第7話 大雨

この町全体が大きな洗面台になったみたいな大雨が降ったのです。

それらの音で、きのうの、いえ、今日かもしれないのですが、わたしは、夜中、起きたのです。いつのまにかあけていた目の先は真っ黒で、自分がどこにいるのか、どうしてこうしているのかわからなくて、ただぼんやりと天井をながめていたのです。だけど、それも、だんだんとつかれてきて、目をとじたのです。

するとそれを見計らったみたいに、空が、やぶける音がしたのです。

思わず、ふとんを頭からかぶりました。びっくりしたのです。

大きい音はにがてなのです。しかし、そこでようやく、わたしは、雨が降っていることに気づいたのです。知らないうちに耳に当てていた手を、おそるおそる外してみます。

雨はたたきつけるように降っていて、まどががたがたとふるえていました。

今まで気がつかなかったのが不思議なくらい、

外も中も、雨風にのみこまれていたのです。

それはゆめのようでした。

だってねる前は、聞きなれたカエルの声がひびく、いつもの夜だったのです。



そこでわたしは何かひっかかりました。

なにかねる前に考えごとをしていた気がするのです。

それは、とてもだいじなことで、雨にかんけいしていて、今すぐに思い出さないといけない気がするのです。

わたしはひっしにあたまの中をさがします。

ですが、起きたばっかりだからでしょうか。

もう少しで思い出せそうなのに思いだせません。

せいいっぱい背のびをして、本のせびょうしにはふれているのに、つかめないみたいな感じなのです。

なのでわたしは、あきらめて台にのるように、今日やったことを思い出すことにしました。

たいてい、わたしがねる前に考えることは、その日あったことについてなのですから。


--横入りしたそらくんをちゅういしたら、ふでばこをかくされたことでしょうか。

--むしすることをむししていたら、わたしがむしされるようになったことでしょうか。

……なにかちがう気がするのです。それらのことはよくあることで、とくだん、思い出すことでもないのですし、雨にもかんけいないのです。雨…?

…あめ…みず…ぬれる…くつ…あ!

そうして、わたしはようやく、くつ達のことを思い出したのです。




わたしはくつ達を取りにいくことにしたのです。

こんな雨です。

もうすでにとばされてしまっていて、むだあしになるかもしれません。

ですがまだ、かくにんしていないのです。まだあるかもしれないのです。

そう思えるなら、行くべきだと思ったのです。

そしてなにより、ここでいかないことは、正しくないと思ったのです。


そうと決まればじゅんびをしなければいけません。

わたしは耳をすませます。やっぱり、先ほどと同じように、雨と風の音しかしません。わたしは、ほっと息をつきました。

たまに、おとうさんが、居間で夜おそくまでテレビを見ていることがあるのです。こんな時間に橋に行くのです。

もし、いて、見つかりでもしたら、止められてしまっていたことでしょう。

ひとまず、外にはかんたんに出ることができそうです。


わたしはもぞもぞとふとんから出ました。

もう、目はなれていましたが、やっぱり夜なので、部屋の中はまっくらです。

今は家だからいいのですが、外ではこうもいきません。

まっくらなので、みぞとかに引っかかってこけてしまうかもしれません。

それはイヤです。


なので、懐中電灯を持っていくことにします。


あとは、どしゃぶりの雨が降っているのです。

ぬれないようにしないといけません。

なので、最初はかさをもっていこうとしたのですが、そういえば、風も強いのです。かさだと風でがひっくり返ってしまうかもしれません。

だから、しぶしぶ、かれた葉っぱみたいな色のカッパを着ていくことにしました。

カッパはわたしの部屋のタンスの奥に、懐中電灯は居間にあるのです。

なので、わたしは、まずカッパをタンスから出そうとしたのです。

まんがいちにでも、おとうさんやおかあさんをおこさないように、ゆっくりとベットから立ち上がって、タンスにむかいます。

床はひどくつめたくて、わたしの足の一部になろうとすいついてきます。

ペタペタと音を立ててしまわないように、つま先立ちでタンスまで歩きました。

そうして、3つある引き出しの2番目に手をかけて、ゆっくりとひきました。

よそうどおり、一番おくにカッパがありました。

カッパはカンパンみたいにかさかさで、わたしの手の中にあってもカッパはカッパのままでした。

そのことが、なぜだかひどくたのもしく思えて、わたしはそのカッパのことがすこし好きになりました。

さて、おつぎは懐中電灯です。これまで以上に音を立てないように気をつけなければいけません。

しんちょうにつぎの一歩をふみだすその瞬間に。

--また、空が鳴ったのです。



さっきまでのわたしは、たったそれだけのことで消えてしまったようで、ドタドタと音を立てて、ベットに転がりこみました。

そうして、また、さっきみたいにすっぽりとふとんをかぶって、ふるえている手で耳をおおいました。

雷はわすれられていたことにおこっているのか、また空をわります。

それは空を、雨を伝って、わたしをふとんから出ること禁止するのです。

だから、わたしは、がたがたふるえているしかないのです。

ほんとうは出たいのです。うそじゃないのです。

でも、出れないのです。雷のせいで。

なので、ここから出ることができなくなったのは、わたしのせいではないのです。しょうがないことなのです。

ですが、そんなわたしをひなんするかのようにせなかに

それをどかしたいのですが、あいにく、手が耳からはなれません。

なのでほうちするしかないのですが、どんどんとそれは大きくなるのです。

いつしか--それはすっぽりとわたしの背中をおおっていました。

そしてしまいには、それはをもちはじめたのです。

でも、決してお日さまやこたつみたいな心地よいねつではないのです。

冷たくも熱くもないけど、中途半端に温かくって、ざらざらとしたうろこがある生きものを思わせるねつなのです。

今にも動き出しそうで、とてもとてもふかいで、今すぐにでもつかんで投げ飛ばしたいのです。


けれどそう思っているのに、もわたしは動けないのです。

わたしは、少し耳に当てている手をゆるめます。《《》》

けっして、雷を忘れたわけではないのです。

けれど、このいわかんになにもしないほどわたしは強くなかったのです。

もし、雨音が聞こえなければこのいわかんも消えてなくなると思ったのです。

思いたかったのです。

けれど、耳が澄んでいるからでしょうか、さっきよりも大きく聴こえます。

雨どいをつたう音、どこかの何かを飛ばす音。

それらはかくじつにあって、自分の存在をこじしていました。

--わたしの逃げ場はなくなりました。

けれど、やっぱり、わたしはふとんから出られないのです。

もうとっくにふとんの中はもういごこちのよい場所ではないのです。

今すぐにでも出たいのです。が這っている気がするのです。

それでも体は、うでは、足は、ピッタリとのりづけされたみたいに動かないのです。

わたしはただ願いました。

どうか、雨が止みますようにと。それしかできることがなかったのです。

でも、当たり前ですが雨はやんではくれません。

それでも、あきらめきれずに何度も何度も願っているうちに、いつしか、わたしはいわかんと嵐にはさまれて、ねむってしまったのです。






起きた時には、うそのように晴れていて、あれは夢だったのではと、つごうよく考えたりもしたのです。

ですが、背中にピッタリとはりついていた。くすんだ茶色のカッパが、しっかりとそれを否定しました。

それから、わたしはいそいそとしたくをして、いつもより三十分早く家を出て、もう、なんの意味もないとわかっているのに、今こうして、誰かに見せるように必死な顔して走っているのです。

そんなことはもう無駄だとわかっているのです。

わたしが、ぎょうざの皮みたいにペラペラなことは変わらないし、変えられないのです。

けれど、足はとまらなくて、風においていかれて、すねている缶や瓶を追いこして、わたしは橋へと向かったのです。




よそうはしていたのですけど、橋はいろいろなお店の棚を手当たりしだいにひっくり返したみたいに、さまざまな色や形があふれていていました。

その中に見覚えのあるステーキが一枚あって、

近づいてみると、それは--ひっくり返った、あの茶色のサンダルだったものでした。

わたしはそれを手に取って、もう一枚を探そうとしたのです。

けれど、それはもうサンダルではなく、ただの板だったのです。

だからわたしはあきらめて、もとの場所に、今度はおもてにして戻しました。

手はぬれたままでした。


わたしはふらふらと橋の真ん中に進みます。

わかっていたつもりだったのです。わかっていたはずだったのです。

ああ、けれど、心のどこかでこうはならないと、あんな風にはならないとも思っていたのです。

まだ、わたしは、正しいままでいられると底の底では信じていたのです。

でも、やっぱり、あの夜、家を、ふとんを出られなかったわたしは正しくないのです。

そのことは、わたしを寒くもないのに手も足も平等にふるえさせるのです。

がたがた風に吹かれてきしむ、プレハブ小屋みたいに。


わたしは今すぐにでもそれからぬけだしたいのです

その方法も知っているのです。わかっているのです。

どうせだれも見ていやしないのですから、

ここで見たこと思ったこと約束したこと、ぜんぶ全部忘れて、無かったことにして、何くわぬ顔して学校に行けばいいのです。


そうすれば、わたしは正しいままでいられるのです。

ぶざまに震えなくったていいのです。

なんてつごうがいいのでしょうか。なんて楽そうなんでしょうか。

それを一口なめてしまえば、今わたしをふるえさせている、つめたくもあつくもない、でも不快な物も飲みこめる気がするのです。


ああでも、それは、もう正しくないわたしでもわかるぐらい、正しくないことだと思うのです。

そうしてしまったわたしは、たぶん、ただ正しく見えるだけの見るにたえない、しゅうあくな「何か」なのです。

きっと毎朝、かがみをたたき割ることになるのです。

きっと、ふとしたしゅんかんにじぶんが正しくないことに気づいて、消えてしまいたくなるのです。

そんなありかたは、イヤなのです。かっこよくないのです。

いくら他人から正しく見えたって、じぶんがそう思えなきゃ意味がないのです。

だから--わたしは正しくなくなるために歩くのです。

とてもとても怖いけど、それが正しいことだと思うから。




それでも、やっぱりわたしは正しくないので、いつのまにか目をつぶって歩いていたのです。

けれども、何度も何度も来ているので、おそらくですが、くつの前まで来れたのです。

あとは目を開けるだけなのです。

わたしは大きく息をすって、はいて--目をあけました。


ほんとうなら、これでおわるはずだったのです。

でも、たぶん、わたしはこころのすみのすみではまだ、正しくありたいと、ばん回のチャンスがほしいと、ふそんにも思っていたのです。

そして、そんなおろかな願いを、間が悪いことに神さまが、気まぐれにかなえてくれたのでしょうか。

そう思ってしまうぐらいその光景はわたしにとって--気持ち悪いぐらいつごうが良すぎました。

だって、あの黒いスニーカーが見つけた時と変わらずに、そこにあったのですから。

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オモキリ橋の靴々 憮前 来 @ribashina

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