泉門を穿つ兎面
ダンジョンの中は、まるで水族館のようだった。
天井、壁、床は洞窟タイプ。その青みがかった岩肌の奥が海なのだ。
もちろん、ガラス面があるわけではない。
手を伸ばすと薄い膜のようなものが手に触れた。
だが、強く押しても割れるような気配はない。
「ダンジョンにしておくのがもったいないくらいっす」
モンスターさえ出てこなければ、天然の水族館として高い入場料が取れると思う。
もちろんただの与太話だ。
すぐにヨダレを垂らした魚人タイプのモンスターが現れる。
まだ上層。狐面が持つアイテムスキルによって気配遮断されている俺たちのことは、視界に入っていないようだ。
「俺がやるっす」
コトリさんに告げると、静かに足を運び、モンスターに気づかれる前に心臓を一突きにしてやった。
その場に金の鱗と、灰色の魔石が転がった。
パチパチパチと拍手の音が聞こえる。
「さすがですねっ!
「く、詳しいっすね」
「はいっ! キツネさんの配信は欠かさず見てますからっ!!」
チャンネルの視聴者さんだった。
プロハンターが自分の動画を見ているという事実に、嬉しいような恥ずかしいような、なんともむずがゆい気持ちを感じているとイヤホンにため息の音が響いた。
『はあ……。楽しげなところ悪いんだけど、そろそろ配信を始めてくれないかな? もう開始予定時刻を十分もオーバーしてるって気づいてる?』
「あっ……」
しまった! すっかり忘れていた。
すぐにドローンのスイッチを入れなくては。
『まったく。綺麗な景色を見て「すっげぇ、キレイっすね」「はい。壮観です」とかやるのは配信を始めてからにしてくれないかな、って思いながら今まで待ってたんだからね』
「……ぐぅ」
そういえばイヤホンマイクで音声は全部聞かれてるんだった。
何も言い返せなくて、ぐうの音だけ出た。
『それから、この前も言ったけどプロハンターの
「……了解っす」
この青海海底トンネルはクローズドダンジョンである。
つまり一般人である俺では本来入ることができないダンジョンということ。
一般人がクローズドダンジョンに入る方法は、クローズドダンジョンに入る権利を持った人に同行すること。そこで白羽の矢が立ったのがコトリさんだった。
音無さん曰く、『新人でまだヒマそうだから、コラボのお値段も買い叩ける。何よりコッチには、ケツアゴアトルから救った貸しがある』だそうだ。
だけど、音無さんによると『でもあの後、
「あの……、大丈夫ですか?」
イヤホンマイクに向かって『……ぐぅ』とか言っている俺のことを心配して声を掛けてくれたらしい。こういう何気ない優しさは心に染みる。音無さんにチクチク嫌味を言われた後は特に。
「平気っす。えっと、それじゃあ、そろそろ配信始めてもいいっすかね?」
「あっ、そうですよね。ちょっと待ってください」
これからカメラに映る、ということを意識したのだろう。
慌てて取り出したコンパクトミラーとにらめっこしながら、手櫛でせっせと髪を整えはじめた。
お面で顔を隠している俺には必要ない行為だ。
顔出しするって、色々と気にしなきゃいけないことが増えて面倒だな。
…………あ、そうだ。
「良かったら、コトリさんもお面します?」
「…………え?」
そう言って俺は、
顔出しするから髪型やらなにやら気になるわけで、だったらいっそのこと顔を隠してしまえばいい。元々、配信主である俺が顔出しNGのチャンネルなんだし。
「…………良いんですかね、コラボなのに」
ふむ。コトリさんの言うことも最もだ。
早速、イヤホンマイクで音無さんに相談してみる。
『いいんじゃない? 別に西海琴莉のファンを取り込みたいわけじゃないし。そんなことより、早く配信を始め――』
「マネージャーのOKでました」
またお小言が始まりそうだったから通話をサクッと切り上げて、
「……似合ってます?」
こちらを向くウサギのお面から、ちょっと照れくさそうな声が聞こえた。
少し背が低く、胸が大きなウサギさん。
セックスシンボルって感じがしてちょっとエロい。
「すっごく似合ってます!」
「良かったですぅ」
コトリさんがホッとした声を出す。
俺はそれを聞いて少しだけ胸が痛んだ。
「ちなみにこのお面、『
罪悪感を誤魔化すように、俺はお面の説明をはじめた。
🦊 🦊 🦊 🦊 🦊 🦊
『KAC2024 ~カクヨム・アニバーサリー・チャンピオンシップ 2024~』に参加中!
第3回お題は『箱』
『箱入り娘』
https://kakuyomu.jp/works/16818093073178877419/episodes/16818093073180063131
第4回お題は『ささくれ』
『お手入れ』
https://kakuyomu.jp/works/16818093073537948308/episodes/16818093073538648147
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます