41 想い描いていた青春とはだいぶ違ってしまったけれど
――次の日の朝。
エリナさんとリク、それに無精髭のおじさんが見送りに来てくれた。
天気は晴れ。新たな門出にはぴったりの青空が広がっている。
「ウイルスを完全に消す方法とか、新たに何か分かったら伝えに行くわ。それまでちゃんと、生きていてよね」
「はい、分かりました。気長に待ってます」
本当に優しい人だ。この研究所を出る俺達の、NADウイルスを宿した身体の今後について、今から考えてくれている。
エリナさんとの繋がりは、今後も途切れないだろう。
それにエクリサーもこの人ならば、俺達には出来ないやり方で効果的に活用してくれると信じている。
「あと、これから暑くなるし、食料の確保に苦労するかもしれない。自給自足ができるよう色々勉強しておいた方がいいわ。あ、そうだ、熱中症や病気には注意してね。病院も無いから本当に命に関わる。水分補給はこまめにね。ええとそれから」
意外と世話焼きでお母さんみたいな人だ。おかしくて俺が笑うと、エリナさんもにっこりと微笑んでくれた。
みんなに背を向けて車に乗り込む直前に、リクが俺に駆け寄って言った。
「僕、たまに鷹広に会いに行くよ。必要だと思った情報はそこで伝える。これからどこに行くか、向かう方向だけでも教えてよ」
「大丈夫、行き先は、お前も知ってるところだよ」
「え? どこ?」
「俺達の、高校だ」
俺達はリク達に手を振りながら車に乗り、研究所を出た。
窓を全開にして気持ちのいい風を浴びながら、陽炎の揺らめくアスファルトを行く。
あの日悪夢が始まった高校へと、俺達は向かう。
でもその悪夢は、もう覚めつつあるのかも知れない。
車は走る。高校まで、あと少し。
「わたし、みなさんの高校楽しみです」
「ゆりだけ違う高校だもんね。でも、なんで高校なのよ鷹広。他にもいい場所ありそうなのに、わざわざ戻る理由って」
「理由はちゃんとあるんだなー。何だと思うかね」
俺がもったいぶると、マイが前の座席から乗りだりて、胸ぐらを掴んで頭突きをしてきた。痛いし距離が近いって。異性だぞ俺達は。
「いててて……。ほら、エリナさん、自給自足の勉強した方がいいって言ってたろ?」
「あっ、鷹広、私分かった。畑でしょ!」
「確かに。僕らの高校は畑のど真ん中だしね。作物を育てる環境がすぐ近くにある」
「ほんと田舎だよなあ。ま、のどかで俺は好きだがよ」
窓の外からは、時折NADの姿を見かける。今までよりさらに動きが遅くなったようで、どいつもこいつもフラフラと半歩ずつ歩いているような奴しかいない。
ふと、マイが窓の外を見ながら、こんなことを言い出した。
「あーあ、なんかもうどうしようもない事なんだけど、元の世界であんた達と放課後にカラオケとかして、普通に遊びたかったなぁ」
「わかるー! みんなで新幹線で旅行とか、行きたかったなぁ」
「カラオケと新幹線は無理かもですけど、旅行なら行けるんじゃないでしょうか」
「車もあるしね、僕、行くなら海がいいなあ」
「そしたら俺と鷹広はバイク乗ってってもいいな! 気持ちいいぜー?」
まるで平和だった頃のように、いつも通り、俺達は楽しく話している。
改めて思うけど、根本は何も変わらないのだ。この荒れた茨城で戦いながら生きるように、平和な世界でも、いつだって誰しも大なり小なり戦いながら、生きていた。
この世界は今までよりも、野生の匂いが強いだけ。
「なあみんな。俺達の目標、覚えてるか?」
「みんなで、私達の街を作るんだよね」
「あぁ、ショッピングモールでそんな話したな。燃えるぜ!」
「僕も覚えてる。国のはずが、どんどんスケールダウンして街に落ち着いたんだっけ」
「国でも街でも何でも良いって、ほんと適当よね、あんた」
「ふふっ、妥当な落とし所と言えますね」
「そう、まずは俺達の街を。俺達がただいまって言える場所を作ろう。帰る場所が無かったら、旅行は実現できないしな!」
「「「「「オーッ!」」」」」
大丈夫。何だってできるさ。
だって、俺の周りには。
やたら強くて底抜けに脳筋な、とびきり優しい兄貴分。
「お? なんだ、鷹広」
大人しそうに見えて炎のように熱い、ラップが得意なスナイパー。
「どうしたの? 鷹広君」
体はちっちゃくて運転の荒い、頭脳明晰で博識な女の子。
「鷹広さん? どうかしたんですか?」
「釘バットを振り回す凶暴なツインテール」
「ちょっとあんた」
いつも側で俺を支えてくれた、料理上手で美脚の腐女子。
「なあに、鷹広?」
平和だった頃の世界で女子の尻にしか目が無かった俺は、どうしたことか今や立派な脚フェチであり、胸フェチであり、鎖骨フェチだ。
きっと俺は、今後誰かの尻を追い掛け回す事はないだろう。
――乙姫さんは、もういないから。
ふと、ショッピングモールから初めて探索に出た日に、熊田と再会したことを思い出した。
『――乙姫さんは!? 海老原も!』
『――あいつらなら、大丈夫だ』
嘘をついているようには見えなかった。
もしかしたら熊田は「“撒いたから”大丈夫」と言っていたのかも知れない。
きっと、その時既に乙姫さんは。
そうだとしたら、海老原も――。
熊田も、辛い想いをしたはずだ。
もしも会えたら話を聞いてやろう。乙姫さんの事を責める気なんて、さらさらない。
だってここ茨城は、剥き出しの命で生きていかなければならない野生の世界だから。
新学期を迎えた頃に想い描いていた青春とはだいぶ違ってしまったけれど。
それでも大丈夫。俺の周りには、共に生き抜く仲間達がいる。
これも立派な、青春だ。
――さあ、まずはこれからの自給自足の為に、納豆の作り方でも覚えようか。
茨城でオブザデッドすることになった俺の青春や如何に! シャオバイロン @Syao44
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