2人のこれから
目を細め口角を上げる。照れ笑いに近いのだろう。
しかし、ハの字になった眉が切なさを感じさせた。
「えっと……守れないとは?」
「シスターの手助けをしないって話。シスターが頑張っているのに、ただ待ってるだけなんて俺には出来ない」
言葉の意味くらい分かっている。それでも確かめずにはいられなかった。
もしかしたら、私の想像している意味とは違うかも。
そんな淡い期待に縋っている私がまだいる。
優しさなんていらない。何も言わずに私を悪者にしてほしい。ただ罪を背負うことだけじゃ足りないから。
そうなるように私は頑張った。
言葉を尽くした。隠しておきたいことも伝えた。軽蔑される覚悟までした。
罪悪感に苛まれながら全てを赤裸々に話したはず。求めるものは罪の責任と、償うための時間の確保。それなのに。
まだ、諦めるわけにはいかない。これ以上リュカくんを巻き込まないためにも、ここで分かってもらえなければ。
「優しくなんてしないでください! 私はあなたを――」
「犯罪者にしたんでしょ?」
紛れもない真実。散々言ってきた残酷な真実。
しかし、本人の口から言われると重さが違う。
彼が納得するまで言葉を並べるつもりだった。次の言葉も用意していたはず。
それなのに、遮った彼の言葉が、私を胸に深く突き刺さる。
用意していた言葉何だったのか。どんな内容で彼を説得するつもりだったのか。
無気力になった私には、もう思い出せない。
次の言葉を言えないまま、視線をゆっくり下げる。短くなったロウソクが変わらず橙色の炎を揺れるのが見えた。
現状なんて気にせず一定の光を灯す。そんな従順な子供のままいてくれたらどれだけ良かっただろうか。
「……何で邪魔するのですか?」
ロウソクを見つめたまま静かに呟く。言葉選びはほぼ無意識だった。
つい口走ってしまった『邪魔』という言葉に慌てて顔を上げる。だが、彼は気にする様子はなち。
組んだ腕をテーブルの上に置き、小さくなっていくロウソクを見つめる。
光を反射するライトブラウンの瞳は、私の心なんかより美しく、輝いて見えた。
「何でって、シスターに感謝してるからだよ」
「……やめてください」
「シスターのおかげで、この姿になれた。今まで子供扱いしかしてこなかったシスターをドキドキさせれた。革新的な一歩をくれたシスターには感謝しかないよ」
「やめてくださいって言ってるでしょ⁈」
テーブルを叩く。食器同士がぶつかりガシャンと音が鳴る。今度は後悔はなかった。
知らなかった。優しさってこんなに辛いんだ。慰めってこんなに惨めなんだ。
自分の感情は自分にしか分からない。思いやりなんて勝手な希望の押し付け。それは私もリュカくんも同じなのだろう。
そうだ。これは私の勝手な押し付けだ。
罪を背負い続けたくない、自己満足の贖罪で楽になろうとする。
そんな私の贖罪は、単なる押し付けなんだ。
「……何度だって言います。私はあなたを犯罪者にしました。この先ずっと肩身の狭い生活を送らなければなりません。
それに、たとえ誰にも見つからないとしてもポーションの副作用があります。今は糸が出るだけで済んでいますが、次はどうなるか分かりません」
「ははっ! ガボンさんと同じこと言ってる!」
「私は真剣に――」
「じゃあ、側にいさせて」
楽しそうな笑顔が一変する。
姿勢も呼吸もさっきと同じだ。変わったのは表情だけ。真剣な表情になっただけのはずが、何とも言えない威圧感を醸し出す。
怖いわけじゃない。それなのに、急な変わり様に飲み込まれる。
「捕まるかもしれない。副作用で死ぬかもしれない。だったら、それまででいいから側にいさせてよ。それが俺がシスターに望む償い方」
「……そんなことで」
「いやいや、俺にとっては超需要! ってか散々言ってきたし分かるでしょ」
ニシシと得意げに笑う。もう彼に威圧感はなかった。
気を遣ってそう縁起しているだけかも知れない。でも私の目には演技には見えなかった。
「俺さ、シスターには幸せになってほしいんだよね。教会では治療とか愚痴とかに付き合わされて、それでも無理して笑っているの知ってたから。
街中で仮面つけたシスター見つけた時は正直驚いた。雑な変装で別人を装ってるんだから。けど、仮面越しでも分かるくらい楽しそうでさ。やっぱり、どんなシスターでも込み上がる気持ちは一緒だなって。
一緒にパフォーマンスって話も結構真剣だから。大切な人の笑顔を1番近くで見られる。これ以上の幸せはないでしょ?」
問題は何一つ解決していない。それでも表情を変えながら楽しそうに話をするリュカくんを見て、少しだけ心が和らぐ。
「多分シスターはまだ俺を子供として見ている。仕方ないよ。体は成長したけど心が成長したか分からないし。一人称変えたり、積極的に動いたり、少し余裕ぶったり。でも効果あまりないし。おまけに、あんなワイルドな男の人だって……」
ため息をつきながら指折り数えるリュカくん。その姿が少しだけ納得がいった。
一人称が俺になったり、
あの行動の裏には、そんな意図が隠されていたんだ。そして、隠さなくてはいけない内容を本人に言ってしまう。
そのマヌケ具合が可愛いと言ったらリュカくんは拗ねるだろうか。でも、そんな姿も見てみたい私もいる。
何気ないことで笑い合って、たまに喧嘩して、真剣に話し合って、また笑い合って。
そんな未来を一緒に描けたら。
「シスターの言いたいことは分かる。この生活はきっと辛いことの方が多いと思う。お互い喧嘩することもあるかも知れない。だとしても大切な人と同じ時間を過ごしたい」
心の奥がキュッとなる。
叶わないと知りながら密かに抱いていた私の思い。彼も同じ思いを抱いていた。
年齢差がある。異性として見られない。肉体的な成長を経たとしても、今度は犯罪者という肩書きがつく。
その絶望は私の想像程度では足元にも及ばないのだろう。
現実は残酷だ。にも関わらず、思いを貫き言葉で表す。
そんなリュカくんは私より大人だった。
「俺に猶予期間がどれくらいあるかは知らない。それまででいいから側にいさせて」
実年齢差19歳。見た目年齢差10歳。おまけに1人はシスターで、もう1人は犯罪者。
この恋には不純物が多すぎる。終わりを告げる鐘はいつ鳴るか分からない。この結末に幸せはないだろう。
それでも、この人と一緒にいたい。
「……はい」
彼の言葉に静かに頷く。
ロウソクの火はまだ燃えていた。
仮面シスターはニヤつけない 栗尾りお @kuriorio
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