親友

「こんばんはー。テツいますか?」

 親友のユタカが実家に訪ねてきたのは夜の8時だった。

 我が家にいた母親、妹二人がその声に返事して玄関へと出ていった。

 もちろん、俺もそれに続いたわけで。

 ……ユタカは俺を見るなり爆笑した。


 たしかに、髪は伸ばしたままだったし、前に会ったときより太ってたし、さながら髷を落とした相撲取りみたいな風貌であったことは否定しない。前々から熊と呼ばれたりもしていたし、もちろん笑われるだろうことはわかっていたし、それが懐かしくて嬉しかったのも否定しない。とはいえ、数年来に会っていきなり笑うか普通。

 隠しきれない嬉しさとほんの少しの憎たらしさで文句を言う。

「でもよぉ、こんなん笑うなって方が無理だべ」

 悪びれる様子もなく平謝りしながらまだ笑っている。

 そんなユタカは髭を生やして男から見てもカッコいい身なりになっていた。それに時間の流れを感じたし、一方で豪快な笑い方が昔と同じで変わらない安心も感じていた。

 このままではずっと話の主導権を握れずにいることになると思い、飲みなのに車は?と尋ねる。

「ああ、それならケイゴに頼んでっから。覚えったか?ナカヤマ」

 忘れるはずもない。中学の頃、あの震災の後で福島からやってきた奴の一人だ。

 運動も勉強も何でもできて面白い奴。他人を弄るけど、本当に他人を傷つける事だけはしない奴。高校では別になってしまったが、中学の頃はいつもつるんでいた。

「あいつ町役場にいったもんで、近ぇし頼んだ。下戸だし、飯奢るって話でな」

 それならもうちょっと身なりちゃんとしとけば良かったと零せば。

「何言ってんだず、あいつなら笑ってけっぺ。それにお前はそれでいいんだず」

 さもそれが当たり前のような顔をして言う。

 そのまま親への挨拶もほどほどに俺を外へ連れ出した。


「生きったったんだからそれでいいんだ。お前後ろな」

 玄関の階段を下りながら、なんでもないように言ってくれる言葉がどれほど嬉しいか。秋の夜風の冷ややかさも相まって余計に沁みる。

 いい男になるとは思っていたけれど、まさかここまでいい男になるとは。

 帰ってきて本当に良かったと思う。

 もちろん、車に乗り込む時にケイゴにも笑われたけど、それでもよかった。

 昔みたいにバカ話をして、盛大に笑うことなんてないと思っていたから。

 

 車の中では互いのことを簡単に話した。

 ユタカは結婚して子供も二人目が出来たらしい。夢だった美容師になって副店長をしていたのに、家族の為に転職して、土方を経由して今では医療製品の販売員らしい。ケイゴは町役場で勤務していて、パンデミック下ではワクチン関連で大変だったらしい。忙しいけど堅い職ではあるから良いんじゃねという話にもなった。

 他にも中学の頃につるんでいた連中のことも聞いた。

 シュンスケは引っ越しの日程がどうしても合わず来れなかったこと、ヨシハルは中学校の教師になって忙しいこと、タイジュも仕事があって日程が合わなかったこと、ソラとカイトとタイガはマルチに引っかかって借金を背負ってYoutubeを始めたこと、そこで揉めてること。

 いろんなことを聞いた。

 あまりにも変化が大きくて、他人事みたいに聞いていると店に着いた。

 どこにでもあるチェーン居酒屋だった。


 三人で店に入って席に座ると、とりあえず烏龍茶と生と唐揚げ、枝豆を頼んだ。

 薬を飲んでいる手前、酒はダメだったから酒を飲んだのはユタカだけだった。

 三人分運ばれてきた後に乾杯をして、思いっきりジョッキを呷った。

 これがビールだったらなあ、と思いつつも、飲みっぷりでは負けまいと豪快に行ってやった。ユタカも豪快に行って、ケイゴはチビチビと烏龍茶を飲んでいた。

「んでよ、お前何してたん? ニート?」

 いきなりユタカがぶっこんできた。

 コイツはこういうところが上手かったのを思い出す。

「ニートといえばニートだな。身体壊してからそのままだから」

「ほーん、ならそろそろ働んなねべ」

「んー、まあな。つっても、親ともそこら辺話せてねえんだよな」

「まあ、話しづらいよな」

 枝豆をつまみながら、ケイゴが同調してくる。

「ほら、大学に結構いる手前さ、今更やめるより何とかして卒業した方がいいんじゃねえかって話もあってな。歳も歳だし」

「まあ、最終学歴は大事だもんな」

「んだげんど、親も歳だべ」

「んだね、親父が定年なる」

「だったらそろそろ何かしねどダメだべ」

「そうなんだけどさあ……」

 机に肘をつく。

 それはわかっている。わかっているが、どうするべきかで悩んでいる。

 哲学科に行きたかったのを親から猛反対されて心理へと流れたのもあって、親との関係が良いものとはとてもじゃないが言えない。そんな中で、未来というものを確約しないといけない。それが出来ずにいた。

「お前体調どんな感じ? 良い感じ?」

「良くはないな。今は良いけど全体で見たらダメみたいな」

「だったら、朝バイトとかってないんが? お前兄貴いっぺ」

「あー……まあいるけどさ」

「折り合いつかない感じか」

「まあな。兄貴も嫁さんと子供出来て、妹も大学ストレートだもんでよ」

「でも頼れるなら頼んねど」

「まあ、肩身狭いのもわかるけど、そうだな」

「どうせお前ネットでゲームとかしったんべ、だったら別の事しねど」

「おっしゃる通りでございます……」

 何も言い返せなかった。

 だって、この二人はそうやって生きてきた人間だから。

「んー、そうだな。お前暇なんべ?」

「うん、暇は暇」

「だったらまず母ちゃんさ話さんなねべ」

「何を?」

「バイトの話。兄貴と喋らんにっていうなら母ちゃん間に挟むべきだべ」

「だな。とりあえず何とかしてバイトさせてもらえねえかって頼むのがいいな」

「だべ? そうやって朝動けるようになっと良いと思うんだげんど」

「まあ、夜バイトで体調崩したんなら大人しく朝だな」

 事実、その通りだ。

 どうせ東京にいても何も変わらないなら、地元に帰ってきた方が良い。

 伝手を辿って何か居場所を見つける方が良い。

「お前やればできんだから。俺らは知ってんだからよ」

「……出来っかなあ」

 心細くなって呟くようにして零す。


「んー、じゃあ次の飲み会で俺の飯代奢ってくんね」

 少し止まった会話からケイゴがそう切り出す。

「あー、たしかにそれいいがもしんに」

「俺ユタカからは今日奢ってもらうから運転してんだよね」

「じゃあ、次は俺か」

「そゆこと。あ、もちろんシメのラーメンもな」

 正直、ありがたかった。

 こんなことを言ってくれる相手を失ったからこそ、そう思う。

「えー、お前ギョウザ頼むだろ」

「もちろん」

「俺さもギョウザ1枚よろしくな。いいべ?」

 ともすれば、たかりに聞こえるかもしれない。

 まあ、それでも良いと思う。

 そんなことしないという信頼があるからこそ。

「わーったよ。じゃあバイトして金が出来たら全部奢りだ」

「お、マジか。やり~」

 上機嫌にユタカとケイゴはハイタッチする。

「ったくよぉ。……あ、煙草良いか?」

 二人から許可が出て煙草に火をつける。

「まあ、それを自分で買えるようになったらだべ」

「タダ飯ならいくらでも待ってやれるからな」

 まったく。憎めない。

 悩みも見せずに俺の話を聞いてくれる。

 そんなこいつらが明日も頑張れるように、何か言えることがあるのなら。

 一緒にいるしかできないけど、そんな自分に出来ることがあるとすれば。


「はぁ……。やっぱり真面目に働いてる奴が一番カッコいいよ」

 本心を零す。

 どれだけ憎たらしくても、結局のところはこいつらが好きだ。

 俺がこいつらに想う以上の気持ちをこいつらが持っているかはわからないけど、それでもこいつらが幸せな顔をしてくれるならそれでいい。いや、それが良い。奇跡が起きて有名人と知り合いになったとしても、一緒にいるのはこいつらが良い。

 心の底からそう思う。

「好きなことを仕事に~とか言ってるけどさ、夜勤バイトとかやって思ったけど……やっぱり真面目に働いて稼いでる奴が良いわ。出来てないからってのもあるんだろうけどさ、テレビでワーキャー騒がれてる奴もカッコいいとは思うけど、汗水垂らして稼いだ金でやりくりしてる奴が一番カッコいいわ」

「まあ、金の重さも変わるしな」

「たかだか1000円稼ぐのがどれだけ大変かちょっとわかったもん。あと人にやさしくしようと思った。特に夜間警備員とか土方の人たち」

「んだな。俺も土方ちょっとやったげんどアレは無理」

「な。あとは今度シュンスケ達も呼んでやらんとな。ヨシハルもドブラックだし」

「ん、公務員ってドブラックなんか?」

 俺の言葉を受けて、ユタカがケイゴを見る。

「うん、ブラックもブラックだよ。まあ教職よりはマシだろうけど」

「教職はなあ……知り合いも教員だけど見ててしんどいよ」

「あー、ならヨシハルとも今度飲みさ行がんなねな」

「だなあ。……そんで、そん時は?」

 しみじみとした表情から一転、ケイゴは期待を込めた目を向けてくる。

「……わーったよ。俺の奢りじゃボケ」

「よーし決まりだ」

「それじゃ、テツさん」

 ものの見事に仰々しく。

「「ゴチになります」」

 二人して息を合わせやがって。

「……ったく最高だよクソッタレ」

 ケラケラ笑う二人の前で飲み干した烏龍茶は、最高の喉越しだった。

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