置行堀**

通い詰めているとは言え、上流なので帰宅はいつも早めだ。

滞在時間を延長するにはキャンプか車泊。

でもキャンプできるとこないし、危ないし、連泊出来るあれがない。

日が暮れる前、名残惜しいが帰宅時間やってきた。


「さて、そろそろ帰りますかね」


『…』


返事はあまりないが俺は結構話しかける。

たまに喋ってくれて、ラッキーぐらいの感覚だ。

さくさく道具を片付け始めると、置行堀がシャツの裾を揉みだした。

着てるのか着てないのか判断不可避の不透明な服もどきの姿が、俺の目の毒だったのでシャツをあげたのだ。

オーバーサイズなので色々隠れてるが、濡れたらえろい。

妖怪だから濡れた服でも平気で泳げるようで、俺においてけする時はいつも着てくれてる。

今日もずっと傍に居てくれたから、シャツはすっかり乾いてる。

すらっとした足がなまめかしいので、見ないようにするのは大変だ。


「よし、忘れ物、なし、なし、なし、と」


指差し確認でゴミも無いか黙視する。

俺が残したゴミが原因で置行堀が苦しんだらいやだからな。


「…ん、どした?」


いつもなら、この段階で置行堀は姿を消している。

でも今日は、何か言いたげな口元でシャツをもみもみ、かわいいなぁ。


「も少し食べるか?」


最近は置行堀の為に釣りをしているから、全部あげても構わなかった。

とにかく俺は置行堀の気を引きたくてしょうがないのだ。

妖怪に恋してもしょうがないのにな。

クーラーボックスを開けようとしゃがみ込んだら、置行堀が俺の服の裾を掴む。


『おいてかないでぇ』


上目遣いで、そんな、こと、言わないでくれ。

色んな衝動を一端飲み込む。

高鳴る鼓動に深呼吸を繰り返す。

不安気に下唇を食む置行堀。

判断を誤りそうになる。


「…連れ、帰ってもいいのか…?」


『んっ』


わりと大事なことを聞いたのに、返事は短く要求は分かり易かった。

両手を伸ばして抱っこをせがまれ、荷物を置いて抱き締める。

生きている感触が伝わってくる。


「なんか、必要なものとかあるか?」


あれかな、水か?

風呂で満足して頂けるのだろうか。


色んな不安が押し寄せる俺を、置行堀が真っすぐ見つめる。

普通の、人間の、青年みたいになってるぞ?


「おめぇがいれば、いらない。おいてかないで」


尻尾も水かきも、肌も、人間。

そういう、覚悟を以てして、そう言ってくれているんだ、と。

分かったら愛おしすぎて泣けた。


「おいてかない。ずっと一緒に、いような」


抱き締めたら抱き締められたから、その日の帰宅は深夜になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

画図百鬼夜行的なBL 狐照 @foxteria

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ