第100話新しい生活②

 そういう事ならと、取り急ぎ用事のない者たちは傭兵の看護のために両親の寝室へと向かっていった。ミーナはその場に留まり、アデリーに他の用事はないかと聞いてきた。


「紙と書くものを用意してもらいたいわ。これから領地をまわって、どれくらいの人手が必要か確認したいのよ。備蓄してある小麦粉はあるかしら? 飢えている人がいたら渡したいのだけど」


 そこまで言ったところでダグマが話しているところ悪いがと口を挟んできた。


「俺は王都に行く。その時、冬用の食糧を王に直談判してこよう」


 ダグマはここにずっと居てくれるものだと思っていたので、内心アデリーは動揺していた。


「王都に……行くのですか」

「ああ、実家にも野暮用があるし。ここには半分くらい人員を残し、残りの半分は廃城に住まわせる。そのへんもしっかりやっておかんとな」


 ここまできて、アデリーはハッとしてロセに顔を向けた。


「ロセ。もしかして、あなたも戻ってしまうの?」


 ロセは顔を傾けてから「残って欲しいなら残るわよ? アデリーは妹みたいなものだもの」と、ちょっと斜に構えて言った。


「心配するなアデリー。ここにはニコラスと数名住まわせる。俺も戻ってくるつもりだ。アデリーが戻って欲しいならな」


 ロセがダグマに「戻ってきて欲しいに決まってるわよ。当たり前じゃない。うちの妹を嫁に貰ってここに住みなさい」と、何故か話が飛躍してアデリーを赤面させる。


「あのあの……そんな」


 慌てるアデリーにダグマが「嫌なのか?」などというからそれはそれで困って「嫌だなんて、全然そんなことありません! あ、嫌じゃないというより──」と目が回りそうな勢いだ。


「じゃ、嫁に貰うか」


 そう言うと皆に背を向け、階段を上がり始めた。


「ちょっと! それって本気なの!?」


 ロセがダグマの背中に問いかけるとダグマは手をひらひら振って「男に二言はない」と言いながら姿を消した。


「あんなプロポーズある? いい男だからってまったく」


 ロセはそう怒るが、アデリーは頭の中が真っ白だった。そんなアデリーの横顔を見たミーナが「でも、アデリー様の心には届いたみたいです」と呟いた。


「ああ、アデリーってばダグマに心酔しちゃってるからね」

「なるほど。まぁ確かに素敵な人でした」


 ミーナとロセが目を合わせると笑って頷きあった。


「さぁ、忙しくなるわね」


 ロセが言いながらアデリーの背中を叩く。呆然としていたアデリーがそれで我に返った。


「そうだわ! 領地を見てまわる前にパンの仕込みをしなくちゃ」


 アデリーがそう言うと「そこなの? パン焼きの領主? 新しいわね」と、ロセが笑っていた。

 


おわり

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廃城の泣き虫アデリー AZU @ayachocolate

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