第2話 エルフの少女

 異世界に辿り着くという電車に乗った俺。


 気が付けば意識を失い、見知らぬ地に立っていた。


「……ここは……異世界か……?」


 なぜ、そのように思ったかといえばここが森深き地だったからだ。


 先ほどまで都心にいた俺、いくら電車を乗り継いだとしてもこのような場所にいるのはおかしい。


 それに周囲にある植物は明らかに日本の植生と違った。


 まるでゲームに出てくるような植物、日本どころかここが地球であるかさえ疑わしい。


「俺は本当に異世界転移したのか……」


 謎の声にいざなわれるがままに電車に乗り込んだが、俺が乗った電車は魔法の電車だったようだ。まるでどこぞのファンタジー小説のように別世界にやってきてしまったようだ。


「異世界転移って本当にあったんだな」


 社畜の友はネット小説、ご多分に漏れず俺も通勤退勤時間にネット小説を読んでおり、この手の事態には慣れきっていた。


「日本からおさらばしたってのに奇妙なくらい落ち着いているな」


 スーツこそ纏っているが、会社という組織から外れ無位無冠となった。明日からは給料が支払われないし、帰る場所もないというのに慌てることは一切なかった。


「むしろ開放感すらあるな」


 これで取引先から小言を言われることもないし、営業から無茶難題を押しつけられることもないかと思うと清々するくらいであった。


「社畜からの卒業だ」


 スーツこそ脱ぎ捨てないが、奴隷の証であるネクタイだけは取り外すと、目一杯空気を吸い込んだ。自由の空気だ。


「うおー! 今日から俺は自由だー! もう社畜だなんて呼ばせねえ!」


 起きたい時間に起きて寝たくなったら寝る。猫よりも自由に生きるぞ!


 そのように誓う大の字になって寝た。


 さっそく有言実行したのだ。


 てゆうか、先ほど終電に乗ったので眠くて仕方なかったのだ。開放感に浸ると同時に睡魔がやってきたのである。


 いつもならば自宅に帰るまで睡魔と必死に戦うのだが、ここは異世界、そこらに寝転がっても注意されることはなかった。


 周囲は木々に囲まれているが、ここは芝生のようなものが生えており、天然のベッドになっていた。


 睡眠を取るには絶好のスポットと言ってもいいかもしれない。


 異世界にやってきたというのに豪胆なことこの上ないが、あっさりと睡魔を受け入れるとそのまま寝息を立てた。


 仮にここが駅ならば駅員に注意されるところであったが、ここは異世界なので誰も注意はしなかった。


 俺はそのまま深い眠りに付いた。


 こうして俺の異世界ライフが始まったわけであるが、別の運命が動き出す。


 とんがり耳を持った少女が俺の人生に割り込んできたのだ。



 ――はあはあ、少女は全身で呼吸しながら森を走った。


 自分の運命にあがなうため、死の定めから逃れるため、少女は必死に走ったが、人の形をした運命はそんな少女をあざ笑うかのように少女の歩みを止めた。


 少女を追っていた悪漢のひとりに弓の名手がいたのだ。


 男は弓を振り絞ると、少女の足めがけ、矢を放った。


 かもしかのように引き締まった足を切り裂く矢、突き刺さりこそしなかったが矢は少女の足をかすめると少女を転倒させた。


 突然の痛みに悶え苦しむ少女、出血する足を抱えていると悪漢たちは下卑た笑いを浮かべやってきた。


「おいおい、この娘はエルフの王女様だ、傷つけるなよ」


「そうだ。特に顔は傷つけるなよ。これから可愛がるって言うのに顔が傷ついていたら萎えるというもの」


「そうだそうだ。女は顔が命なんだからな」


 非紳士的な意味で使われただろうその言葉。悪漢たちは少女を辱める気満々のようだ。


 少女は怒りに燃えながら腰の小剣を抜き叫ぶ。


「下郎が! 誰がおまえたちに身を任すものか。おまえたちに穢されるくらいならばこの場で舌をかみ切る」


「ならば梢でも噛ませることにしようか。こちらとしては楽しませてからあの世に旅立って貰いたいからな」


「なぜ、我の命を狙う、と聞くのは愚かなことなんだろうな」


 懐に入れた指輪を意識する。


「そうだ。おまえはエルフの王国から指輪を盗み出した。俺たちはそれを取り戻せと命令されている」


「この指輪は魔王イプシロン復活の贄となるもの。魔に魅入られた姉上には渡せぬ」


「その指輪をどうする気だ」


「世界の果てに置いてくる」


 エルフの少女はそのように言うと小剣を振り上げ、三人の悪漢に斬り掛かった。


 隼のような一撃が振り下ろされる。三人の悪漢は下卑てはいるが、歴戦の猛者だった。か細いエルフの少女の剣は届かない。


 三人は子供をあしらうかのように少女の剣をかわすと、無慈悲に反撃をした。


 悪漢の剣が少女を捕らえる。


 鋭い斬撃が振り下ろされ、エルフの少女の鮮血が飛び散る。


 少女は悪漢たちの手によってその命を散らす――ことはなかった。


 少女は幸運にも悪漢たちの攻撃をかわすことに成功したのだ。さらに付け加えれば少女が闘争に及んだ場所には〝剣聖〟が眠っていた。


 悪漢と少女の剣撃音を聞いた剣聖吉田は、「ふぁーあ」と欠伸をすると悪漢と少女の間に入った。


 無論、吉田は悪の道からはほど遠い。


 対立する悪漢三人と可憐なエルフの少女、味方をするのならば後者に決まっていた。


 吉田はそこらに落ちている木の枝を手に取る。


 それで悪漢たちに立ち向かうことにしたのだ。


 腕に覚えのある悪漢たちは「舐められたものだ」と鼻で笑ったが、木の枝を手に取った吉田はまさしく剣の申し子だった。


 隼よりも速い速度で木の枝を振り下ろすと、目にも止まらぬ早さで斬撃を放った。


 それによって悪漢のひとりが吹き飛ぶ。


「な、なんだ、こいつが持っているのはただの木の枝だよな」


「あ、ああ、付与魔法も付与されていないはず」


 残った悪漢のふたりがそのように相談すると同時に剣閃が走る。


 それと同時に大男が吹き飛ばされる。


「こいつの動き常人じゃないぞ」


 吉田は詰まらなそうに言った。


「なんだ、異世界の戦士だからもっと強いと思ったが、雑魚じゃないか」


「なんだと、こいつ、ほざきやがって!!」


「女ひとりを複数で襲いかかるげすだ。手加減など不要だな」


 そのように言うと木の枝を縦に振り下ろす吉田。


 悪漢はとっさに避けようとするが、吉田の一撃は避けることが不可能だった。


 吉田の一刀を喰らった悪漢はのたうち回る。


 それを見た吉田はにやりと笑う。


「破軍一刀流の剣術は木刀で岩を砕き、木の枝で大木を切り裂く。太刀などなくてもおまえらごときに負けないよ」


 その動きの一部始終を見ていたエルフの少女は思わず息を飲んだ。


 少女は固唾を呑みながら吉田の剣の腕前を評した。


「す、すごい、まるで剣聖のようだ」


 エルフの少女はそのように語ったが、その評は的を射ていた。悪漢三人を打ち倒した吉田はこの異世界でも「剣聖」と呼ばれる達人となることになる。


 吉田はその事実をまだ知らないが、不敵に微笑むと少女の評を受け入れた。


「ま、破軍一刀流は戦国時代だけでなく、異世界でも通用することが証明されたわけだ」


 吉田はそのように微笑むとエルフの少女に手を差し伸べた。少女は吉田の手を強く握り返すと窮地を救ってくれた剣聖に礼を述べた。


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