つづき

 本で得た知識を扉の先にある忘れてしまった、いやまだ見ぬ世界への妄想につぎ込んだ。本を読む時間は減りその時間は外へ出ることへの葛藤と世界への想像がどんどん増大した。昔嫌いだったはずの世界はどうだっただろうか。今では記憶をたどることもできない、ろくな思い出もないし必然であるだろう。しかし、そんな忘れてしまうような世界に期待してしまっている自分がいる。

  読書は逃避だった。見たくない現実を物語が塗り替えて隠してくれる。今までだってそうだ、やろうと思えば変わることはできただろう。

 自分には無理だできないと言い聞かせ、力がないと決めつけ傷つくことを恐れ行動を起こさなかった。

 一度だけドアノブに手をかけることができた。からっほの自信は最大限まで膨らみ期待感で彼の体はいっぱいだった。今まで長く考えてきた外のこと、目の前のこの扉を挟んだ向こうにそれはある。大きく深呼吸しドアノブを強く握った。そして勢いよくドアを開けた。眩しい光、その扉の先には

 いや、扉は開かなかった。内鍵を閉めていたことをまるで忘れていた。今までの高揚感は冷め、潮が引くように部屋へ戻っていった。

 あれから長い時が過ぎた、彼はいまだに出られずにいる。もう何百何千と同じ日常をむさぼっている。なんとなく嫌で逃げたはずの日常は形を変えて今も彼にべったりとへばりついたままである。   おわり

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部屋 @kaede555

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