ああ、日本じゃまず姓を名乗り、そのあと名前が続く」
「それじゃあ。ケントといったほうがいいか?」
「いや、ヨシダでいいよ。欧米じゃあるまいし、ケント・ヨシダ、て名乗るのも面倒だ。これからはすべてヨシダで通す」
「分かった。ヨシダ。それじゃあ、今日からおまえは私の従者だ」
「食い扶持には困らないことを祈るよ」
「飢えさせることはない、約束する」
ウィニフレットはそのように言うと再び手を差し伸べてきた。どうやらこの世界でも握手は挨拶の一種らしい。俺は彼女のか細い手を力強く握りしめると従者として彼女を守ることを誓った。
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