第5話(終)「友達じゃない」
「さてとぉ、どうやって遊んであげようかなぁ……ふひひ……」
男の気持ち悪い手の動きが、徐々に俺の冷静さを奪っていく。ヤバいヤバいヤバい。状況を分析する余裕も失くなってきた。嘘だろ……このまま何もできず、澤口の体を汚されるのか?
嫌だ……誰か……助けて……
「……え?」
俺は閉じた目をゆっくりと開く。そこには、閑静な住宅街が広がっていた。おかしい。先程まで大人の男達に誘拐され、人気のない倉庫で襲われかけていたのに。目の前の男達が消え失せ、自分が屋外に立っている。唐突にワープさせられたような感覚だ。
「まさか! あっ……!」
まさかと思い、俺は自分の体を確認する。胸が平らにしぼみ、髪は短くなり、声も低い。視線も高くなり、手足はゴツゴツとしたたくましい姿となり、股間に生えている生殖器の存在が感じられる。
そして、先程まで俺が着ていた女子制服は、男子制服に変わっている。白色のカッターシャツに、紺色のスラックス。今まで馴染んできた俺の男子制服だ。
間違いない……元に戻っている。入れ替わりが解除されたんだ。機械の効果が切れた。
「よかった……」
ようやく女の面倒な生活から解放された。楽しい思いもさせてもらったため、正直名残惜しい気持ちもある。だが、やはり生まれてずっと生きてきた男の体が一番だ。元に戻れて良かった。これで澤口も安心……
……じゃねぇだろオイ!!!!!
「おぉ~、そこそこ胸があるじゃねぇか♪」
“嫌……”
「こりゃ楽しめそうだ」
“気持ち悪い……やめて……”
「それじゃあ、早速……」
“誰か……助けて!!!”
バンッ
「澤口!!!」
俺は勢いよく出入口のドアを開けた。奥で澤口が男達に押さえ付けられ、胸を触られかけていた。澤口からして見れば、寂れた倉庫に拘束した状態でワープさせられ、唐突に目の前に自分を襲おうとしている男達が現れたように感じたことだろう。
だが良かった……間に合った。
「何だお前……」
「こいつの彼氏か?」
「違う」
「なら友達ってやつか?」
俺は男達にゆっくり歩み寄り、立ち止まって呟く。
「……友達じゃない」
「だったら引っ込んでろよ。友達ですらねぇなら、お前に関係ねぇだろ」
「せっかく噂の美女を捕まえたところなんだ。邪魔すんな」
俺は心の底から怒りを覚えた。女を食い物としか考えていない醜悪な思考。汚ならしい魔の手に、あの澤口が襲われようとしている。なんて奴らだ。どんな法律で裁いても気が収まらない。
「澤口になったわけでもねぇのに、そいつのことを分かった気になるなよ」
「あぁ?」
「何なんだお前」
俺は拳を握って駆け出した。俺が澤口を助ける。澤口を汚す者がいるなら、俺は絶対に許さない。
「俺は、こいつの……!」
ガッ
「ぐほっ!?」
俺は土手っ腹に膝蹴りを食らった。ですよねー。数人の大人の男相手に、自分の体でも敵いませんよねー。
「何こいつ、弱ぇ~」
「カッコ悪ぃ」
「ガキがいきがるなよな」
澤口が拘束されたまま、心配そうな視線を送ってくる。本物の彼氏のようにカッコ良く助け出すつもりが、情けない姿を晒してしまい恥ずかしい。クソッ……俺には無理なのか。澤口と友達でもない、赤の他人である俺には……。
「……ん?」
ふと、遠くからサイレンの音がうっすらと聞こえてきた。これは……パトカー?
「まったく……男って生き物は……」
声の聞こえた方向へ顔を向けると、あの魔女が呆れ顔を浮かべながら、出入口のドアにもたれかかっていた。
「危なかったねぇ。あのままだと、童貞の前に処女を卒業するところだったかもぉ♪」
「笑い事じゃねぇよ……」
そこから先は早かった。流れ作業のように男達が警察に連行され、十数分の事情聴取の末、俺達は解放された。魔女が機械を設置していた最初の倉庫に戻った。
散々な目に遭わせてしまったせめてものお詫びとしてお茶菓子が振る舞われたが、それでも割に合わないほどに俺達は疲弊しきっていた。甘い物が苦手な口に戻ってしまったため、大した休息にもならない。
「そういや、澤口はどうして俺の近くにいたんだ?」
「え?」
「入れ替わりが解除された時、お前、俺が拉致された倉庫の近くにいただろ? おかげで間に合ったけど、なんであそこにいたんだ?」
今にも男達の手に墜ちそうになった時、俺と澤口の入れ替わりは解除された。その時、偶然にも澤口は俺が拉致された倉庫の近辺に立っていた。おかげで元に戻った澤口が襲われる前に、彼女を救出しに向かうことができた。遠くにいたら手遅れだった。一体どうさして……。
「……安藤君が私の友達と上手くできてるかどうか見たくて」
「え?」
「いきなり私の友達と遊びに行くなんて状況に放り込まれて、戸惑うんじゃないかと心配して、学校を出てからずっと後を付けていたの」
「お前……見てたのか」
言われてみれば、何者かの視線をずっと感じていた。先程の男達が付けていたと思っていたのだが、気配の正体は澤口だったらしい。クレープを食べていた時も、プリクラを撮っていた時も、ずっと見守っていたのか。
そして、俺が拉致された時も、車の後を追って倉庫付近までたどり着いた。怖くてたまらないだろうに、俺を助けに行こうと必死に拉致現場を探していたに違いない。元に戻った時の俺の体は、フルマラソンを完走した後のように汗だくだった。
「安藤君、危険な目に遭わせてごめんね。私の体になったせいで……」
「いや、いいんだ。何だかんだで無事だったことだし」
「ありがとう。それにしても、案外上手く振る舞えてたよね。ナギちゃんやチエちゃんとすごく楽しそうに遊んでたし」
「そ、そうか……?」
お前が俺のふりを疎かにしていた分、俺はお前のふりを頑張ったんだぞ。正直時間を忘れるほど楽しかったけど。上手くなりきれたのは嬉しいが、やっぱり澤口萌音という人生は、澤口にしか背負えない。俺には身が重すぎる。
それに、俺は……
「俺は……澤口とも遊んでみたいんだけどな」
「へ?」
お前になってみて、誰かと共に笑い合う人生の素晴らしさを知った。これまでの俺には決して掴み取ることができなかった幸せを、ヘンテコな機械と澤口が叶えてくれた。
今度は俺の手で、俺自身の手で、この幸せを噛み締めたい。その時、隣にいるのが澤口であってほしい。
「よかったら、その……お、俺と……」
俺は澤口と向かい合う。改めて見てみると、澤口の顔は神様が整形したと思うほど実に美しい。入れ替わっている間に鏡で何度も眺めたが、やはりこの美顔は澤口本人であるからこそより輝く。
だからこそ、俺は俺として、澤口と共に人生を歩みたい。
「俺と、と、友達に……いや、友達以上の関係に……なってくれるか……///」
「え? と、友達以上?///」
俺の唐突の台詞に頬を赤らめる澤口。俺自身も気が早いことは重々承知だ。しかし、止まらない思いが、勝手に口を走らせてしまう。
俺達は、友達じゃない。だからと言って、赤の他人でもない。お互いを隅々まで知った俺達は、もっと友情や愛情を超越した関係を目指せるはずだ。
「えっと……ふ、不束者ですが、よっ、よろしくお願いします……///」
「えっ、い、いいのか?///」
「いい……よ///」
恥ずかしさに悶えながらも、澤口はこくりとうなづく。マジか。ダメ元で言ったつもりが、すんなりと承諾してもらってしまった。手を繋ぐとか、一緒にデートとか、諸々の過程をすっ飛ばし、俺達は距離を近付けた。
まぁ、こんな結ばれ方もアリ……なのかな。
「こりゃあ、レポートが分厚くなるねぇ」
お互い様赤面した顔を見せられず萎縮している俺達の横で、魔女が福見のある笑みを浮かべていた。
誰もが一度は夢見るであろう他人の人生を歩めたとしたら、それはさぞかし夢のある話なのだろう。しかし、やっぱり俺は俺の人生で澤口と肩を並べて生きていたい。彼女になってみて、初めて自分の歩む道を見つけられた。
「よろしくね、安藤……いや、将志君」
「おう……萌音」
何ともまぁ、グダグダな恋路である。それでも、初めて誰かとの繋がりを持てた俺にとっては、かけがえのない出会いであることは確かだ。萌音に出会えてよかった。
俺の腕に抱きつく萌音の胸の感触のおかげで、そう思えた。柔らかい。うん、やっぱり胸は男として触りてぇよな。
KMT『ドキドキ♥️スワップル』 完
ドキドキ♥️スワップル KMT @kmt1116
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