一週間後。


「口裂けババアが捕まって良かったわね」

「うん! ゆっちゃんもこれで学校行けるって」


 まさか、便乗犯が出るなんて思わなかった。口裂けババアのコスプレをした誰かは、放課後の教員と警察が巡回する通学路で、あっけなく御用となった。おかげで、そいつに全ての罪を着せることが出来る。

 凪子は娘と手を繋いで通学路を歩く。自分は会社へ、娘は学校へ。


「ねぇ、莉生はパパが出張に行っちゃって寂しい?」

「んーん、パパ休みの日になると莉生を叩くもん。ママに内緒だっていうけど、ずっと怖かったの」

「そうなんだ、ごめんね。気付かなくて」


 自分のしたことは正解だと確信して、凪子は万感の思いを込めて娘を見つめる。

 莉生には出張と言っているが、道也は失踪扱いだ。


「夫が帰ってこないがこちらに泊まっていないか?」

 

 夫の会社に電話をかけて、夫が退職したことを知らなかった妻を演じ、警察に捜索願を出しつつ夫の身を案じる妻を見事に演じぬいた。

 今のところ、凪子が夫を殺して庭に埋めたことを疑う人間はいない。変装道具も回収して細かく切ってゴミに出し、焼却施設で灰になっているハズだ。

 被害者たちには申し訳ないが、どうか、このまま平和に時間が過ぎて【口裂けババア】の存在が、世間から忘れられることを彼女は祈る。



『大丈夫よ。お母さんは小さい頃に、口裂け女をやっつけたことがあるの。口裂けババアもやっつけてあげるからね』

『本当! お母さん、すごい』


 不意に、ついこの間の会話が脳内に再生された。


 あの日に命を拾い、人として大切なものをその場に落としてきた。


『殺せなかった』後悔を抱えてしまったことには、ちゃんとした意味があったのだと娘の笑顔が証明していた。


【了】


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

加来凪子は口裂け女と口裂けババアを許さない たってぃ/増森海晶 @taxtutexi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ