第40話:エピローグ


「アネキサンダー大王! 応援しております!」


「ありがとうございます」


 世の中も問題は起きてもやっぱり年末はやってきて。冬コミ。僕は姉御のサークルで売り子をやっていた。真理とマリンも会場に来ている。マリンはコスプレ広場にいるはずだ。真理はサークルスペースで興味本位に買った同人小説を読んでいる。


「完売しました! ありがとうございました!」


 で、声を大きく同人誌の完売を告げると周りが拍手してくれる。


「両替機」


 ちなみに今の僕はマジバスターカルナちゃんのコスプレをしている。


「ん」


 あっさりとまぁ真理は僕の頬に唇を添えた。


 衆人環視がちょっと盛り上がる。


『百合百合でござるな』


『萌えの花が萌えた』


『本にしろ。買う』


 そんな意見がチラホラと。僕を女子だと信じて疑っていないらしい。そこまでかなぁ?


「マイダーリン!」


 で、マジバスターアンジュちゃんもこっちにヒョイと近寄ってくる。正確にはアンジュちゃんのコスプレをしたマリンだ。


「なぁに?」


「大好き!」


 マリンも僕の頬に唇を寄せる。キッシュ。


『なん……だと……?』


『カルアン……だと?』


『ではさっきのアレは三角関係の百合?』


『そう相成り申すか』


 ちょっと恐ろしい周囲の会話。


「萌え萌えだね」


 で、完売の札をサークルスペースに掲げた姉御がサムズアップ。こっちもサムズダウンで返答だ。そうして冬コミの熱気を感じつつ一日ボーッとしたりカメコの相手をして、一年が終わった。さすがに蕎麦屋は満員御礼だったので打ち上げは海鮮料理屋で。刺身と揚げ物と煮魚と飲み物が出揃って乾杯した。


「くぅー! この一杯のために生きてるわ!」


 なんで大人ってお酒にはそんなに弱いんだろう。子どもが好きだと思うモノには興味示さないくせに。


「えと。今度は真理もコスプレしようね」


「マリンまでそんな事言う」


 真理とマリンは互いに名前で呼び合う関係になっていた。色々と思う所があるのだろう。


「そしたら百合百合な関係になれるよね?」


「なれないわよ。両替機は男だし」


「観念上の話だよ。それに両牙くんだって拙たちのこと好きだよね?」


「まぁ大好きなんですけど」


「ほら!」


 朗らかにチューリップのようにマリンが笑った。


 女の幸せは「彼欲す」ということである。


「実際に欲してるし!」


「それは……私もそうだけど」


 実際にやってしまった。真理とマリンを拒絶しようとしてダークヒーロー気取ったつもりが、まさか情熱的に愛を囁く結果になるとか。真理とマリンの入れ替わりを見抜けない間抜けを責めるべきか。それともそれほどの奇蹟を讃えるべきか。


「あの時……記憶を失って全てを無くした時に……僕を一人にしないでくれたのは真理だ。それが罪悪感の産物でも……僕の傍に寄り添ってくれたのは真理だ」


「僕が記憶を無くしたときに唯一憶えていたのがマリンとの約束。真理と誤解していたけど、その契約性は損なわれていない。あの日、確かに僕はマリンに結婚の約束を迫った。受け入れて貰えた。その事が酷く嬉しくて、だから僕にとっての唯一の真実がそこにある」


 うぐぅ。


 たしかに僕は二人にそう囁いた。


 今でさえ二人の区別はつかない。シャッフルされたらどっちがどっちか分からなくなるのだ。それは同一と言うことで共時性が強い証左でもあり、そして真理を想えば想うほどマリンを同時に想うことと同義だ。どれだけどちらかを選ばなければと悩んでみても、こんなにも同じな二人を順列づけることも不可能なわけで。マリンを可愛いと想うのは真理をも可愛いと想うことだから。


「だからさ」


「えと。だからね」


 ギュッと二人は僕に抱きついてくる。


「私は両替機の傍に居る」


「拙は両牙くんを大好きになる」


「「だからさ」」


 はいはい。


「マリンが両替機を愛する程度には私も両替機を大切に思う」


「真理が両牙くんを大切に思う程度には拙も両牙くんに愛を思う」


「二人は……それでいいの?」


「だって両替機……二人とも好きでしょ?」


「しかも悩んで二人とも拒絶しようとするほど」


 結果として逆効果だったけどね。


「私はあなたのひまわり娘で」


「拙はあなたのひまわり娘だよ?」


 僕という太陽を失えば枯れてしまう二輪の花。


「だ・か・ら」


「だ・か・ら」


 嫌な予感を覚えつつ、刺身をパクリと食べる。本当に海鮮料理屋で何やってるんだ。冬コミの打ち上げだよねコレ? ジトーッと姉御が睨み付けている。


「マリンが好きな両替機が好き」


「真理が好きな両牙くんが愛しい」


 僕の左右に座っている二人は、まったく同じタイミングで僕の頬にキスをした。


「わお」


「いいよ。マリンを好きなままで」


「許すよ。真理を愛したままで」


「「それでもこっちを大切にしてくれるのなら、多分ソレが恋じゃないかな?」」


 純情と呼べるかは別問題で。でも両者を好きなこの因果だけはどうにもこんがらがってほどけそうにない。そこまで理解して、だから二人は喜んでいる。自分を想ってくれるが故にもう一人をも愛するというパラドクスを。


「だからさ。両替機」


「だからね。両牙くん」


「「二人分の恋を受け取って?」」


 二重の恋ドッペルリーベはここに具現した。

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ドッペルリーベ ~二重の恋~ 揚羽常時 @fightmind

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