【神様から聞いた話】掌編小説

統失2級

1話完結

9月も中旬を迎えると夏の暑さもピークを過ぎて、夜は角部屋の2面の窓ガラスを全開にさえすれば、クーラーを点けずとも気持ち良く眠りに就ける様になった。しかし、そうなると心配なのは深夜の押し込み強盗である。広田一輝の部屋は4階建てマンションの4階であったので、屋上からロープを使って侵入してくる輩が居ないとも限らない。その為、一輝はベッドの枕元の棚に通販サイトで買った刃渡り14cmのナイフを忍ばせていた。そして、その晩の一輝と言えば、大学時代の友人である2人の男と居酒屋にて、かなりの量のビールと焼酎を飲んでいたものだから帰宅後は、いとも簡単に眠りに落ちるのだった。


何やら机の方向から物音がする。一瞬で眠気が吹き飛んだ一輝はベッドの上からゆっくりと机の方向に目を向ける。すると常夜灯に照らされた侵入者の背中が薄っすらと見えた。侵入者は机の引き出しを物色している様子である。一輝は枕元の棚からナイフと眼鏡を取り出し眼鏡を装着すると、素早い動作でベッドの傍らに立ち、軽く腰を落とした姿勢でナイフを構える。そして、「動くな」と叫んだ。すると、侵入者はさして驚いた様子も無く堂々とした素振りで、ゆっくりと一輝の方に振り返る。驚いたのは一輝の方だった。その驚きは一輝の33年の生涯で最大の驚きだったと言っても過言ではない。何故なら、侵入者の顔が4年前の夏に26歳で水難事故死した弟の顔にそっくりだったからだ。一輝は呆気に取られていたが、暫くすると気を取り直して恐る恐る声を掛ける。「お前、健矢か?」「そうだよ兄ちゃん、健矢だよ。天国から地上に降りて来たんだよ」


「どうせ、来るならお盆の時に来いよ。普通の日に来ると驚くだろ」ベッドの縁に腰掛けた一輝は、その言葉とは裏腹に笑顔のままの声で話す。「お盆の時期は天国の出国手続きセンターが混んでいたから、今日にしたんだよ。そして、その今日の中でも更にガラガラだった深夜に手続きを済ませて、今さっきやって来たって訳さ」一輝の方に向けた椅子に腰掛けながら健矢は言葉を返す。「なるほどな。でも、さっきは机で何を探していたんだ?」「飴玉だよ、兄ちゃんは飴玉が好きでいつも常備していたろ。天国にも旨い飴玉はあるけど、久々に地上の飴玉が舐めたくなってさ」「何だ、飴玉か」そう言うと一輝はベッドの棚からコーラ味の飴玉を1個取り出して健矢に向けて放り投げる。「幽霊でも飴玉を舐めれるんだな」と飴玉を舐める健矢を見ながら、一輝は感心した様子で言う。「俺は上級霊だからね、天国では勿論の事、地上であっても何でも飲み食い出来るし、空も飛べるし、透明にもなれるし、壁の擦り抜けも出来るし、SEXも出来る」「SEXも出来るのかよ、それは凄いな」一輝は少し驚いた様子で返す。「出来るよ、でも、地上の女より天国に居る100万人の妻の方がずっと美人だから、わざわざ地上の女とSEXしようという気にはならないけどね」「へぇ、天国って楽しそうだな」笑顔の健矢に釣られて一輝も自ずと笑顔になる。「天国は楽しいよ、とってもね。それとさ、俺は必死に努力してやっと上級霊になれたんだ。だから、再会の記念にその上級霊である証拠を見てよ、折角だからさ」と健矢は言うと、それぞれ十数秒間ずつ宙に浮いたり透明になったりして、一輝を更に驚かせ感心させた。そして、次に突然真顔になりこう続ける。「ここで、いきなりだけど本題に入るよ、今日は死後の世界に関するとっても大事な話をする為に、兄ちゃんに会いに来たんだ」「天国の話か?」「天国と地獄の話だよ」「地獄?」「兄ちゃんは昔、仁美さんを妊娠させて堕胎を強要した事があったろ、仁美さんは産みたいと言っていたのにも関わらず。兄ちゃんの、あの行為は地獄に落ちるちゃんとした大罪なんだ」「マジか」一輝の顔から微笑みが完全に消える。「でも、そんな兄ちゃんでも天国に行ける方法が1つだけある。それは堕胎させた罪を償う為に、今後、SEXを完全に断つ事だよ、自慰行為も一切駄目。でも、夢精だけは不可抗力だから許される。辛い話だけど、これは本当の話なんだ。性欲を抑える為の投薬治療や去勢手術も駄目だよ、それでは償いにならないからね。今後、SEXと自慰行為を一回も行わず、他の悪事も一切働かずに寿命を全うしたなら、兄ちゃんも必ず天国に行ける。そして、地上での禁欲の償いを成し遂げると、優先的に上級霊になれるから、天国では100万人の美しい妻とも簡単に結婚出来る。禁欲の償いは現世の間だけで良くて、天国での妻たちとの性行為は無制限で許される。これは、全て神様から聞いた話だから間違いのない話だよ」


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