適応障害と秋風

 2020年、令和もまもない頃に流行した新型コロナウィルスの影響は凄まじく、職場であった教育機関は多大な影響を受けた。

 学生は登校禁止に近い処置を言い渡され、どうしてもという時はワクチン接種券の提示に加え、事務局へ登校する学生の名簿を提出し、二重三重の検温を潜り抜けて初めて校舎へ入ることができる。しかし、教室に入るにもまずは消毒に検温、学科の事務室へ書類を提出するという、とても面倒な手続きが必要であった。そしてもちろんその皺寄せは、大学の運営にも大きく影響する。感染者を出さないためのガイドライン作成、学生への周知のメール、事務局へ提出する書類のテンプレート作成、学生の入退室時の部屋の全面消毒作業に各教員への報告など、学生以上に多忙であった。


 もちろん授業が全面オンラインになった点は、学生対応がなくなったので正直楽ではあった。しかし、感染情報は日に日に深刻となり、他の学科で感染者が出ようものなら「管理が杜撰だった」と学校内で悪評が広まるような、とてもギスギスした空気が漂っていた。

 そして休日の生活様式は一変し、友人や同僚と遊びに行けないまま、自宅を一歩も出なくなるようなことも珍しくなかった。心の中で「いつまでこの生活が続くのだろうか」と、不安が蓄積されていった。


そんなある日、職場で冒すミスについて、教授に叱責された。

普段ならなんてことない、いつもの教授の「説教癖」であるのは理解できたはずだった。しかし、当時の私は頭が真っ白になったまま、呼吸が浅く早くなっていった。

我に返った時には、額からどろりとした汗が流れ、メモの付箋に濃いシミを遺していた。途中から記憶がなく、その日は早めに帰宅させられたようだった。

その日から思考は薄ぼんやりとすることが多く、また、件の教授が近くを通るたびに心臓が痛いほど強く鼓動を打った。そんな日々が1ヶ月ほど続くと、目に見えて痩せていくものなのである。

友人に相談したところ、メンタルクリニックへ行くよう勧められた。

診断は「適応障害」であった。


(ああ、これで俺も障害者か)


コンクリと排気ガスに覆われた秋風が、人気のない大通りを駆け抜けていった。




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カリブーと私 鍵谷 理文 @kagiya17

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