第39話:マジック・オブ・ラブ09
「――――――――」
「――――――――」
日本語ではない言葉で何処かと連絡を取るダークスーツの男性諸氏と、サンタ服を着たまま拉致られた僕とマリン。状況を整理すると要するに誘拐されたのだと分かるけど、そもそも何故……という論法にも行き渡る。ワゴンの着いた先は港の倉庫街。そこで拘束させられて僕とマリンは呆然としている。
「――――――――」
何語とも知れない言語でメンインブラックの男性がマリンに話しかける。
「えと。あの」
で、マリンは困惑していた。日本語以外は通じないとばかりだ。英語も話せるくせに。
「ていうか何語?」
拘束されて後ろ手に手錠をかけられた僕が不審げに睨み付けると、
「ほう。そっちは?」
日本語を喋れるダークスーツ男性が僕を珍しげに見た。
「両牙益。十七歳」
「標的はマリン=スミスだけだったのだが……可愛い子がついてきたじゃないか」
「そりゃ御恐悦」
やっぱりマリンが目的か。で、誘拐拉致を敢行する。とすると。
「魔法が目的?」
「理解が早いな。そうだとも。アンクルサムにくれてやるには勿体ない。この過剰戦力は我々高貴なる意思が扱うべきだ」
つまりネガボソンの威力と、その扱いを手に入れるための誘拐か。
なんかネガボソンってテロリストの手にだけは渡っちゃいけない気がするんだけど。
そもそもじゃあ僕は何故拉致られたので? 都合上一緒に拉致ったほうがめんどうないのはわかるんだけど、これって薄い同人誌が厚くなる展開じゃあ……。
「君は何だね。可愛いね」
「恐悦ながら有り難い。でもマリンに無茶を要求するのは違うんじゃない?」
「彼女が素直に吐けば済む話だ。我々も紳士に行動しているよ」
「日本語が堪能だね。都合の良いように喋くる様は素敵だよ」
「君からも説得してくれるかい? そうすればやりやすいのだけど」
「ナイン。有り得ない」
「じゃあ期待しないさ。どうせ語る機会は多々ある。マリン嬢が話さないのなら強制を以て喋らせるだけだ」
「それって」
「女子としては破滅かもしれないがね。けれど生理的に破滅というわけではないよ」
腐臭のする笑みでダークスーツの男は述べた。
「――――――――」
で、マリンに外国語で話しかける。だがマリンは理解に能わないようだった。
「ぅ……ぁ……」
どこか絶望的な瞳をこっちに向ける。その彩は、ある意味で魔法を持つマリンらしからぬ卑下の全てで出来ている。
「両替機……助けて……」
そうして彼女はこっちに援護を求めた。僕を両替機と呼んで。
「マリン……?」
「ごめ……ごめん……なさい……。私はマリンじゃないの……」
「真理?」
たしかに二人を見分ける術は無い。仮に真理が金髪に染めれば僕はマリンと誤認するだろう。その意味で共時性には逆らえない。
「あれ? 何で? マリンが真理?」
そういうことになる。
「ワッツ? 貴殿はマリンでは無いのか?」
日本語に精通しているメンインブラックも眉をひそめた。
「マリンは別に居る。私たちは……入れ替わっていたの……」
「…………オーマイ昆布」
えーと。それって。
「だから私を拉致っても意味ないです。だってマリンは別に居る」
「それで納得しろと?」
「じゃあどうすれば納得を?」
誘致罪。その犯罪性に声を引きつらせている真理の小さな悲鳴は、本当に怯えを多分に含んでいた。いきなりマリン同然でありながらマリンではありませんと拉致った犯人諸氏に告げるのも一苦労だろう。しかも相手は暴力を呼吸のように振るう人間だ。
「そーだねー。君が処女を散らして悲鳴を上げるというのはどうだろう?」
「テメェ」
僕のクオリアが沸騰した。バキンと後ろ手に拘束している手錠のカネを弾き散らす。ぶっちゃけ僕にとって手錠の有る無しは関係ない。それこそ無力化は容易いのだ。
「おおっと」
サッと男性が手を挙げる。同時に他のメンバーが拳銃を僕にポイントする。
「ぐ……」
「気持ちは分かるよ。女の子を救うナイト足り得るのは。だが君に何が出来る?」
「先に死ぬことは出来る。少なくとも僕の目の黒い内は真理に手を出させない」
「銃で撃たれてもかい?」
「痛みは忘れた。そんなことで止まらない」
「両替機! ダメ! そんなこと!」
言っている意味が分かっても、理解がソレに追いつかない。アドレナリンの過剰供給。僕は思考が沸騰すると人より痛覚が鈍感になる。それこそ銃で撃たれても目玉くり抜かれても痛みを感じないだろう。
「しかしそうなると……本物のスミス氏をおびき寄せるにはどうしたら……」
こっちに銃をポイントしたまま、男性諸氏は外国語で仲間と相談していた。そもそも真理がマリンに似すぎたことが今回に経緯の根幹だ。であればどう在ってもコイツらはマリンにとっての……つまり僕にとっての敵でもある。
腐臭のする笑みで男は真理に水を向けた。
「お嬢ちゃんはどう思う? スミス氏によく似た自分の因果を」
返答は丁寧に。細心の注意をはらってね。
「殺していいわよ」
おい? オレンジの香りに甚だ危険な粒子を混ぜて真理はそう言った。
「へえ。死が怖くない?」
「怖いわよ。それは。強がって言っているわけじゃないの。でもさ――
――私が両替機を縛っているのね。私が生きている限り両替機は解放されないのね。
――だったら死ぬしかないじゃない。その拳銃は脅しの道具じゃないんでしょう?」
本当に何を言ってるんだ。口の端を釣り上げるメンインブラックと、その構えた拳銃は僕から少しズレたところをポイントする。拘束されている……墨州真理。とっさに僕は射線に入った。ここで立ち向かわなかったら男じゃない。いや女装サンタしてるんだけど。
「真理が死んだら僕も死ぬよ」
だから精一杯を矜持に表わす。
「黙ってて。両替機まで死ぬことないじゃない」
「死ぬ! 絶対死んでやる! 君がイヤでも構うもんか!」
――真理のいない寂しい世界では生きてなんていられないから。
「じゃあ死にたもう」
グッと男性の指がトリガーを引こうとした……その瞬間。不可視の熱線が冬の空から降ってきた。認知外の速度で振ってきた熱線は容易く銃を融解させて地面にツルリと綺麗な穴を開けた。
「は?」
「へ?」
「SDI! まさか!」
SDI。別名スターウォーズ計画。
「このクソボケども……拙もいい加減頭にきていますよ……」
それは軍事衛星から対地爆撃を敢行するという夢とロマンと残虐性に溢れた未来ギミックである。気付けばそこに真理のフリしたマリンが立っていた。どうやって追いついたのかは後刻聞くとして、何より問うべきは。
「もしかして僕……やっちゃった?」
「ええ。そうですね。真理のフリした拙を遠ざけようとしたつもりでしょうけど、普通に口説かれて、ますますマイダーリン両牙くんが好きになりました」
「真理も?」
「ぐ……それは……」
思わざる得ないと。そもそも二人を拒絶するためのクリスマスだったのに。
「――――――――」
フリーズと声をかけつつ外国語で罵って男性等はマリンに銃を向ける。
「オーライベイビー。こっちの事情は一つだ。ネガボソンの技術を渡してほしい。見返りはそうだな。ご学友の無病息災でどうだろう?」
唯一日本語を話せる男が僕に銃口を向けて、そう交渉する。けれどマリンはその上を行く。
「えと。撃っていいですよ」
えーと。マリンさん?
「人質の意味ありませんから。ただしトリガーを引いたら人間らしく死ねないと思ってください。ネガボソンはあなたの体内さえ対消滅能います」
『――――――――!』
「うるさい」
で、僕を人質にしている男以外にはハエでも追い払うように右手を振ると、また天より熱線が降ってきた。精密射撃も極値は極値。衛星軌道から僕らをどう見ているのかはアレなんだけど、その爆撃の無謬性は戦慄に値する。周囲の誘拐犯を悉く無力化せしめ、その上で日本語を話せる男性に意識を向けるマリン。ニコッと笑う。勝負あった。まさかマリンがここまで無双チートキャラだったとは。
「トリガー引きます? 既に拳銃の弾丸をネガボソンで対消滅していると言っても?」
「ハッタリだ」
「どうでしょうね?」
「くっ!」
「失礼」
で、最後の一人は銃口のポイントを僕からマリンに変更し、トリガーを引く。カチンと虚しいハンマー音が響く。ほぼ同時に僕が彼の股間を蹴り上げたのだった。
「大丈夫ですか?」
警察の介入は早かった。コレ有るを想定していたのだろう。衛星爆撃やら、足の確保など、どう考えても異常としか思えない対処のスピードは、おそらくマリンがVIPである証だ。
「ぅ……ゎ……両替機……死んじゃやだ! 死んじゃやだぁ!」
「真理が死なない限り死なないよ」
一応怪我もしてないし。それはマリンの功績だ。
「言ったよね? 全てを無くした僕の……その傍に常にいてくれたのが真理だって」
「ごめ……なさい……。ごめんなさい……。私は……私は……」
「だから大丈夫だよ。真理は大きな声で自分を許してあげようよ」
「むー。マイダーリン、墨州さんと仲良くなってる……」
「そりゃまぁね」
ドキドキの展開ですよ。ハリウッドではよく使われる手法。ピンチから芽生えるロマンスもあるというか。
「両替機!」
「両牙くん!」
はいはい。なんでございましょ?
「「好き好き大好き愛してる!」」
とっぴんぱらりのぷう。
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