【掌編】お手入れ【1,000字以内】

石矢天

お手入れ


 冬は面倒な季節だ。

 空気が乾燥すると『ささくれ』ができやすくなる。


 ささくれを放っておくと、あとで自分が痛い目を見ることになる。

 だから常日頃、手入れをしなくてはならない。


 まずはささくれてしまった場所の確認。

 荒れて毛羽ケバだった患部を眺め、一カ所、二カ所……。うーんココも今のうちに手入れしておいた方がいいだろうなあ。三カ所。


 まずは谷間に生えたささくれをヤスリで取る。

 刃物と違ってケガをするような心配がないから安心だ。


 金ヤスリタイプとスポンジタイプを使い分け、ささくれを取った後の磨き込みもしっかりと。うん、よし。ツルツルだ。


 隣から覗き込んできた男子が「ささくれ? すっげえ丁寧に取るんだな」と感心しながら離れていった。

 何を驚いているのだ、手入れはまだまだこれからが本番だというのに。


 ささくれが取れて外見上は問題なく見える。

 だけど、このままじゃすぐにまたささくれができてしまう。


 手入れとは予防でもあるのだ。


 ということで、取り出しましたのはコチラのオイル。

 クルミの実から採れる『くるみ油』でございます。


 ささくれ予防に大切なものは、やはり潤い。

 潤いがあるのとないのとでは、ささくれの発生する頻度が全然違う。

 洗顔の後に化粧水をつけるのと同じだ。


 くるみ油をしっかりと塗り込んで、キッチンペーパーで拭き取ったら完成。


「よし、完璧っ」


 柄を握り、天へと伸びる薄い茶色い刀身を見上げる。

 太陽の光が降り注ぎ、表面がきらりと光っていた。


 手入れの行き届いた竹刀は美しい。


「ちょっとユカリ、いつまで竹刀の手入れしてんの? もうすぐ部活はじまるよ?」

「え?」


 剣道場から顔を出した友人が、困り顔でこちらを見ている。

 時計を見ると、もう部活が始まる五分前だ。


 私はまだ道着に着替えてもいないというのに。


「やっばっ! 教えてくれてありがとうっ、ユキ!」


 竹刀を片手に更衣室へと駆け込む。

 道着特有の汗とカビが混じったにおい。


 私は急いで制服を脱ぐと、シャツの上から道着を羽織った。


「つめたっ」


 昨日染み込んだ汗が冬の空気に冷やされ、道着はひんやりクールな接触冷感。



 ああ。今日も、稽古がはじまる。

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【掌編】お手入れ【1,000字以内】 石矢天 @Ten_Ishiya

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