第14話 秘められた力

 3回裏。

 この回は先頭に返って、僕からの打順だ。

 さっきのお返しをしてやる。

 僕は気合を入れて、バッターボックスに入った。


 だが柳谷は明らかに勝負を避けている。

 僕は一球もバットを振らないまま、フォアボールとなった。


 そして葛西、新田もフォアボールで歩かされ、ノーアウト満塁となった。

 もちろん作戦だから、批判される言われは無いだろう。

 でも中学生の野球でそれをやるか?

 頼むぞ、古川。

 その打棒で相手の鼻を明かしてやれ。


 だが柳谷の速球の前に、古川以下、3人連続で三振に倒れた。

 結果的に相手の作戦が功を奏したようだ。


 次の回は柳谷に打順が回る。

 さっきは打たれたが、二度も打たれてたまるか。


 4回表、ツーアウトランナー無しの場面で、柳谷が打席に立った。

 さっきと同じく鋭い眼光をしている。

 だが僕も睨み返した。


 初球。

 ど真ん中へのストレート。

 柳谷のバットは空を切った。


 2球目。

 同じくど真ん中へのストレート。

 またもや空振り。

 僕はボールを鷲掴みにし、柳谷に見せた。

 次もストレート行くからな。

 打てるもんなら、打ってみろ。


 キャッチャーの葛西が何やらサインを出しているが、僕は全く見ていなかった。

 葛西がマウンドにやってきた。

 

「おい、サインちゃんと見ているか?」

「見ていない」

「ちゃんと見ろよ」

「嫌だ。こいつだけは三振取る」

 

 葛西は大きくため息をついた。

「お前な。

 一人で野球やっているんじゃないんだぞ」

「わかっているさ。

 でもこいつだけは三振取る」

「三振取るのは良いけど、サインはちゃんと見ろよ」

「いや、俺はストレートで三振を取る」

 

「はぁー、分かった。

 もう勝手にしろ。

 でももし次の球で三振取れなかったら、今後は俺のサインに従ってもらうからな」

 葛西は、首を振りながら言った。


「分かった」

 僕は素直に頷いた。

 もっとも投げるのは僕だ。

 万が一打たれても、葛西のサインに従うつもりは毛頭なかった。

 

 そして3球目。

 ど真ん中へのストレート。

 打てるもんなら打ってみろ。

 僕は渾身の力を込めて投げた。


 柳谷のバットは空を切った。

 柳谷も呆然としているし、葛西もミットで捕球したまま、固まっている。

 

 そして僕自身も驚いた。

 何てボールだ。

 指にうまくかかった感触はあったが、これまでも投げたことのない威力のある球だったと思う。


 僕はマウンドを降りながら、自分の中には、まだ自分でも知らない力が秘められていると感じた。


 葛西がキャッチャーマスクを被ったまま、近づいてきた。

「凄い球だったな。正直、驚いた」

「そうか?、あんなの大したことねぇよ」

 僕は素っ気なく答えた。

 

「お前は俺が思っていた以上に凄い素質を持っているかもしれないな…」

 葛西はまるで独り言のように呟いた。


 4回裏の攻撃は、7番打者からであり、柳谷の前に三者凡退に倒れた。

 

 5回表から、ピッチャーは葛西に交替した。

 もう一度、柳谷と対戦したかったが、勝手に替えられた。

 まあ仕方が無い。

 僕は素直にキャッチャーマスクを被った。


 柳谷との対戦は、2打数1安打、1ホームランだったので、数字の上では柳谷の勝ちだろう。

 しかしながら、ぼくは思いがけず自分でも驚くようなボールを投げられた事に満足していたし、正直言って、今日はあれ以上のボールは投げられないと感じていた。

  

 5回表は葛西がストレートとカーブをうまく使って、三者凡退に抑えた。

 そして5回裏は1番からの攻撃だ。

 再び僕ら3人に打順が回る。


 僕は確信していた。

 次の回は、柳谷は僕らと勝負してくる。

 

 

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(仮)ドラフト1位で入団するまで 青海啓輔 @aomik-suke

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