海底トンネル
豊洲から『ゆりかもめ』に乗り換え、テレコムセンター駅で降りた俺は、まだ少し冷たい海風が吹く道を歩いていく。
もう少し乗っていれば着いたハズのお台場を背にして、大きな倉庫がいくつも並ぶ無機質な道を一人地面を見つめながら歩いていく。
『大丈夫、大丈夫。君もよく知ってる人が向こうで待ってるから』
待っているのが誰なのかは最後まで教えてくれなかったが、目的地である『暁ふ頭公園』では、確かに何度か見たことのあるプロハンターが、やはり海風に吹かれながら待っていた。
もう少しマシな待ち合わせ場所はなかったのだろうか。
朝の暁ふ頭公園にはほとんど人がおらず、待ち合わせの相手が彼女だと認識するのにさして時間は必要なかった。
「ハンター連盟本部、ダンジョン活動安全部、ダンジョン犯罪対策課。
深々と下げられた栗色の頭。
胸元から覗く深い谷間に、以前と変わらぬ胸部のボリュームを見た。
「……あ、えっと、どもっす」
「お久しぶりですねっ! またお会いできて嬉しいです!」
「…………うっす」
俺はキツネのお面――
普段であればダンジョンに入る直前に着けるのだが、今回は正体がバレないように駅から着けてきた。
それにしても。我ながら、ヒドくぎこちない会話だと思う。でもどうしようもない。
ダンジョンライバー・
一回目はまだしも、二回目はほとんど会話もしていない。
その上、あれからもう半年近くが経とうとしていることを考えれば、俺にとっては
しかも相手は異性。
うまく舌が回らないのも仕方がない。
元気よく挨拶をしてくれたコトリさんに対して失礼だという自覚はある。
だが俺は、彼女と同じように元気よく挨拶を返せるような陽の者ではない。『またお会いできて嬉しいです!』なんてセリフ、とてもとても。
「あの、これ――」
どきまぎしている俺の前に、コトリさんは黒い幅広の剣を差し出してきた。なんとなく見覚えがあるような気がするけど、なんだっけ。思い出せない。
「お借りしていた剣です」
「おかり……?」
なんのことか、と俺は首を傾げる。
「えっと、昨年の愛宕山ダンジョンで」
「愛宕山……ああっ!」
思い出した。
たしかダンジョンバーストでたくさんモンスターを倒しているときに拾ったドロップ武器だ。
俺には重すぎて使えなかったから、コトリさんにあげちゃったヤツ。
「そっか、これ。コトリさんにあげたヤツっすね」
「あげた……?」
今度はコトリさんが首を傾げた。
「俺はそのつもりだったんすけど」
「で、でも! こんな貴重な武器をタダで貰うわけには」
「うーん。でも俺が持ってても仕方ないし……、どうせなら知ってる人に活用して貰えた方が嬉しいんすよね」
「いやでも……」
「いやいや……」
貴重な武器を押し付け合うようなやりとりをしばらく続けていたら、イヤホンマイク越しに参加してきた音無さんの裁定で「それじゃあ、今回のコラボの報酬をコレにしちゃいましょう」ということで決着がついた。
「……えっと。今日は
慌ただしい再開を乗り越え、コトリさんが仕切り直すように挨拶をする。
青海海底ダンジョン。
青海がある江東区は、東京23区の東側に位置する水彩都市だ。そう。ここは東京23区内なのである。
これまで奥多摩まで長々と電車に乗って通っていたことを考えれば、近すぎて本当にココでいいのか不安になってしまうほどだ。
ちなみにこの
……ん? いまちょっと聞きなれない言葉があった気がするぞ。
「青海……
そういえば、と周囲を見渡す。
前はどこまでも広がる海。後ろには見渡す限りの倉庫。
ダンジョンの入り口らしきものが、どこにも見えない。
「あれ? 事務所の方からお聞きになってないですか?」
かわいく首を傾げるコトリさんを見ながら、俺はゆっくりと首を縦に振る。
海底ダンジョンというからには、やはり海底まで潜水することになるのだろうか。俺はダイビングスーツはおろか、水着すら持っていない……し、そもそもダイビングの経験もない。
しかし、どう見てもコトリさんの装備も普通だ。
よくあるダンジョン用の装備で、これから海に潜るようにはとても見えない。
「それでは、時間もあまりないので歩きながらご説明させて頂きます」
少し困った顔をしたコトリさんだったが、すぐに切り替えて歩き出した。
向かっているのは倉庫が並ぶ駅方面だ。
そのまま海に入るようなことにはならないみたいでホッとした。
「海底ダンジョン、という名前ですが入り口は海底トンネルにあります」
「海底トンネル……」
このあたりの地理に詳しくない俺に、コトリさんは面倒な顔ひとつせずに説明をしてくれた。この青海の先には『海の森』という場所があるそうだ。
青海と海の森。二つの埋め立て地を繋いでいるのがこの海底トンネル。
車両でしか通ることができない臨海道路なのだが、海底にダンジョンが出現した際に、ダンジョンへと繋がる通路を設置したのだとか。
と、コトリさんの話を聞いているうちに、あっという間にダンジョンの入り口へとたどり着いた。海の中にあるダンジョンだが、海水がなだれ込んでくるようなことはないらしい。
きっとダンジョンの不思議な力だとか、魔素の隠された効果だとかで守られているに違いない。
そんなことよりも、だ。
「すっげぇ、キレイっすね」
「はい。壮観です」
俺たちはダンジョンの景色に目を奪われた。
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