番外編 1 彼女の好き好きアピールが分かりやすすぎる件
「楓くんー」
早朝、チャイムが鳴ると共にそんな声が響き渡る。どうやら、渚が来たらしい。しかし、渚は基本的に朝は弱い為駅で合流することが通常だ。
「すぐに行く」
俺は珍しいなと思いつつも、弾むような足取りで玄関へと向かう。
なにか急用でもあるのだろうか? いや、そういう時は大体事前にラインとかくれるし...まぁ、なんにせよこんな早くから渚に会えるのは嬉しいことである。
「おはよう、渚! 今日は一体どうし——」
「はい、楓先輩おはようございます」
「...」
俺がウキウキ気分で扉を開けるとそこには手を口にあて、笑いを堪えている様子の伊織が立っていた。
「嵌めたのか?」
確かに声に若干違和感あったけど軽い風邪とかかなと思ってたのに、蓋を開けたらこれだよ。
「嵌めてなんかないです。ただ、騙しただけです」
「同じ意味なんだわ」
「あははっ」
「笑うな!」
「ただの笑いじゃないです。大爆笑です」
「やかましいわ」
一切、反省した様子のない伊織が真顔でそんなことを言うので軽く頭を叩く。
「はー、本当に先輩はやっぱり面白いです。ねー、私の言った通りだったでしょ、渚先輩?」
「えっ?」
「...どうやらそうだったみたいね、おはよう楓くん」
「あ、あぁ、おはよう渚」
すると伊織が突然後ろへ視線を向けてそんなことを呟くので、俺が固まっていると少し呆れたような顔をした渚が伊織の後ろから姿を現した。今度こそ、本物の俺の大好きな彼女である渚だ。
「にしても私の楓くん呼びを真似すれば簡単に騙せますよ、って言ってたけど本当に騙せるなんて...」
「楓先輩、渚先輩のこと好きすぎるが故に渚先輩関連で冷静になれないですから。これしき簡単ですよ」
「くっ、正論すぎてなにも言い返せない」
渚はため息をつきながらそう続け、伊織はニヤニヤとしながらそんなことを言うが今回は何も反論する内容がなく俺は口を閉ざすことしか出来ない。
「いや、それは流石に色々と心配になるのだけど...」
「ご、ごめん、なるべく気をつけるようにするから」
「本当ですよ、先輩」
「騙した言う奴が言うんじゃない」
「わー」
割とマジなトーンで渚がそう言うので俺が慌てて手を横に振って謝ると、茶化すように俺を騙してきた
クイッ。
「?」
伊織となんというかいつも通りのやり取りを交わしていると、渚が突然俺の制服の裾を掴んできた。俺が不思議に思い渚の方を見ると、そこにはまるでなにかを期待するかのような顔をしている渚が立っていた。
しかし、俺は渚がなにをして欲しがっているのか分からず行動することが出来ない。
「先輩、先輩、多分これ頭ポンポンです。頭ポンポン」
「お前の脳内がぽぽぽぽーんなのは分かったから一旦黙ってくれ。俺は今、真剣に考えてるんだ」
「違いますよ。そうじゃなくて、さっき先輩伊織の髪ぐちゃぐちゃにしましたよね? 多分、それを見て渚先輩も自分の髪を触って欲しくなったんじゃないかって言ってるんです」
「えっ?」
伊織の予想だにしない答えに俺が慌てて渚の方へ再び視線を向けると、渚は少し顔を俯かせ恥ずかしそうにしながらコクリと小さく頷いた。どうやら、本当にそうらしい。
渚からそんな風にリクエストされるのは嬉しい。
だが、伊織の時はなんにも意識してなかったからこそ出来たのであって、渚相手となると途端に緊張や照れで中々やりづらいというかなんというか...。何より伊織の前だし。
「ほら、先輩頭ポンポン。頭ポンポン! 頭ポンポン!」
「お前は小学生か」
俺が脳内で言い訳をしてウジウジしていると、伊織がまさにキッズのテンションそのままにそんなことを囃し立てる。
「小学生? 伊織をそんな野蛮な奴らと同じ種族にカテゴライズしないでください」
「同じ種族なんだわ、お前が人である以上」
「じゃあ、先輩。伊織人間辞めます」
「いや、「店長バイト辞めます」と同じノリで出来るようなことじゃないから、それ」
「そして、伊織は今から神様始めました」
「いや、「冷やし中華始めました」と同じノリで出来るようなことでもないから、それ」
「じゃあ、人型ドラゴンでも可」
「不可だわ。というか、頭ポンポンするんだから邪魔しないでくれっ」
と、そこまで口にしたところで気がついた。これ嵌められたパターンだ、と。
「はい、じゃあ私は邪魔しませんから思う存分ポンポンしてあげてください」
案の定は伊織は勝利の笑みを浮かべてそんなことを言う。最初から、これを狙ってボケていたらしい。うーん、やっぱり頭は良いんだよなぁこいつ。ただその使い道がおかしいだけで。
「.....こ、これでいいのか?」
少ししてようやく意を決して俺はゆっくりと渚の頭を撫でる。すると、渚は目を瞑り心地良さそうな顔で頷いた。
「じゃあ、行くとするかしら」
そして数秒した後、俺が手をどけると渚は目を開けいつも通りのクールな表情でそう告げるのだった。
ちなみに登校中、「楓先輩が渚先輩の頭を合法的に撫でられたのは伊織のお陰なので全力で感謝してくださいね! いや、最早崇めて貰ってもいいんですけど」と伊織がずっと俺に対して言ってきたが、癪だったので無視をすることにした。
そして今度からは自分で気づいて自然に実践出来るように、頑張ろうと思った。
*
「ねぇ、楓くんと十六夜さんってまた付き合ったって聞いたんだけど、本当なの?」
「えっ、あっ、うん。そうだけど...」
昼放課、俺はいつものように渚が来るのを待っていると何故か殆どんど話したことのない、クラスの女子から話しかけられていた。この人は確か...
「へぇー、本当なんだ。でも、2人なんか見てて全然そんな感じしないんだよね。あーんもしないし、手を繋いだりもしないし、距離感もそこそこだし、会話も割とそっけないから」
思っていた以上に彼女は俺たちのことを見ていたらしい。
「いや、まぁ渚はあまりそういうことするタイプじゃないし...」
「確かに言われてみれば、十六夜さんは付き合っても中々そういうことしなさそうなタイプだったね。それなら納——って、十六夜さん?」
「貴方は初めましての方よね。私は十六夜 渚と言うの。そこの楓くんに用があって来たの。よろしくね」
「えっ、あっ、うん、勿論知ってるよ!よろしくね、十六夜さん」
丁度話が終わるというタイミングで渚が姿を現し、突然の出来事だった為か一瞬アワアワとした鈴木さんだが落ち着きを取り戻し渚と挨拶を交わす。
あの渚から挨拶をする。普段なら軽く微笑んでしまうほど心温まる光景だが、今の俺はそれどころではなかった。というのも、
「あ、あのーさ、十六夜さんもしかして私達の話聞いてた?」
何故か、突然姿を現した渚はまるでいつもしているかのようにごくごく自然に俺の手を掴んでいた。
「そんなことないわよ」
「そ、そうなんだ」
そして渚は毅然とした態度で俺の手を掴んだままそう続ける。
「え、えぇっと、私は同じバレー部の子達が2人は付き合ってるって話をずっとしてるからもしそれが嘘だったら、2人に迷惑だし止めさせようと思って真実を聞きにきただけだから、これで! 色々と疑っちゃってごめんねっ。お幸せにっ!」
そして対する鈴木さんは尚も俺の手を掴み続ける渚の手を見つめた後に、少し恥ずかしそうに顔を赤くしながらそうまくし立てると、顔をパタパタとあおぎながらどこかへといってしまった。
「さっ、食べるわよ」
「...」
そして鈴木さんが去っていたのを見ると渚は手をようやく離し、なんてことないようにそう口にするのだった。まぁ、登場から終始渚の顔は真っ赤だったのだが。
*
「へぇ、少しづつ話せる人増えて来たんだ。良かった」
「うん、この程度出来なきゃ雫が望んでた周囲の人を幸せにするなんて到底出来ないしね。とりあえずは友達が作れるように頑張るわ」
伊織が「今日、新作ゲームの発売日なんで」というとんでもない理由(尚、最早通常運行)で、部活を休みにしたため俺と渚はゆっくりと帰路を歩いていた。
「まあ、俺の大好きな渚はカッコいいし、優しいし他にも盛りだくさんだからな。そんなに心配してなかったけど。良かった、良かった」
「...はぁ、貴方って本当によくそんなこと口に出来るわね。大好きなんて」
渚の話に俺がウンウンと頷いていると、渚が手で顔を覆い呆れたようにでも少しだけ嬉しそうにそう呟く。
「私はなんにも言えてないのに...」
そしてその直後、渚は消え入りそうな声でそう付け足した。
「確かに渚はあんまり言葉では伝えてくれないけど行動で伝えてくれるだろ? しかも、最近は特に」
「っ」
俺が何気なく発した言葉に渚は足を止め固まる。
「き、気がついてたの?」
「そりゃあ流石に」
渚が少し震える声で恐る恐ると言った様子で尋ねてくるので、俺は即座にそう返す。
「...私は貴方みたいに素直に褒めれないし、想いを伝えられない」
「知ってる」
そんな渚に惚れたのだから。
「でも、貴方は私にずっと真っ正面から気持ちを伝えてくれる。だから、口にするのは難しいけど貴方に私の気持ちが伝わればと思ってせめて行動だけでもって...」
渚は俺を見つめて真剣な顔でそう口にする。やっぱり渚はかっこいい。
「だ、ダメ...だったかしら?」
「全然。俺は嬉しかったよ」
俺の言葉に渚はグッと(恐らく)俺にバレないように小さくガッツポーズをする。そしてやはり渚は可愛い。
そんなやり取りを終え冷静を取り戻した俺と渚はお互いの顔を合わせることが出来ず、そっぽを向いたまま駅へと向かうのだった。
ただし、離れ離れにならないように手を繋いで。
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コロナなう。
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