戦力外通告


海里かいりくんが行方不明です』


 青い顔をした課長が、オフィスのドアを乱暴に開けたあの日から、私は毎日ひとりきりだ。出社しても誰もいないし、リストをチェックするのも私ひとり。ちょっとウザくて酒グセの悪い先輩ともあれから会っていない。


『ゴメンね。コトリちゃんの教育係はちょっとお休みってことで』


 課長がいなくなったあと。ちょっとウザくて酒グセの悪い先輩、もといニコ先輩は、ダンジョンに潜る準備をしつつ、片手でゴメンのポーズを取りながら言った。


 行方不明になった課員を探すため、ダンジョン犯罪対策課ハンタイの全戦力がダンジョンに向かっている。

 それはつまり、ダンジョンに行かせてもらえない新人の私は戦力外ということだ。


「私だって、もうプロ二年目なのに」などとボヤいたところで、聞いてくれる相手もいない。


 筒城つつき海里かいり先輩が行方不明になったダンジョンは、ダンジョン連続襲撃事件の犯人が次に狙うであろうダンジョンの候補と見ていた場所のひとつ。

 おそらく筒城先輩はダンジョンで犯人グループと遭遇し、事件に巻き込まれたのだろう。課長やニコ先輩はハッキリ言わないけれど、そう思って動いているのは間違いない。


『今のコトリちゃんだと、役に立たないっていうか……ぶっちゃけ足手まといなんだよねえ。だってコトリちゃん、人間を相手にしたことないでしょ?』


 ちょっと気まずそうに、さりとてオブラートに包むことなく、ハッキリと戦力外通告を言い渡され、私は何も言い返すことができなかった。


 言うまでもなく、私には対人戦闘の経験がない。

 高等専門学校の授業で組手をするくらいならまだしも、殺傷力のある武器を装備したテロリストを相手にする対人戦闘なんて訓練したこともない。


 ハンターはモンスターと闘うのが一般的であって、ダンジョンに現れる犯罪者を制圧する者はごく一部。そんなレアケースを想定した授業は高等専門学校のカリキュラムには入っていなかった。


 予定では、もっと手頃な事件(不謹慎な表現だ)をニコ先輩と一緒に担当して、生身の犯罪者を相手にする経験を積ませてくれるつもりだったらしい。


 しかし現実は、悠長に私の成長を待ってはくれなかった。


 転属早々に自分の無力さを噛みしめていたところに飛び込んできたのは、Vivitterビビッターに届いた一通のDMダイレクトメールだった。


『株式会社Silentサイレントの音無と申します。先日は弊社のダンジョンライバー・吉音イナリがお世話になりました』


 形式的なビジネスメール。しかし私はそこに書かれた『吉音イナリ』の文字に目を奪われた。大深層クラスの強力なモンスターであるケツアゴアトルを単騎で圧倒し、愛宕山のダンジョンバーストでは現地調達した爆炎石でモンスターを爆殺。


 たった一人で戦場の形勢を変えてしまう圧倒的な強さを持ったキツネさん。

 巷では『お稲荷さま』と呼ばれている彼は、私にとって目標の一つである。


 スマートフォンの画面にかぶりつくようにDMを読むと、それはコラボの依頼であった。内容をまとめるとこうだ。


 吉音イナリのライブ配信への出演依頼(ゲスト料は別途相談)。

 場所は都内のクローズドダンジョン。

 なるべく交通アクセスが良くて、最寄り駅から徒歩20分以内。


 うん。どこからどう見ても、クローズドダンジョンに行きたいだけだ。


 ここ最近のキツネさんの配信は全て見ているから、気持ちはとてもよく理解わかる。

 DunTubeダンチューブ(ダンジョン特化型オンライン動画共有プラットフォーム)なんてほとんど見ない私でも、彼の最近の配信がすっかりマンネリ化していることに気づいているのだ。目の肥えた視聴者はとっくにチャンネルから離れていることだろう。


「ふふっ。あはははははっ」


 思わず笑い声がこぼれた。

 一緒に涙もこぼれてきた。


 なんて情けない。


 仕事では戦力外の足手まといと呼ばれ、憧れの人からは通行証代わりに呼び出される始末。


 要らない。

 誰でもいい。


『史上初、高等専門学校在学中にプロハンター試験に合格した女子学生』なんて騒がれていても、プロの現場に入ってしまえば所詮はこの程度ということ。


 こんな形でキツネさんとコラボをするのは不本意極まりない。

 もっとプロハンターとして実力も人気もついた頃に、堂々とコラボをしたい。

 私が必要とされるようになってからコラボしたい。


 そう思った。


 さてSilentからのメールをどう断ろうか、と顔を動かしたら、ぽたりと涙が地図に落ちてしまった。


「あっ、しまった」


 私に与えられた唯一の仕事。

 犯人グループが狙う可能性が高いダンジョンをチェックしている地図に涙染みができでしまった。


 こんなものをニコ先輩に見られたら……いや、もう彼女が見ることもないのか。


 なんだか急に力が抜けて、背もたれに体重がかかる。

 ギシッと音を立てる椅子に深く座って、私は地図を広げた。


「ふふふっ、なにもこんなところに落ちなくても」


 涙染みを作っているのは、ちょうどチェックを付けたばかりのダンジョンの上。

 行ったことはないが、新木場の先にある海底ダンジョン……。


 不意に頭の中がパアっと開けた。


「そうか、これなら!!」

 

 私たちプロハンターはほとんどのクローズドダンジョンに出入りすることができる。休日にクローズドダンジョンに行って狩りをできることがプロハンターになる最大のメリットといっても良い。


 確かに私は仕事でダンジョンに行くことを禁じられている。

 が、プライベートで何をしようが私の勝手だし、全ては私の責任だ。


 有名なダンジョンライバーからコラボの打診が来て、彼と一緒に行ったクローズドダンジョンがたまたま犯人グループが狙う可能性が高いダンジョンだったとしても、そしてそこで偶然にも犯人を捕まえちゃったり、行方不明の先輩を発見しちゃったりしても、それは不可抗力だ。


 私の青く小さな意地は彼方まで吹き飛んだ。

 すぐさまスマートフォンを取ってDMに返信する。


『ぜひ、お話を聞かせてください』




🦊 🦊 🦊 🦊 🦊 🦊



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 第5回お題は『はなさないで』


『お祭り』

https://kakuyomu.jp/works/16818093073713180457/episodes/16818093073713437524

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