終末が素敵な日だったらいいと思う
倉住霜秋
こんな終末なら
世界はどうやら終わるらしい。
別に不思議な話じゃない。いつでも終わらせることができたんだ。それが今だっただけだ。しかし、それのせいで僕のバイト先が潰れてしまった。テレビの終末予報では、どうやら今日が地球最後の日だと言っているが、もともとはバイトを入れていたので、それが無くなってしまい手持ち無沙汰な気分なのであった。
まず何をしようかを考えたが、タバコを切らしていたのでコンビニに買いに行くことにした。外に出るにあたり何か武装したほうがいいかとも考えたが、死んだら運がなかったぐらいでいいかと思った。だってどうせ最後なのだから。
しかし、一応タバコは買いたいので、かるくホウキぐらいは持って行くことにした。
家を出て、まず最初に考えたのはスマホを捨てることだった。さほど親しい友人も最後に話したい家族もいなかったので、とりあえずは捨てることにした。ただ、どうせ捨てるなら思いっきり壊してみるかと思い、手に持っていたホウキで液晶を殴った。機体はバウンドして用水路に落ちていった。
「たいして面白くもないな。」
「いらっしゃいませー」
覇気のない女店員の声が響く。人類最後の日だというのに、コンビニはいつも通りに営業していた。僕が言えたことではないが、地球最後の日だというのに、なぜいつも通りなのだ。
「百三番を二箱ください。」
「はーい。ありがとうございます」
手に持っているホウキが馬鹿みたいに思えて、なんだか恥ずかしくなる。女の店員が煙草を持ってくる。いかにも覇気のない女で、気だるそうにレジを打ちこむ。女は打ち込んでいる途中で、宙を見上げてため息をつく。
「あー、2円になります」
「え?」と僕は聞き返す。「煙草二箱ですよ?」
「あー、2円でいいですよ」
「どうしてそんなに安いんですか?」
「終末割引ということで、私が今決めました」
「いいんですか。そんなことして。」
「変なことを言いますね。別にいいんじゃないんですか。もう、こんな紙切れやコインに価値はないんですから。」
「確かに。」と言って僕は笑った。「それなら、一本付き合ってくださいよ。」
僕は外装を剥がして、タバコを一本差し出した。
「申し訳ないのですが、勤務中なので吸うと怒られてしまいます」
「変なことを言うんですね。もうレジ打ちなんて必要ないのに」
女店員は笑った。それを見て僕も笑った。
「なら、」と女の店員が言う。「その手に持っているホウキで脅してくださいよ。一服付き合えって」
「ホウキで脅しをする日が来るなんて、人生何があるかわかりませんね」
「最後の日ですからね」
女店員は一本の煙草を受け取りそれを加えた。僕はライターを胸ポケットから取り出して、火を付け女店員近づける。女は煙をいっぱいに吸って、レジのフライの棚に吐きかけた。
「ほらあなたも咥えて」女店員は僕の口に煙草を押し付けて、自分の煙草で火を付ける。「ついたね。」
「あなたはなぜ最後の日に、バイトなんてしているんですか。」
女は考える。煙を吸って吐いて、目は焦点が定まっておらず、味わって煙草を吸っているようだ。まるで、人生最後の煙草を愛でる様に。
「なぜって、シフトが入っていたからですよ」
僕は笑った。真剣に考えた末に、神妙な面持ちで言う店員が面白かった。僕は、二円だけ払い、僕らは再び笑った。
「お買い上げありがとうございました」
「よい週末を。」と言って、僕が店を後に出ようとすると、
「そうだ。お客さん。」と女の店員が呼び止めた。
「最後にそのホウキ、貸してもらってもいいですか?」
店員は自動ドアのほうに出てきて、僕の手からホウキを奪った。
どうしたんですかと僕が言うよりも早く、店員はガラスをホウキで叩き割った。
店内にはガラスが飛び散る音が響く。
「煙がとどまってはだめですからね。」女は清々しそうに笑う。「これで風通しがよくなった」
その時、僕はというと清々しそうな店員を見て、あぁ終末ってなんかすごく好きだなと思った。
「最高の終末を」と言って僕が外に出ると、
「最上の終末を」と後ろから声が聞こえてきた。
煙草を片手に街を歩いていると、やはりいつもとは少し違う光景が広がっていた。まず目に飛び込んできたのは、家の屋根の上に乗り、メガホンで何かを叫んでいる男だった。何かの陰謀論やプロパガンダを流しているのかと思い、通り過ぎようと思ったとき、
「そこの兄ちゃん、愛してるぜ!」
メガホンの男が言った。
僕が立ち止まり上を見上げると、その男は僕を見下ろし笑っていた。
「今日はいい終末ですなぁ!」
「何をしているんだ」と僕も機械に負けじと大きな声で言うと、男は大きく手を広げて空を見上げて言う。
「世界に俺の存在を教えている!」
今そっちへ行くと言い、男は下へ降りてきた。短髪で眼鏡を掛けてスーツを着ていて、働き盛りのサラリーマンと言った感じの男だった。男の手には水色のメガホンが握られいた。
「君もやってみるか?」メガホンを通してない男の声は掠れていた。
「楽しいんですか?」
「最高さ。俺達人一人の声は小さすぎる。俺たちはずっと叫び続けたいって思ってる。だけどさ、そんなことしたって仕方ないんだって思ってる。だからさ、俺は人類最後の日に叫びたくなったんだ。俺は生きてたんだって最後に叫んでいるんだ。」
「確かに、そういう最後も悪くないですね」
「それにさ、思いっきりメガホンで叫んでみたかったんだ」
「ほんとはそっちが本心なんじゃないですか?」僕は笑いながら言った。
「確かに、そうかもな!」と言って男も声高らかに笑う。そして、メガホンのスイッチを押してそれに向けて、
「生まれてきてよかった!愛してるぜ!」
手を広げ、気持ちよさそうに叫んだ。僕はそれを見てすごく満たされた気持ちになった。その人に煙草を渡そうと、一本取り出そうとすると、
「悪いな兄ちゃん。最後まで叫びたいから煙草はやらないんだ。」
「それは残念です。」僕は差し出した煙草を口にくわえた火を付けた。
「最高の終末を」と僕が言うと。
「最高の人生を」とメガホンで返してきた。
バスに乗った。こんな時にもしっかりと時間通りに来るのはやはり異常な気がする。しかし、乗っているのは僕のほかに制服姿の少女だけだった。煙草を吹かしたまま乗車すると、アナウンスが流れた。
「お客さん、一本もらえますか?」
どうやら仕事中とはいえ、地球最後の日となるといろいろと緩くなるらしい。僕は運転席に近づいて一本差し出した。
「こうしてる昔を思い出すんですよ。私、引退した身なんですが、最後の日はこうして運転手として死にたいと思ってましてね。」
体に刻み込まれたように運転する姿はまさに職人のようだ。運転手の加えた煙草に火を付ける。
「ああ、懐かしい。煙草の匂いが充満するバスが好きだった。私が生きた時代の匂いだ。」
運転手はなにかその時代を生きたものにしかわからぬ余韻のようなものに浸っていた。僕は邪魔をしてはいけないと思い席に戻った。
「すまない。もう一本吸ってもいいかな?」
「構いません。どうぞお好きに。」
制服の少女は外を向いたまま言う。物憂げに景色を見る少女は、静かに自分の死期と向き合っているようだった。綺麗に切り揃えられた髪が少し空いた窓からの風で揺れている。
僕は礼を言って、できるだけ少女と距離を取って座る。少女と同じように街の景色を眺めると、見慣れた街並みも案外、絵になるような気がした。もっと早くに気が付けばよかったな。
「この街、好きですか?」
少女が後ろを振り向いて尋ねてきた。
「そんなこと考えたこともなかったけど、こうして人生最後の日に見ると、特別な場所に見えてくるよ。」
「寂しいですか?」
「君はどうなんだ?」
「そうですね」と言って少女は再び窓を向いて答える。「今になって少し、寂しいような気がします。」
「僕も同じだ。ここが好きだったらしいんだ。それに今気が付いた。」
「だけど、別れは必ず来ますから。それが今日だった。それだけのことのようにも思います。」
「確かにな。それならみんな一緒でよかった。自分がいない街を想像しなくて済んだ。」
終末も悪くないなと僕は笑って見せた。
「それ、なんだか素敵ですね。」と少女も笑った。
静かな時間が流れていた。僕の地球最後の日は案外平穏に終わるようだった。
煙草がフィルターだけになり、煙で車内が少し霞がかった頃、少女は僕の前の席に移動していた。
「煙草くさいです」
「君から許可はもらった。それにそれなら離れればいいことだ」
少女は何もわかってないなと言った風に首を振った。
「煙草、一本ください」
「不良少女だな」と言って僕は愉快な気持ちになり、少女に一本ではなくまだ空いていない煙草を箱ごと渡した。少女はそれを受け取ると、不思議そうにそれを眺めた。
「煙草は開けた一本目が一番上手い」
もちろん知ってるだろと笑って言うと、少女は包装紙を剥がしながら言う。
「当たり前です。不良ですから、もちろん知ってます」
「煙草を吸うと早死にするぞ」
「それ、地球が無くなる前に死ねますかね」
少女が煙草を咥えて後ろを向く。僕はそれに火をつけた。
「悪くないですね」と少女は目に涙を浮かべて強がって見せた。「なんでこんなものが世の中に出回ってるんですかね」
「きっと僕らの知らないとこでもっとおかしなものが出回ってるはずだ」
世界は広いからと言って、僕は窓の外に目をやる。バスは山の端を走っていて、眺めが開けていて自分の育った街が一望できる。夕陽が街を包んで焼いている。自然も生活も建物もすべてが焼けている。
「綺麗だ」と無意識のうちに言葉が零れる。今日がこの美しい景色の見納めだと
思うと少し寂しい。
「街綺麗ですね」と少女は窓の外を見て言う。「もっと早く知れたらこんなに悲しい気持ちにはならなかったのしれません」
少女の声は少し湿っていて、顔は見えなかったが目には涙が溜まっている気がした。
「この街の景色を自分だけのものにしたいって思った」僕は胸が締め付けられるような感傷に包まれた。「そういうのってわかるかい?」
「わかる気がします。でも、そんなこと無理ですよ」
「わかってる。けど、ため息が出てくるんだ。どうしようもないのに」
「この街は幸せですね。」
窓の外の光は強くなり、僕らを包み込む。
終末が素敵な日だったらいいと思う 倉住霜秋 @natumeyamato
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