第12話 春秋五覇

 春秋五覇の五人の記事を、改めて書き出そう。



 そう襄公じょうこうが覇者たらんと目し、と戦った。このとき兄の目夷もくいが楚の隊列が整う前に攻撃すべきと主張する。それを聞き入れずにわざわざ整うまで待ったところ見事敗北した。「宋襄の仁www」と笑いものにされている。



 しん文公ぶんこうの父、獻公けんこうは、よそからさらってきた驪姫りきを寵愛し、彼女から生まれた子ばかりをかわいがるようになった。文公の兄の姫申生きしんせいを殺し、文公も殺そうとする。なので文公は出奔。19 年後に公位就任を宣言して帰国した。

 文公の亡命中、そうで食べ物がなくなった。すると従者の介子推かいしすいが自らの股の肉を切り取り、差し出した。文公は帰国後苦楽をともにした従者たち、狐偃こえん趙衰ちょうすい顚頡てんきつ魏犨ぎしゅうに恩賞を下したが、介子推には何も与えられない。なので介子推の従者はそれを揶揄する文書を宮殿の門に掛けた。それを見て文公は「私が誤っていた」と、介子推を探し求めた。山の中にいると突き止めたのであぶり出すために山を焼いた。介子推は焼け死んだ。

 人々は介子推の死を悲しみ、文公はその山を介山かいざんと名付け、介子推の領地とした。



 姜斉きょうせい桓公かんこうの兄、襄公じょうこうが無道であったため、その弟たちはみな災いの到来を恐れた。姜子糾きょうしきょう管仲かんちゅうのサポートを受けに亡命、桓公は鮑叔ほうしゅくのサポートを受け、きょに。

 いっぽう斉では襄公が弟の姜無知きょうむちに殺され、更に姜無知まで殺されるなど泥沼となる。なので斉のひとは桓公に戻って貰いたいと請願した。

 ただし魯も、姜子糾に兵を与えて斉に向かわせていた。この道すがら、管仲自ら桓公の命を狙うも、失敗。

 結局桓公が後継者レースに勝利し公位についたのだが、このとき鮑叔が管仲を推挙。なので桓公、殺され掛けた恨みを飲み込み、採用した。

 そうして管仲とともに覇者に上りつめた桓公であったが、やがて管仲が「クソな側近や側妾達をどうにかしないとヤバい」と言い残し、死亡。この遺言を守らなかったため、桓公在位中に斉の政治は乱れ、また死後には後継者争いが勃発。桓公の死体は二月近く放置され、死体に湧いたウジが部屋から溢れかえる勢いであった。



 荘王そうおうは即位後三年間命令らしい命令を下さず、日夜遊びほうけた上で「余を諫めようとする者は殺す」とまでふれを出す。これを見て伍挙ごきょ伍子胥ごししょの父が言う。

「丘の上に止まった鳥が三年鳴かず飛ばずなのですが、これは何と言う鳥なのでしょうな?」

「三年力を蓄えたのか! それはさぞ見事に羽ばたこうな」

 また蘇従そじゅうも、死を覚悟の上で荘王を諫めた。すると荘王、蘇従の手を取り、これまで散々遊び倒してきた楽器を擲ち、翌日から伍挙と蘇従を重用し、政務を取り仕切るようになった。楚人は大喜びし、また孫叔敖そんしゅくごうと言う宰相をも得、楚は一気に覇権国となった。いわゆる「かなえ軽重けいちょう」を問うたのは、この荘王である。



 しん穆公ぼくこうのときにしんにやって来た百里傒ひゃくりけいは、もともとという国の幹部であった。虞がしんに滅ぼされたのち、晋からもたらされた穆公の夫人の付き人にさせられていた。途中で脱走、えんにまで逃れるも人に捕まった。

 かねてより百里傒の賢さを耳にしていた穆公、高級な羊の毛皮五枚で百里傒を買い取り、政治に参与させた。このため百里傒は五羖大夫とも呼ばれた。百里傒は友人の蹇叔けんしゅくを推挙、やはり重役に取り立てられる。

 この頃、隣国の晋は悪名高き獻公、すなわち文公の父の時代。文公が亡命したのと同じく、文公の兄である恵公けいこうもまた亡命し、秦に匿われていた。獻公周りが政変で次々と死んでいったため惠公を晉に戻し、公位につけさせたのだが、その恵公が、あろうことか秦に攻め込んで来る。かんの地での合戦となり、穆公は晋の軍に包囲された。

 この窮地を救ったのが、三百人からなる野人たちである。彼らは過去に穆公が所持していた名馬を食したことがあった。このことに配下らは激怒し、彼らを殺そうとしたが、穆公は言う。

「良い馬を食ったら酒を飲まねば、今度は人を傷つけてしまうだろう」

 そして彼らに酒を与え、無罪放免とした。これに感激した野人たちが、穆公の窮地を聞きつけ、駆けつけたのである。彼らの活躍で、穆公は危地を脱することができた。

 やがて秦に、流浪を重ねていた晋の文公がやって来る。その文公が晋に帰還、公位につくと、覇者とまで讃えられるようになった。

 文公が死に、襄公じょうこうが立つ。このとき穆公は孟明もうめいを派遣、晋の近隣ともなるていを攻撃し、かつを攻め落とす。しかしその帰りみちで晋よりの攻撃を受け、孟明らは捕らえられた。うちのシマの近くでなにいちびっとんねん、というわけである。穆公は襄公に謝罪、孟明らを引き取ったが、孟明の重用を変えることはなかった。むしろ後に晋を攻撃し、西の覇者として君臨することとなる。



 ここで筆頭、斉桓晋文については即位までの経緯が載る程度。実際にどのような功績があったかは載らぬ。そして宋襄はボロ負けしたことのみ。いわゆる中原系覇者については「クソでした」と印象付けられるようテキストが編まれているのがわかる。

 対して、楚荘と秦穆。完全に名君としての扱いである。一方で春秋戦国が終了した直後、曾先之は以下のように語る。



黃帝以來、天下列百里之國萬區、蓋自中國、以達于四裔、中國之制、可攷於王制者、九州千七百七十三國、古之建侯、各君其國、各子其民、而宗主於天子、歷夏殷至周、强倂弱、大呑小、春秋十二國外、存者無幾、戰國存者六七、至是遂倂於秦、

 三皇五帝以来続いた天下の主の系譜がいんしゅうと連なり、更に周の権威が下がる中、1773 ヶ国が王の庇護から抜け、弱肉強食に晒され、ついには秦に成り代わられてしまった。



「秦に成り代わられてしまった」ことが悪いことであった、と断言されておる。もっともこれは王化の不全に原因を求め、秦の存在そのもの、とまで言い切ることもなさそうでは、ある。この辺り、中華人の感情をどう検証するべきなのであろうかな。


 曾先之よりもさらに後の時代の人、みん末の動乱を経てしんの天下統一を目の当たりとした人物、王夫之おうふしなどは、その著書『読通鑑論どくつがんろん』にて、清へのヘイトを激烈に戦国時代の秦楚に仮託して吐き出している。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884854958/episodes/16816927859257281585

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884854958/episodes/16816927859983441963

 王夫之はなかなかに激烈な性格をしておるため、ここまでのヘイトをみなが持っていた、と見なすのはなかなか難しいことではあろう。しかしながら、王夫之の置かれた環境は元の時代を生きねばならなかった曽先之とも軸を一とするところがあったようにも思う。では、そうした中、なぜ曽先之は楚荘秦穆を称揚したのか。すでに年代別あらましで論語の子曰:「夷狄之有君,不如諸夏之亡也。」を引いた以上、改めてくだくだしくは語らぬが、「恐るべき敵こそ刮目して相対するべきである」と言うメッセージを拾っておかねばならぬように思うのだ。


 我もまた、北魏ほくぎの宰相として劉宋りゅうそうと相対した立場である。このとき主君たる明元帝めいげんていには劉裕りゅうゆうを以下のように評した。

「劉裕は寒微よりのし上がり、まともに土地資源も持たず、抱えて然るべき兵力もなかったにもかかわらず、腕を振るい、声を上げました。そのような振る舞いにも関わらず桓玄かんげんを滅ぼし尽くし、北に慕容超ぼようちょうを捕らえ、南に盧循ろじゅんを掃討してみせる。じわじわとしんの国威が衰えゆくなか、ついには国是をも左右しうる作戦を指揮するにまで至ったのです。」

 敵を忌み嫌い、憎む。それは人間として当然の感情である。しかし一方で尊敬にも近しき感情を抱いておけねば、敵の実情を不必要に大きく、あるいは小さく見ることとなろう。それは不要なコストの増大化、もしくは致命的な惨敗を招きかねぬ。あるいは、地獄のような大虐殺であるな。斯様に考えるため、我は曽先之の著述よりそうした意図を引き出したい。


 無論、これはあくまで我個人の感覚である。諸氏は諸氏で、自由に感じていただければ良い。散々に持論をぶちかました上で言う言葉でもないがな。

 むしろこの手合の議論は、違うところをお互いに開陳し、比較し合えるのが良いと思う。違いを認識した上でのすりあわせ。結局はこれこそがここから展開する人種混交の時代における重要なタームであろう。無条件の受容も、無条件の排撃も、ともに禍根を残すに過ぎぬのである。


 以上、春秋時代に関するコメンタリーを綴って参った。次話より、戦国時代の紹介に復帰いたす。

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