22

 

糸紐細工ミクラマへの礼状のことだけが、どうしてもわからないんだ。私はあの夜、コルネリアとしか、ミクラマやペレグリーニの話をしていない。それなのに、なぜ、ディアナに宛てて誤って贈ったミクラマに、きちんとした内容の礼状が届いたのか」


 指を撫でるフェリクスのしぐさを目で追っていたコルネリアは、そのことばに顔を上げ、こちらを見上げた。「しまった」とでも言いたげな表情がめずらしくて、つい、意地悪に問いかける。


「……あなたが、代筆したのかな?」

「はい。わたくしが書きました」

「それは、頼まれて?」


 コルネリアは、どこから話すべきか思案するように口ごもった。フェリクスは彼女のことばを待ちながら、ゆったりとした足取りで花咲く庭をめぐる。


 目の前に八重の薔薇が咲き誇るあたりまで来て、コルネリアは静かに語りはじめた。


「ディアナが礼状も差し上げずにいたので、わたくしが代わりに筆をとりました。いま振り返りますと、とても感情的な内容になっていたかもしれません」

「そうだったろうか。文字も端正で、非常に丁寧なものだったよ。まぁ、次を約束する文面はなかったけれど」

「それは! ……それは、フェリクスさまに、ディアナと関わってほしくはなかったものですから。いえ、あの、違うのです。ディアナは同性のわたくしから見てもうつくしく、殿方からのお誘いが多くございまして」


 いつも大人びて見えるコルネリアが慌てていると、年相応の少女然として、それはそれで愛おしい。フェリクスはコルネリアのこめかみの後れ毛を直してやりつつ、微笑んだ。


「私には、他の男と比べて、勝ち目が無かった?」

「そういった意味合いではありません! そうでは、なくて」

「……ああ、そうか。私も他の男同様、従姉の美貌に骨抜きになっているかもしれないと思ったわけだね? だから、代わりにやんわりと断りの文句を書いたのか」

「──ごめんなさい。嘘を申しました。わたくし、ディアナが妬ましくて。フェリクスさまとディアナがまたお会いするなんて、嫌だったのです」


 顔を両手で覆ったコルネリアの、隠しきれない肌は、真っ赤になっている。


「ディアナのもとでミクラマを見つけたとき、心臓が止まるかと思いました。フェリクスさまがディアナともお話をされて、わたくしではなくてディアナを選んだのだと考えたら、とても苦しくてたまらなかったのです」


 あの礼状の文面が無ければ、自分が誤解を加速させることも無かっただろう。しかし、いまこの瞬間、愛らしい反応を見せる妻が側にいるのだから、もはやすべてが許せるような気さえしてくる。


「私はね、コルネリアのことを月の女神のようにうつくしい女性だと思っているよ。女神を手に入れた自分が、いまに至っても信じられないくらいに、だ」


 無防備な耳元に囁いて、細い首筋にくちづける。


「外出先にいるのが悔しいな。あなたが私のものなのだと、すぐにも確かめたくてしかたがないのに」

「ふ、フェリクスさま! お戯れも大概になさいませ!」


 周囲を気にして、一生懸命に肩を押し戻してくるコルネリアのようすに表情が緩む。いや、きっと、先程からずっと緩みっぱなしだろう。


「大丈夫だよ。あなたの思うよりずっと、他人は周りを見ていないものだし、他者の行動にも興味がないものだ」

「そうだとしても、わたくしが恥ずかしいのですっ」


 まなじりを吊り上げた妻につい高く笑って、フェリクスはその手を取り、甲にくちづけ、ついでに指先にもくちびるを落とす。


「…………!!!」


 すかさず叱られそうになったが、これは近くを通るひとがあったおかげで助かった。機会を逸したコルネリアは、その後もお茶会が終わるまでずっと、ぷりぷりと小さく怒っているようだったが、そのようすがあまりに可愛らしかったので、フェリクスはいたって上機嫌に過ごしたのだった。




 ワレリア男爵家を乗っ取ったコルネリアの叔父一家について、妻自身は罰を望まないようだったが、それではフェリクスの気は収まらなかった。


 何か報いを受けさせたい。そして、できることならば、爵位をあるべきところに──つまりはコルネリアのもとに返してやりたいと、感じたが、公にはしたくないと言うコルネリアの意向を無視せずにことを進めるのがなかなかどうして難しい。


 現男爵がこちらの描いた筋書きどおりに動いてくれる人物ならばよいが、知恵の働く相手であればやりにくい。本人が無能だとしても、執事やその他の者が参謀として力を振るっていれば、なんらかの復讐を仕掛けたところで不発に終わるだろう。


 その見極めをするために、執事のことを探ろうとしていたときだ。耳を疑うような一報がグイドから飛び込んできた。


 王都の宝飾店から、覚えのない請求が上がってきたと言う。そればかりか、先日、話を聞いた仕立屋のマダムからも連絡が入った。


『バロー家のお嬢様が、新しいドレスのお仕立ては、費用をドミティウス伯が持ってくださるはずだとおっしゃるのですが、間違いございませんか?』


 宝飾店のほうも、おそらく同一人物の仕業だろうことは、想像に難くなかった。


「なぜ私が、コルネリアを虐げてきた女の装いのために金を払うと思うんだ?」

「奥さまの誤解は解けても、バロー家の令嬢はまだ誤解しているんだろう。相手の頭のなかでは、自分に熱烈に惚れて、婚姻証明書つきで求婚してきた男なんだろうさ」


 グイドの指摘に、フェリクスは頭痛をこらえて大きく深く息を吐いた。


「もし例え熱烈に惚れていた女性だったとしても、相手が勝手に他家のツケで買いものをする恥知らずだとわかったとたん、百年の恋も醒めないか?」

「違いないな。少なくとも、妻には迎えたくない。──で、これ、バロー家に請求しておく?」

「無論だ」


 執事の力量を知るのにちょうどいい題材だろう。そう考えたこちらに対し、バロー家の回答は次のようなものだった。

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人違いで求婚された令嬢は、円満離縁を待ち望む 渡波 みずき @micxey

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