第11話 楚呉越

 えつ。春秋戦国マップの南端に位置する国家群を、史記や十八史略はどのように見ているのであろうか。その辺りを確認して参りたい。


   史記 史略 史記比 史略比 比率対

吳  3657  337  3.28% 2.49%  75.74%

楚  10568  602  9.49% 4.44%  46.82%

越  2462  90 2.21% 0.66%  30.05%

范蠡 1149  134  1.03% 0.99%  95.86%


 十八史略では呉と越(というか、闔閭こうりょ夫差ふさ勾践こうせん)が癒着しておるゆえ、ここが越だ、と言えるパートは殆どない。むしろご覧の通り范蠡はんれいのことを紹介したい気概に溢れかえっておる。まあ、あれだけ全生涯において穴のない人物なぞ紹介せずにおれまいな。


 この三国は早い段階から王を名乗ったことで知られる。ここで楚と越はガイジンであるためわかるのだが、謎なのは呉である。


 呉王は周文王しゅうぶんおうの伯父、太伯たいはく仲雍ちゅうよう(両名は文王の父、季歴に家督を継がせるため呉に出奔したとされる)より十九代下った、とされる。ともなればもはや現地人、血筋的にもほぼガイジンであろうな……と言いたいところではあるが、研究界では大概呉の姫姓を「自称の追認だろ」で切り捨てておる。ともなると、壽夢じゅぼうが元々末子の季札きさつに継がせたかったところ季札の出奔で叶わなくなった、なるエピソードとの対称性から、両者の説話的関連性を穿ってみたくなる。

 左伝には季札の天才ぶりを示すエピソードがいくつもある。すると季札による中央との交渉で姫姓名乗り=呉王家の権威高揚、が図られたのやもしれぬ。

 試しに少々史記を見てみよう。呉の主の系譜である。太伯、仲雍、季簡、叔達、周章、熊遂、柯相、彊鳩夷、餘橋疑吾、柯盧、周繇、屈羽、夷吾、禽處、轉、頗髙、句卑、去齊、そして壽夢。ルビは面倒ゆえ振らぬ。まあ何というか、周章以後は現地語の音写にしか思えぬのよな。加えて壽夢の子が諸樊、餘祭、餘眛、季札。唐突に輩行が決まる季札。兄たちは明らかにそれまでの王たちと同じく現地音の音写臭い名であるにも関わらず。そして諸樊の子が今度は突然公子光と呼ばれる。これは闔閭、の中原語訳が光だったのではないか。

 以上を妄想してみると、太伯の弟、仲雍の孫は確かに叔達であったが、この頃には中央に戻っていたのではないか。そして壽夢の先祖が周章、ただしこれは周王室とは無関係。季札が壽夢の王名乗りに権威を与えるため中央に乗り込み交渉、姫姓名乗りを勝ち取り、叔達と周章を繋げることが認められたのでは、となるであろうか。

 うむ、根拠のない妄想は楽しいな。良い子のみんなはこの手の妄想を「過去の歴史学者たちが見落としていた真実!!!」などと迂闊に言ってはならぬぞ。生ぬるい目で見られることとなろうし、ここにうっかり思いもよらぬ情報の載る金文史料でも発掘されようものなら、「埋メテ……ソノ穴ニ、僕ヲ……」と哀願せざるを得ぬ状況に追い込まれるやも知れぬのでな。

 盛大に話が脇道に逸れた。ともあれ呉の遺臣たちにとっては、呉王に闔閭でなく、季札が就いてくれていれば、あるいは滅ばずにも済んだのでは、位には思ったのやも知れぬ。西晋せいしんの遺臣らが司馬攸しばゆうを眺めるにも近しき仕儀である。


 楚。鄭武公と同世代の時代から名君に恵まれ、そして春秋五覇の荘王に至る。というか荘王へのべた褒めぶりが恐ろしい。はっきり言って斉桓せいかん晋文しんぶんよりも圧倒的に名君に見える。無論この両名は十八史略で学童らが触れるよりも前に、折に触れ名前および凄さが示されておろうから、あえて十八史略にて特記するまでもない、という感じなのやも知れぬが。この辺りは曾先之当時の学力基準や十八史略がどういったレベルの学童向けの書物であったかをも含めて検討しておきたい気もする。正直なところ、春秋時代まわりについて十八史略の採用基準はあまりにいびつなのではないか、と思わずにおれぬのである。


 十八史略についてガチで評を下しておる奇特なみんしんの偉い学者様などがいてくださるとありがたいのだが。あるいは日本でアホほどに発刊されたという十八史略の諸本(国会図書館デジタルアーカイヴなどで検索をかけるとうんざりするほどの量が出て参る)に寄せられる注などを足掛かりにするしかないのかな。困ったものである。

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