皇国怪異狩猟譚

キロール

第一話 発端

 私が狩人である一ノ瀬晃人いちのせあきひとと接触を持つことを決意したのは友人の遺言の為だった。


 遺言を残した友人もまた怪異を狩る狩人と呼ばれる存在であり、私はその手の事を書き記す物書きだった。

 これまでも幾つかの怪異事件を調査し、解決してきた私たちはついに悲願ともいえる事件の調査に着手した。

 数年前に学生時代の共通の友人であった女性が巻き込まれた忌まわしい神隠し事件について。


 当初こそ調査は順調に思えたが、次第に行き詰り始めた。

 排他的なとある地域に根付く少し奇妙な信仰が絡んでいた事もそうだが、我々の生活を脅かすように現れた悪霊を使役する呪術師の存在が浮き彫りになった事も調査の阻害要因だった。

 だが、何より大きな阻害要因は幾つかの利権が絡む政治的な思惑であった。

 私たちの調査は知らずにこの国の既得権益者にとって目障りな物になっていたようだ。

 二重三重の阻害要因を排除するのは難しく、私たちの調査は殆ど進まなくなってしまったのだ。


 だが、調査が停滞して数カ月がたったある日のこと、友人が不意に決定的な証拠を見つけたと私のスマートフォに連絡アプリで伝えてきたのだ。

 急ぎ彼の家に駆け付けるとそこには倒れ伏しもがく彼がいた。

 今まさに死に向かっているのか、焦点の合わない目を見開き苦悶の声を発してのたうっている。

 そんな彼の腹は彼の意識とは全く関係ない所で蠢き、ふくらみ、そしてへこむ。


 私があまりの事にあっけに取られていると彼は私に気付き、顔を苦しみに歪めながら必死に右手を伸ばして声を絞り出した。


「伝えてくれ、一ノいちのせに……我らが狩人の最高位、魔神狩人デモンハンターに……後を託すと……っ!」


 それが彼が残した今際の際いまわのきわの遺言……痛みと絶望の最中、苦悶に満ちた声で祈る様に、縋るように言ったあとに、彼は壮絶な死を迎えた。

 

 その死を見てしまった私は……ああ、神仏よ、彼と私の心を慰めたまえ。

 今思い出しても筆意絶しがたい感情に襲われる死にざまを、これから何年生きれるのか分からないが私は終生忘れることは無い、そう言いきれればどれ程良いことか……。


 遺言を私に託した後に、彼の腹の中で蠢いていた何かが遂に腹を割いて飛び出て来た。

 割かれた腹からまずは細い腕が二本飛び出て来た、その時点で友人はショック死したようだ。

 だが、それは……信じ難いそれはまだ続くのだ。

 次に腹より現れたのは黒い髪に覆われた頭だった、女の物と思われたが私は友人の死とは別の意味で絶望した。

 血に塗れていたがその顔は数年前に神隠し事件にて失踪した学生時代の友人そのものだった。

 そうだ、腹より出てきたのは私たちが追い求めていた筈の彼女であったのだ。

 男より女が生まれた、その様に場違いな感想を一瞬覚えたのは確かだ。

 

 ともかく、私は彼女が完全に生まれ落ちる前に半狂乱に陥って友人の家を逃げ出した。

 その恐るべき光景を目にした私の狂乱具合は正直覚えていない。

 気付けば方々に傷を負いながらも私は皇都東京のど真ん中を一人彷徨っていたところを警察に保護された。


 これで友人の殺害した犯人として私が捕まったのならばまだ救いはあった。

 だが、私は狂人か、あるいは何らかのショックで夢を見ただけの無害な存在として捨て置かれ、友人の死は無かった事にされた。

 いや、友人のその存在すら怪しまれてしまう始末。

 何度か共に通った飯屋も居酒屋も彼の存在を覚えていなかった。

 それどころか私が彼と共に経験してきた不思議な体験を書き記してサーバー上にアップロードしてきた私の文章も消えていた。

 ……かくいう私も、もはや彼らの名を思い出せそうにないのだ。

 あれほど追い求め、彼の腹を割いて出てきた彼女の名前と同様に。


 私は恐れていいる。

 このまますべてを忘れてしまいかねない事を。

 だから私は書き記す、すべてを書き記している、このメモ書きに。

 自分だけが読む為だけに、そして何より決して忘れないようにするために。


 だが……だが、果たしてこの話を誰が信じるだろうか?

 名前も思い出せず存在を証明できない友人の異常な死にざまとそれにまつわる出来事を。


 それでも私は動いた。

 友人が語った一ノ瀬晃人いちのせあきひと……狩人の所在を探り当て、こうして今まさに彼を訪ねたのである。

 意匠を凝らした洋館に彼は住んでいた。

 うっそうと庭木は生い茂りながらも無秩序とは程遠く、ある種の法則性が見えるがそれが何かは分からない。

 季節外れに冷たい風が吹くと思えば、天は先ほどまでの快晴が嘘のように曇っていた。

 ……呼び鈴をおしても良いのか? 大きな間違いを犯すのではないかと言う拭い難い不安が胸に湧き起こるが私は意を決して呼び鈴を押した。


 軽やかなチャイム音の後に響いた声は全くの予想外の物だった。


「ほいほい」


 どこか年寄り臭い口調ながら若い娘の声がインターホンを通して聞こえてきたのだ。


<つづく>

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