20

 3日後、二人を助けに来たのはゴンサロだった。遅れはしたが、彼はフェリカ達の他で唯一、B21チャンネルに入ってくる電波に気がついた人物だった。

 ゴンサロは殆どの観測機器が使えない中、その通信から得た情報と光学観測を頼りにエンタープライズで二人のもとへたどり着いた。旧世代のOHE乗りの面目躍如であった。


 アルシノエは開発ステーションに曳航され、ミラは初めてOHE乗り達の根城へと足を踏み入れた。予想されたことではあったが、ステーションは蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。フェリカは片時もミラの腕を離さず、押しかけるステーションの男性たちをいつもの口調で脅迫しまくっていた。

 それでも落ち着きを取り戻さないので、ついにゴンサロが一喝した。

「てめえら、フェリカの彼女になんかしやがったらただじゃすまねえからな!」

 これで、ステーションの若者たちはかなり静かになった。ステーションにおけるゴンサロの威厳が伝わってくる。フェリカの父と兄が彼女をゴンサロに託した理由がよくわかった。


 フェリカは、ミラに見て欲しいとステーションの自分の部屋から鉱石を持ち出してきた。それはオパールとダイヤモンドの原石だった。オパールは火星を象徴する石、ダイヤモンドは隕石や小天体を象徴する石とここでは認識されていた。どちらも、フェリカがOHE作業で採掘したものだ。彼女らにはこれくらいの私有は黙認されていた。

 フェリカはこの石をミラと出会ってから採掘した。これをミラにプレゼントするというのは、フェリカの見果てぬ夢であったはずだったが、今現実になってしまった。フェリカはこの石を渡すことで、もっと大事な意思表示をミラに伝えるつもりだったが、結局上手に出来なかった。でも、ミラはそれを察し、そして受け入れた。


 ミラとフェリカは正式に家族となった。


 ステーションはその独特の民族感、家族感からファミリーネームを持たない者が多くいて、フェリカもその一人だった。彼女はそのままでいることも出来たが、ハセガワ姓を名乗ることを選択した。二人は自分たちだけではなく、火星全体を救った英雄でもあったので、二人の婚姻は火星全体を巻き込んだ大騒ぎとなった。英雄という意味ではヘイゾウも変わらないはずなのだが、なぜか表に立つのはミラとフェリカだけで、ヘイゾウの功績は巧妙に隠されていた。誰の差金なのかはわかっていない。


 ヘイゾウは上層部からめちゃくちゃ叱られ、その三倍くらい称賛された。それ自体はいつもどおり馬耳東風であったのだが、懲罰人事と称して昇進させるという話になって激しく抵抗した。二級昇進だ。いや断る。せめて一級、という訳のわからない攻防が繰り広げられ、ヘイゾウの権限と肩書が増えることで手打ちとなった。


 二人の結婚を巡る騒動の中で、ゴンサロとヘイゾウが顔を合わせた。ほぼ初対面の二人であったが、やたらと意気投合していた。それを見たミラはあの兄とあんなに普通に話のできるおじいちゃんはやっぱりすごい人だと思った。


 今回のソーラーストームによる火星の被害は甚大だった。死者12名は火星の人員にとっては非常に大きな損失だった。

 その被害と原因の調査の中で、先のミラ・フェリカペアのシュートミスの原因も見えてきた。ソーラーストーム以前より活発化していた太陽活動が、各種センサー類に閾値以下のダメージを蓄積していたことによるものだった。複数センサーからの情報で補正補正を繰り返しデータを校正していたが、エラーの重畳で限界値をこえたものだと推測された。

 ルナエシティの損害は甚大だったが、地下、かつ貯水槽に囲まれたスペースにあるマイの本体が守られたこと。発電と送電のシステムが早期復旧可能であったことで、立ち直ることに成功した。

 火星は復興から開発へと、日常を取り戻していった。


 いろいろな可能性を模索したが、二人は今の仕事を続けることにした。ただ、フェリカはこれから火星での検診やリハビリをちゃんと受けると約束したので、少なくとも一年のうち4ヶ月位は一緒に生活できることになる。

 その手始めとして、アルシノエのレストア中、二人はマルス2号を見に行った。人類が初めて火星地上に送り込んだそのランダーは無残にも半壊し埋没していたが、慎重に掘り起こされて、今は保護用のクリスタルドームの中にあった。その傍らには今はもうなくなってしまった国家の旗が掲げられている。

 フェリカは大はしゃぎであったが、動き回るのはかなりつらそうだった。が、ルナエに戻る頃には普通に活動できるようになっていて、若さと適応力を見せつけていた。


 アルシノエのレストアが終わり、二人はお互いをパートナーとする仕事へと戻っていった。


 ミラは赤い大地を踏みしめ、厳しい坂を登っていた。

 ここは、彼女らとアルシノエの身代わりに落ちてくれた鉄隕石が作ったクレータの外側だった。あれからずいぶん経っていたが、火星の混乱もあって詳細な調査はこれが初めてだ。

 やはり、ミラたちが普段作っているクレータよりも規模は大きく、その外縁まではかなりの登攀を必要とした。いつもより深い地層が巻き上げられた様子が見て取れる。また、地面が含水しているようだったが、それが地下の氷が融解したものか、それとも雨によるものかはわからなかった。

 下から外縁部の頂上を見上げた時、その影に見慣れないものを見たようにミラは思った。ミラはそこを目標とし、たどり着いた時それの前に跪いた。

 目を見開き、それを見る。手はかすかに震えていた。何故?どこから?なんのために?何に向けて?汚染によるもの?でも、私の知るものとは異なる特徴。

 ミラは我に返った。「フェリカに緊急映像通信。最優先!」

 マイは明らかに面白がっていた。「後で緊急性が認められないと、凄い額の請求が来ますよ。相手は局本部でなくてよろしいのですか?」

「そんなものいくらでも払うわ。でも、絶対緊急!早く!フェリカにだけ!」

 マイが指示通りフェリカに緊急の映像通信を発する。これまで一度も経験したことのないコールにフェリカも仰天した。

「何?ミラ!なにかあったの?無事?大丈夫?」

「フェリカ!フェリカ!あなたにこれを見てほしいの。最初に見る権利があるのはあなた。私とあなた、人類で初めてこれを見るのよ」

 ミラは、それにカメラを向ける。後に、この映像は火星人類の記念碑的映像として、多くの人々が繰り返し目にすることになった。

「一体、何を見つけたの?」

 映像を見て、フェリカは息を飲んだ。

 クレーターの縁には、一輪の白い花が咲き誇っていた。


「フェリカ、あなたの名前がつくのよ、私がつけるの!」


 その花は、Marslilium felicia と名付けられた。

 人々からはエスペラントの「フェリーチャ」から転じた女性の名、「フェリカ」と呼ばれ、この星の固有種として、火星の星花となった。

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赤い大地に咲く花は TYPE33 @TYPE33

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