第4話「共に歩む」


 キーンコーンカーンコーン

 下校時刻を告げるチャイムが、俺を地獄から解放してくれる鐘の音に聞こえた。澤口から事前に友達の情報をある程度教えてもらってはいるが、中身が俺である以上相手は赤の他人だ。

 とにかく話を会わせるのに精一杯だ。女の体特有の生理の話とか、最近流行っている韓流ドラマの感想とか、今まで俺には一切縁の無かった話題になると、愛想笑いだけで済ませられなくなる。


「萌音、大丈夫? あんた今日様子おかしいよ?」

「さ、さぁ……自分でも分からないや」 


 いっそのこと入れ替わりのことを打ち明けてしまいたいが、信じてもらえるかどうかが危うい。信じてもらえたとして、俺のようなむさ苦しい男が澤口の魅力的な体を乗っ取っていると知られれば、どんな仕打ちを受けるだろう。想像するだけで恐ろしい。


「調子悪いなら、教室の放課後やめとく?」

「ううん、大丈夫! 行く行く!」


 どうやら澤口は放課後に友達とどっかに遊びに行く約束をしているらしい。既に精神的に疲弊しきってはいるが、ここで断っては不自然だ。澤口の体裁を保つためにも、俺は自分の尻を叩く。


「そう、なら行こ♪」 

「う、うん!」


 何が待ち受けているか分からないが、気合いで乗り越えてやる!







「ん~、美味しい~♪」


 俺と千鳥、杉咲の三人は、駅前のクレープを販売しているキッチンカーへと向かった。甘ったるいクレープを購入し、近くのテーブルに座って堪能している。

 和栗モンブランクレープ……だったか? いかにもインスタ映え目的のために作られたような、完全なる女子高生ホイホイだ。


「やっぱり糖分は正義よね」

「萌音、早く食べなよ。溶けちゃうよ」

「あ、うん……」


 昨晩澤口の父親から小遣いを貰ったが、勝手に使って良かったかだろうか。買った後で遅すぎるが、他人の金で良い思いをしていることに罪悪感を抱いてしまった。

 それに加え、俺は甘いものがあまり好きではない。砂糖やクリームの甘味を舌に感じると、喉の奥がむず痒くなる。澤口本人は反対に甘いもの好きなのだろうが、彼女の楽しみを勝手に割り込んで無駄にしてしまうのも申し訳ない。


「あーん」


 とりあえず、俺はモンブランと生クリーム、クレープの生地を一口噛った。




「……え、うまっ」


 信じられない。俺の舌と脳は、和栗モンブランクレープをうまいと感じていた。いや、澤口の体だからだろう。普段から彼女が甘いものを食い慣れているため、中身が俺でも美味だと感じられる。


「だよね~。めっちゃ美味しい」

「ねっ、写真撮ろ!」

「う、うん……」


 千鳥が俺と杉咲を抱き寄せ、スマフォを掲げた。映え目的にほのぼの写真を量産する女子高生の生態は理解し難いが、なぜか今の俺はレンズに向けてピースサインをしていた。徐々に高鳴る鼓動が、この先に待ち構える快楽を心待ちにしていた。


 あれ? なんか……めっちゃ楽しくね?


「やっば! これSNSにアップしたら絶対バズるよね!」

「うん、めっちゃバズりそう……」


 こんな幸せに満ちた青春の一幕、ネットにしか居場所がない愚民共が見たら羨ましがるぞ。いいのか? こんな眩しい時間を俺が味わっても。いいよな! 今は俺が澤口なんだし! 楽しまなきゃ損だ! 和栗モンブランうめぇ……。




「……?」


 なんか、背後から視線を感じるような……気のせいか?






「次、どうする?」

「アレやろ! ほら、手を頬に当てるやつ。なんてったっけ?」

「虫歯ポーズ?」

「そう! それそれ!」


 クレープの甘味で腹が膨れた俺達は、急ぎ足でゲームセンターのプリクラコーナーに飛び込んだ。今までカーレースゲームにしか熱中してこなかった男の俺が、女性限定の台の中で女友達と身を寄せ合っている。


「もっとくっ付こ! ほら、ぎゅ~♪」

「うっ……///」


 真ん中に俺を挟み、千鳥と杉咲が左右からもたれかかる。相変わらず距離が近い。俺のことを澤口だと思い込んでいるため、当然のように女同士の距離感で接してくる。隣にいる美少女の中身がむさ苦しい男だとは知らずに。


「あぁ……///」


 それに、香水か? よく分からないが、左右から微かに甘い匂いが漂ってくる。これが女性特有の匂いだとしら、何と神秘的なことだろう。男の生態とはまるで違う。何もかもが別世界のように感じられる。

 これが澤口の人生か。明るくて優しい友達に囲まれ、毎日賑やかな刺激を受けながら、笑顔に満たされた輝かしい青春の一時を送る日々。


 誰かと一緒に歩く日々って、こんなに幸せなんだな……。




「上手く撮れてるね」

「ちえりん目大きすぎ~♪」

「あんたが加工したんでしょ!」


 出てきたプリクラに写る自分達を眺める。写っているのは、当然千鳥と杉咲、そして澤口だ。改めて俺が澤口になっていることを実感させられる。

 いつ見ても、すごく可愛い。神様が人類を生み出した時、澤口にだけ時間をかけて念入りに創造したのかと思ってしまうほど、優れた容姿にいつまでも見入ってしまう。友達に慕われる優しさも、特別に分け与えたもののように思えてしまう。


「……///」


 あれ……なんか胸が熱くなってきたな。どうなってんだ、俺……。







「じゃあね~」

「また明日」

「うん……」


 千鳥と杉咲と別れ、俺は待ち合わせ場所の魔女の倉庫へ向かう。澤口には先に向かうよう伝えてある。そろそろ機械の効果も途切れ、元に戻る頃だ。元の体に戻った後も、入れ替わっていた状態の感覚を詳しく教える約束までしている。面倒くせぇ魔女だなぁ。




「……」


 元の体に戻ったら、澤口との関係はどうなるんだろうか。俺達は偶然帰り道で出会い、偶然魔女に協力を持ち掛けられ、偶然入れ替わることとなった。偶然が重なりあってできた一時的な間柄に過ぎない。


 つまり、魔女の実験が済んだら、俺達はもう赤の他人に戻ってしまうのか。


「澤口……」


 普段の俺なら、ここで手を伸ばすことを容易く諦めてしまっている。友達は不要だと思っているわけではないが、人と仲良くなる努力をしているわけでもない。


 だが、今の俺は澤口との関係を繋ぎ止めておきたいと思っている。誰かと共に人生を歩む楽しさを知った今、隣に澤口がいて欲しいと願うようになった。なぜだろう。俺の心をそこまでわがままに突き進ませるものは何だ?


 今もなお鳴り止まない心臓の鼓動が、その答えを知っている。なぜかそんな気がした。






 キー


「ん?」


 ガシッ


「……!?」


 何だ。突然俺の隣に車が停まったと思いきや、車内から大人の男が飛び出してきて、背後から俺の口を手で押さえた。腕も拘束されて身動きが取れず、抵抗の隙も与えられぬまま車内に引き込まれた。


「澤口萌音、こいつで合ってるか!?」

「ああ、合ってる。噂通りの美少女だな」

「うひょ~、当たりじゃんか♪」


 男達は車のドアを閉め、勢いよく発進させる。俺は後部座席で床に押さえ付けられ、両腕を背中に回され、ロープのような物で縛られる。やけにスペースが広いな……ワゴン車か。


「悪ぃな、お嬢ちゃん。ちょっとおじさん達に付き合ってもらうからなぁ」


 ニタニタと気色の悪い笑みを浮かべながら、俺に話しかける男達。全身の産毛がそそり立ち、心の底から嫌悪感が沸き上がる。こいつらは澤口のことを知っている。

 そして明らかに手慣れた身のこなし……。先程の視線はこいつららしい。ずっと俺のことを付けていたのか。女の感覚は鋭いな。俺の体だったら気付かなかった。




「こっちだ」


 数分かけて車は目的地に着いた。魔女に連れていかれた倉庫に似ている。人気が全く感じられない。助けを求めても誰も駆けつけないことは明白だった。


「……!」

「うぉっ!」


 俺は一人の男に体当たりした。少々よろけたため、俺は隙を見て倉庫の出入口へと走り出す。澤口の体を傷付けるわけにはいかない。今こいつの体を守れるのは、俺だけなんだ。


 ガッ


「……!」

「危ねぇ危ねぇ。意外と大胆なところもあんじゃん」

「でも残念。か弱い女子高生が大の大人に勝てるわけないんだよなぁ」


 俺は秒速で取り押さえられ、成す術なく連れ戻される。ダメだ。貧弱な女の体では、巨大な力でねじ伏せられる。普段の俺の体なら何とか脱出できたかもしれないのに。

 いや、そもそも俺のままだったら、こうやって連れ去られることもない。澤口の奴、普段からこんな危険を孕んだ生活を送っているのか。


「さてとぉ、どうやって遊んであげようかなぁ……ふひひ……」


 男の気持ち悪い手の動きが、徐々に俺の冷静さを奪っていく。ヤバいヤバいヤバい。状況を分析する余裕も失くなってきた。嘘だろ……このまま何もできず、澤口の体を汚されるのか? 


 嫌だ……誰か……助けて……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る