SF時代のSF

峻一

SF時代のSF

 タイムマシンが完成し、タイヤのないクルマが空を行き交い、不老不死治療を受けた人々は、タイツのような奇抜な格好をしていた。数年前には、宇宙怪獣が地球に暴れに来たこともあった。まさにSFの世界。

 そんな奇抜な世の中でも、住めば都。人間とはどんなことにも慣れてしまう生き物で、彼らが求めているものは、刺激だった。そのため、SF時代とも言うべき時代の本屋には、SF小説が置かれていた。

 もちろん、過去のSF小説が描写していた時代はもう実現してしまっているから、そのような小説たちは日常小説のような立ち位置となってしまっている。SF時代におけるSF小説は、少し奇妙なものだった。

 本屋の角に置かれている、ある一冊を取り上げてみよう。それは次のような内容だった。

 平凡な二人の男女がいた。二人は、その時代における誰もがそうするように、不老不死治療を受け、使いきれないほどのベーシックインカムを受け取り、溢れる娯楽の中で平穏な生活を送っていた。ある日、女はショッピングモールのショーウィンドウに、豪華かつシックに飾られているリンゴを見つけた。この時代において、自然に育てられた果物は数が限られており、とても貴重なのだ。女は一口でいいから、リンゴを食べてみたいと思っていた。

 女が買い物を終え、クルマを運転していると、助手席に置いていたバックがもぞもぞと動き出した。そして中から出てきたのは、一体のヘビ型ロボットだった。女は悲鳴をあげた。ヘビ型ロボットは、朗らかな人工音声で言った。

「落ち着いてください。私はあなたに、プレゼントがあるんですよ」

 そういって、ヘビ型ロボットは尻尾を器用に動かし、かごの中をもぞもぞと探ると、リンゴを取り出した。女は突然の出来事に息を忘れた。

「そんな高価なもの、どうして」

「あなたがついさきほど、これを欲しそうな目つきで眺めていたものですから」

 女は、ヘビ型ロボットからリンゴを受け取ってはいけないと思った。犯罪の匂いがしたのだ。しかし、誰も見ていない。悪いのは、勝手にリンゴを持ってきたこのヘビ型ロボットなのだ。女はリンゴを受け取り、一口噛った。味は薄かったが、とても水々しく、毎日食べている人工食にはない、自然の暖かみがあった。女は涙を流したが、それは意識的なものではなく、体の本能が流したものだった。

「ヘビさん、ありがとう。とてもおいしいわ」

「いえいえ。あなたに喜んでもらえて何よりです」

 女がクルマのドアをあけると、ヘビ型ロボットはそそくさと出ていった。

 後日、女は同棲している男に、ヘビ型ロボットからもらったリンゴを食べさせた。男も、自然のリンゴに感動している様子だった。二人はすぐにリンゴを食べきってしまった。

 その結果二人の体に表れた変化は、悲惨なものだった。次の日の朝、二人の身体中に、数えきれないほどの深いしわが出来ていたのだ。急いで病院に行き検査を受けると、リンゴを食べたことを指摘された。

 医者は次のように言った。

「あなた方が不老不死の恩恵を受けられるのは、普段食べている食べ物のおかげです。人工的に最適化された含有物によって、人の体は絶妙なバランスを保ち、老化が起きないのです。あなた方の体は自然のものを食べたことにより、そのバランスを崩してしまったのです」

 男が疑問に思って言った。

「しかし、高級品として、自然の食べ物は販売されています」

「体裁はそうなっていますが、実際には人工物です。誰も自然か人工物かの見分けはつけられません」

 二人は唖然とした。医者ロボットは続けた。

「しかし、ヘビにそそのかされてリンゴを食べたなんて、どこかで聞いたことがあるような。一万年ほど前の書籍に、そんなものがあったように記憶していますよ」

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SF時代のSF 峻一 @zawazawa

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