第13話 TOMORROW

 僕はこの試合、名が売れている伏見城南中学を相手に、パーフェクトをやって名を売る算段をしていた。

 

「葛西、エラーするなよ。

 俺、今日パーフェクトやるんだからな」

 初回、投球練習を終えたマウンドで、キャッチャーマスクを被った葛西に言った。

 

「へー、俺の球をパスボールしてくれたのはどこのどいつだっけ?」

「知らん。

 それはそれ、これはこれだ」

「ほーう。勝手な奴だな。

 まあいいや。

 お前こそ、暴投するなよ」

「それはボールに聞いてくれ」

 葛西は大げさに大きくため息をつき、ポジションについた。


 1回表。

 僕は三者三球三振に抑えた。

 相手チームは強豪校ということで、父兄、生徒も大勢来ている。

 百人にくらいはいる。

 ちなみにうちの中学校の応援は十人くらいだ。

 

 そんな中、僕はただの一球もバットに触れさせなかった。

 相手チームの応援団は静まり返っている。

 あー、気持ちいい。

 僕は軽やかな足取りでベンチに戻った。

 格が違うよ、格が。


 そして1回裏。

 相手のチームのマウンドには、件の柳谷というピッチャーが上がった。

 中学生にしては背は高くがっしりとした体格をしている。

 投球練習を見ていると、確かに球は速い。

 もちろん僕ほどではないが。


 初球。

 ストレート。

 僕はレフト線に打ち返した。

 ツーベース。

 滑り込む必要のない、スタンドアップダブル。


 十人くらいの洛南第二中学校の大応援団が湧いている。


 そして2番の葛西がセンターオーバーツーベース、3番の新田もヒットで続き、あっさりと2点を先制した。


 強豪という触れ込みだったが、大したことないかも。

 そんなふうに思った。


 だが柳谷投手は後続を三者三者に抑えた。

 確かに並のバッターでは打てないかもしれない。

 あくまでも僕、葛西、新田が凄いだけだ。


 そして2回表のマウンドに上がった。

 バッターボックスには、柳谷が立っている。

 小学生時代に対戦した平井は別格としても、これまで対戦したバッターと比べても雰囲気が違う。

 目つきが鋭いからだろうか。


 初球。

 僕は様子を見るため、真ん中低めにストレートを投げ込んだ。

 柳谷のバットはピクリと動いたが、振らなかった。

 ボールワン。


 2球目。

 内角へストレートを投げ込んだ。

 自分で言うのも何だが、指にうまくかかった、素晴らしいスストレートだったと思う。


 だが一閃。

 捉えた打球は、外野のフェンスを軽々と超えた。

 僕は呆然と振り返り、打球の飛んだ方向を眺めていた。

 

 マジかよ。

 自分で言うのも何だが、自分で投げてきた球の中でも、球速、球威とも素晴らしい球だったと思う。

 その球を簡単に弾き返された。

 正直、ショックだった。


 マウンドにキャッチャーの葛西がやってきた。

「上には上がいるもんだな」

 僕はムッとして、「ふん、失投だ。ストレートが甘い所に行ってしまっただけだ。

 次は抑えてやるよ」

 葛西は何も言わずにポジションに戻っていった。


 そこから僕はより一層、ギアを上げた。

 後続3人でを再び、三球三振に抑えた。

 そしてマウンドを降りる時、僕はユニフォームにポツンと滴が落ちたのを感じた。

 雨か?


 空を見上げたが、雲一つ無い青空が広がっている。

 僕はそれが自分の涙ということに気がついた。

 悔しくて、無意識に涙を流していたのだ。

 僕は唇を噛み締め、ベンチに戻った。

 そしてそれを誰にも悟られないように、ベンチの端に座った。

 

 ふとある歌のワンフレーズが聞こえ、ふと横を振り向くと、新田が僕よりも1メートルくらい離れた所に座って、試合を見つめていた。


 新田はそれ以降、何も言わなかったので、もしかして空耳だったのかもしれない。

 涙の数だけ強くなる。

 僕は唇を噛み締めながら、そうありたいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

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