お稲荷さまはもうオワコン?

お稲荷さまはもうオワコン?


潜木くぐるぎくん、このままじゃヤバい」


 音無さんが苺のショートケーキを口に運ぶ。

 テーブルの上にはパソコンがひとつ、画面をこちらに向けてくれているのはありがたいのだけど、どこを見ればいいのかよくわからない。


 ただ、一番目立つところにある折れ線グラフが、右に行くにつれて徐々に下り坂になっているのが気になるっちゃ気になる。


「視聴回数が右肩下がり、ライブ配信の同接(同時接続数)も回を追うごとに減っている。……つまり視聴者ファンが減ってるんだ」


 やはり折れ線グラフが重要だったらしい。

 見てくれている人が減っている、しかし要因に心当たりはない。


「えっ、なんでっすか? 俺、これまでと変わらずにやれてると思うんすけど」


 むしろ、ちょっと配信にも慣れてきて軽快なトーク……とはいかないまでも、コメント欄を見ているとそれなりに楽しんで貰えていると思っていた。


「それが原因なんだよねえ」


 真っ赤な苺を刺したフォークの先を俺の方に向けて、ゆっくり上下に振っている。


「いつもと変わらないってことはマンネリしてるってことじゃん。元々、ケツアゴアトルとのバトル動画と、ダンジョンバーストの爆殺動画で集まってきたライトなユーザーが多かったからね。飽きられるのも早いんだよ」

「……マンネリ」


 最近、高校以来の友人であり大学の学友でもある慎一郎シンから同じセリフを聞いた。

 昨年のクリスマス直前くらいからお付き合いをはじめた相手と、最近マンネリ気味だという相談を受けたのだ。


『付き合って三ヶ月も経つと、新鮮さがなくなってくるんだよねえ』なんて言われても、女性と付き合った経験のない俺にできるアドバイスは何もなかった。


 わざわざ俺を相談相手に選んだシンも、アドバイスを求めていたわけではないのだろうけれど。

 いや、むしろアレは自慢の部類だな。


「やっぱり、雲取山くもとりやまダンジョンだけじゃ限界があるんだよ」

 配信を始めて半年ほど。

 雲取山ダンジョンは上層から下層まで、すっかり探索し尽してしまった。


「各階層で出てくるモンスターはいいとこ10種類くらいでしょ。同じモンスターばかり倒して、見たことあるアイテムがドロップする。そんなチャンネル見てて何が面白いのって話だよね。ネットの某巨大掲示板サイト8ちゃんねるには『お稲荷様はもうオワコン』なんてスレッドが立ってるくらいだし」


 そんなクレームを入れられても、俺には「はあ」というくらいしかできない。

 元々、一人で黙々とダンジョンに潜っていた俺に『配信者デビューしない?』と言ってきたのはアンタじゃないか。


「やっぱり遠征を――」

「それは……、もう何度も話したじゃないっすか」


 都内にあるフリーダンジョンは奥多摩の雲取山ダンジョンひとつ。

 次に近いところでも、埼玉県の秩父(のもちろん山奥)まで行かなくてはならない。


 以前から、何度か音無さんからは遠征を打診されているが、俺は一度も首を縦に振ったことがない。


 山梨や茨城の山奥にあるフリーダンジョンまで行くと、どんなに急いで帰ってきても夕飯までに帰ることはできない。それでは妹に一人でご飯を食べさせてしまうことになる。孤食ダメぜったい。


「妹さんも、もう高校二年生なんだから。一人で留守番くらいできるって」

「なに言ってるんすか!? 女子高生っすよ? 変な男が家に侵入してきたり、悪い男が夜遊びに連れ出したり、ちょっとコンビニで買い物に行こうとしてさらわれたりしたら、どうするんすか!?」


 五年前のダンジョンバーストで父を喪い、母が意識不明となってしまった俺たち兄妹は小さなアパートで二人きりの生活をしていた。


 ダンジョンライバーとしての収入は大きいが、妹に隠して活動している手前、セキュリティの高い高級マンションに引っ越すこともできない。せいぜい家の周りの目立たないところに、小型の監視カメラを設置するのが関の山。結局のところ、妹の咲夜さくやを守ってやれるのは俺だけなのだ。


「お、おう……。そうだ、ね。ごめん、私が悪かったよ」

「わかればいいんすよ、わかれば」


 音無さんから遠征の相談をされる度に、俺たちは同じような会話を繰り返してきた。


「それじゃ、ココに行こう」

「……え?」


 音無さんが小さな地図を広げ、ある場所を指差した。


「そんなところにフリーダンジョンがあるんすか?」


 東京にあるフリーダンジョンは雲取山ダンジョンただ一つ、だったハズだ。

 考えられるのは『新しいダンジョンが発生して、それがフリーダンジョンとして認定された』というパターン。


 ダンジョンは日々、新しいものが生まれてくる。

 人の生活圏近くに発生したダンジョンや、大規模ダンジョンバーストの予兆が観測されたダンジョンは、すぐにハンター連盟が消滅させるから、総数は十年前とほとんど変わっていないらしい。


 しかし、彼女が指し示す場所を見る限り、その可能性も低いように思えた。

 そこはお台場の先、地図には『暁ふ頭公園』と書いてある。

 すぐ近くに大型の商業施設がある場所にダンジョンなんて発生したら、いの一番に消滅対象になるハズだ。


「ないよ?」

「ないのかよっ!!」


 じゃあ、何しに行くんだよ。

 もしかしてダンジョン配信を止めて、お台場で遊んでいる動画でも配信しようとでも言うつもりか。


 …………いや、悪くないな。

 家か、大学か、ダンジョンか、それともココ(目白のオシャレなカフェフォンテーヌ・ド・ルポ)か。最近はすっかり、この四択で生活をしてしまっている。それこそマンネリだ。


 たまにはお台場まで遊びに行ったっていいじゃないか。


「フリーダンジョンはないけど、クローズドダンジョンならある」


 だよね。知ってた。

 ちょっと夢を見てみただけだ。




🦊 🦊 🦊 🦊 🦊 🦊



『KAC2024 ~カクヨム・アニバーサリー・チャンピオンシップ 2024~』に参加中!


 第2回お題は『住宅の内見』


 ということで800字ぴったりの掌編を書いてみました。

 良かったら箸休めにドウゾ。


『探せ! 最高のマイホーム!!』

https://kakuyomu.jp/works/16818093073178877419/episodes/16818093073180063131

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る