披露宴と許嫁Ⅱ

「貴族と言っても大きく分けて世襲貴族と一代貴族の二つあるわ。世襲貴族とはその爵位を代々受け継ぐことのできる貴族のことであり、一代貴族はその一人の功績に対して贈られる爵位で受け継ぐことができない方々よ。一代貴族は男爵という最も位の低い爵位にしかなることができないわ。

 そして今回この披露宴に招待されている貴族は世襲貴族しか御呼ばれされていないわ。今回の目的は貴族間での交流ですので一代貴族の方々は招待がされていないの」

「貴族の種類はわかりました。大公などの地位については教えてくれないのですか?」

「お待ちになって。せっかちな殿方は嫌われますわよ。

 我がエリュシオン王国の貴族階級は大公、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の6つ。そして大公とは王族から分かれた3つの家・・・・しか持つことを許されていない特別な爵位。大公家は国を運営するための3つの柱として存在し、そのために絶対的な力を有しているの」


 ベネディクトゥスは彼女の知識量に感心した。

 普通の5歳児は遊び盛りで勉強など興味を抱くことは稀で、そしてここまで知識を持っていることは通常ありえない。にもかかわらず、彼女の知識量は5歳の知識量を大きく逸脱している。

 知識として原作を知っているベネディクトゥスも、彼女の知識量を目の当たりにして驚嘆の表情を浮かべている。 


「そして貴方が先ほどから話しかけていた彼女は大公家の一つ、アンスロポス家の一人娘よ。アンスロポス家は3つの権力のうちの『司法』を管轄する家で厳格な性格の方々が多いわ。……と言っても、この様子じゃ彼女はそんなことないでしょうけど」

「なぜです。子どもなんですから突然寝るくらい当たり前でしょう?」

「いいえ、いいえ。アンスロポス家は物心ついてから教育を受けるから今日みたいな会場で座っているなんて稀、さらに寝るなんて普通考えられないはずよ」

「(なるほど。じゃあ普通は他の二つの家のキャラみたいにプライドが高い感じだったってことか。その理由は書かれたことなかったし、今まで忘れてたけど、気になる!この子貴族のことについて詳しそうだし、なんでこんな緩い感じなのかもしかしたら知ってるんじゃないか)

 ……貴女は彼女がこんな性格なのか知っているんじゃないですか?」


 確かに原作でもお助けキャラとして登場するときに彼女のことは紹介されるが、位の高さと反比例するように緩い空気感を出していた。他の二家生まれの登場人物は位相応のプライドなどがあったゆえに彼女の緩さが際立っていた。

 その理由は語られることがなくベネディクトゥスはこの世界に転生したために原作の裏側を知れると思い、興奮がしている。


「まあ、知っているわ。けど……」

「理由としておかしいということですね」

「ええ、彼女には三人の兄がいるのですけど、男児がいるから跡継ぎには問題ない。

 けど家同士の結束のためには結婚して、身内になることが必要。けど、子どもは彼女以外すべて男。大公家としての地位と男児のせいで婿にはいけない。そんな中で彼女が生まれたから、多分当主が溺愛して教育が進んでいないんでしょうね」

「先ほどの貴女の話からして、そういう人間的な面があるとは思わないということですか(俺の父親も人間味を感じなかった。それは大公家の当主がというよりかはあの人の性格で他の大公家は結構子煩悩なことが多いのか?)」

「……たしかに貴族の子女は大切よ。だけど、お嫁さんとしてもらってもらうのに礼儀作法は必須。だから大公家の子供ならしっかりしていると思っていたの」


 ベネディクトゥスは彼女の瞳の奥には失望の念が浮かんでいるのを見た。彼女の知識量は彼女が望んで学んだことは当然だが、最初から望んでいたわけではない。貴族であっても子供な彼女にとって遊びの時間が削られることは苦痛であった。しかし、それでも当主である父親に対して逆らうことなどできず、彼女は粛々と勉強をしていたのだ。

 そして今日初めて自身と同世代の貴族の子供と会って知ったのだろう。自身以外にここまで熱心に教育されてしないことに。

 彼女が壁側にいたのも俯瞰的に子供たちを見て、自身と同類の子供を見つけ出そうとしていたのだろう。しかし、そんな子は居らず、最後の希望としてこの宴にいた唯一の大公家の少女ならもしかすると、と希望を抱いた。

 それも簡単に裏切られた。


「けど、いいの。確かに大公家がわたくしの家よりも優秀なのは当たり前だから、数年もすればすぐに追いつかれることはお父様が言っていたし、それにあなたに会えたから」

「ッ!」


 彼女の微笑みにベネディクトゥスはドキッと心臓が跳ねた。話している間、自慢げか表情が動かなかった少女の急な笑顔が魅力的だった。

 ベネディクトゥスがこの世界に来てから初めての他者に対して抱いた感情だった。

 ベネディクトゥスはこれまでアルマ、エーテス、ルクス、執事たちと会話をし、感情を表していたが、それは彼に対して彼ら、彼女らが抱いた感情や自身の興味関心を出したものであり、彼はこの世界で他者に対して抱くときはゲームのキャラクターに対して感情を抱いていた。

 結局ベネディクトゥスはこの世界を夢として未だに捉えているのだ。しかし、彼女が見せた笑顔は前世で見たどの笑顔よりも綺麗なものだった。それはゲームの一枚目でも、画面越しに見る映像でもない、目の前で見せてくれた笑顔だった。

 精神が肉体に引っ張られているためにベネディクトゥスは幼少期の男児であり、けれど青年としての経験から同世代よりもませている・・・・・彼は同世代のかわいい少女の笑顔にドギマギして挙動不審になってしまった。当然彼女はそんなこと理解できないために、目の前で急に変な動きをし始めたベネディクトゥスを不思議な目で見ていた。


「どうしたの?急に変な動きして。おトイレ?」

「い、いいえ。ト、トイレではないので気にしないでください!」

「きゃっ。……急に大きなお絵を出さないで頂戴。びっくりするでしょ」

「すみませ――「んぅ……」!」


 突然ベネディクトゥスの隣から小さくうめき声が聞こえた。先ほどまで熟睡で一言も発さなかった少女の声に驚き、謝罪の言葉を中断して思いっきり首を幼女の方へと向ける。つられて一緒にいた彼女もベネディクトゥスから眠っている幼女をのぞき込むように見つめる。

 起きるのか寝続けるのかといった状況に妙な緊張感を覚えた。それも当の本人によって破られた。

 眠たげな様子で半目ではあるが、焦点がベネディクトゥスに合い、ルビー色の瞳とアメジストのような美しさを持つ眼が交差する。


「……」

「(な、なんか言ってくれよ)」


 目が覚めて一番最初に同世代の男子の顔が見たにもかかわらず、一切驚きの感情を表すことない幼女にベネディクトゥスは気まずい様子だった。それは彼の後ろから様子を見守っていた先ほどまで話していた少女にもわかるほど顔に出ている。


「えーっと。……レディ・アンスロポス?淑女としていつまでも同世代の異性と見つめあうのはいかがなものかと……」

「……ヘレナ・フルフィウス」

「(ッ!?)初対面なのにわたくしのことを知っているのですか!」

「……あなたのお父上が五年前から魔術に対して力を入れ始めたことをお父様が不審に思ったことがあるそうです。フルフィウス家を調べた紙を見たので覚えていました」


 少女——ヘレナはアンスロポスの記憶力の凄まじさに驚き、そして彼女が睡眠していた理由を察することができた。


(なるほど。彼女の異常な記憶力はおそらく【特異体質】によるもの。あれはオンオフができないとお父様が言っていた。なら彼女が眠っていたことに対しても納得がいく。見聞きしたことなんでも覚えてしまうのなら寝ることでしか対策できない)


 一方、ベネディクトゥスは別のことに対して驚愕していた。


(ヘレナ・フルフィウス!?聖女ルートのラスボスじゃないか!昔から悪役令嬢みたいな性格をしているのかと思っていたけど、ただ知識のある精神年齢が高い少女って感じだ。

 確かに言葉の中には時々プライドの高さが垣間見えるところがあるけど、それでも俺が接したヘレナは少し棘があるけど、優しくて、そして寂しがりな普通な少女だった。……インヴィディウスが彼女を変えたのか?)


 ベネディクトゥスが思い浮かべたのは勇者ルート原作のラスボスであるエリュシオン王国第二王子インヴィディウス・エリゼ・エリュシオンのことだ。設定としてインヴィディウスとヘレナは婚約者の間柄として紹介されるが、これをベネディクトゥス苅谷晋三はただのフレーバーテキストだと思っていたのだ。

 インヴィディウスとヘレナは本編である学園生活編でも当然彼らは登場しているのだが、彼らが一緒に登場することは滅多になく、一緒に登場したとしても会話しているシーンが極端に少ない。彼らが同じ目的をもって行動しているのは終章の最後の戦いで明らかになるが、その時もシナリオの影響か一緒に戦闘することはなく、主人公によってラスボスとしてどちらか片方としか戦うことはなく、戦闘しなかった相手も倒されるためにそのあと登場することなくエピローグに進んでしまうために彼らの間柄を知ることができずに終わってしまう。彼らがラスボスを努めるというメタ視点で婚約者という間柄が都合がいいからこその設定だと思っていた。

 しかし幼少期のヘレナを見て、そしてその性格を考えると、彼女がなぜラスボスとして聖女たちの前に立ちはだかったのかわかってくる。


(……ヘレナは裏ボスに操られたのか?台詞の節々に出る『あの方』って単語を出るけど、それらしい人物が出てくることはなかった。考察板とか見る時間なかったから他の人の考察は知らないけど、俺的には……ここにいるクラウディア・アンスロポスが結構怪しかったんだよな)


 先ほどまで寝ていた少女の方に目を向ける。ヘレナと話していた少女もその視線に気が付き、ベネディクトゥスの方に顔を向けて首をかしげる。


「どうしました?」

「……お二人が話していたので、一体何を話していたのかと気になりまして」

「この距離で聞こえなかったなんて、どういうことなの?……まあいいわ。わたくしとレディはね、これを見て話をしていたのよ」


 そういってヘレナが見せてきたのは、彼女が話しかける前に読んでいた文字通り死ぬほど分厚い『魔術大全』だ。五大大国の一つであるマグメル共和国が誇る大学が制作した最新の魔術に対する図鑑だ。これを理解すれば今現在、解像されている魔術がわかるものだ。当然読破することが前提であり、さらに読み込むことが必須なものなためにほとんどの読者は途中で読むことを止めてしまうものだが、どうやらベネディクトゥスの前にいる二人は読破したらしい。因みにベネディクトゥスはまだ半分以上読めていない。


「そういえば、あたくし、あなた方に名前を教えていなかったですね。あたくしだけ名前を知っているのは良くないわ。

 まず、あたくしはアンスロポス大公爵の一人娘クラウディア・アンスロポスです。次は貴方たちのことを教えてくださる?」

「ハッ。申し訳ありません、レディ。わたくしはフルフィウス侯爵の一人娘ヘレナ・フルフィウスでございます。以後、お見知りおきを」

「……僕はアスター侯爵の嫡男ベネディクトゥス・アスターです。よろしくお願いします」

「アスター家って正妻が出産のときに死んでしまった、あの?」

「そうですね。その時に生まれたのが僕ですから」

「……ごめんなさい。不謹慎だったわ」

「いいえ。僕には乳母がいましたから悲しいと思ったことはありませんよ」


 ベネディクトゥスの家族問題が出たあたりから、ヘレナは気まずそうに彼から目を背ける。五歳の子供であるヘレナに家族が亡くなったことの接し方などわかるはずがないのだ。

 そんな二人は無視して、クラウディアはベネディクトゥスの頬を撫でる。ジト目であまり感情が動かない少女の突発的な行動に先ほどから二人は驚きっぱなしだ。地位が王族の次に高い家の一番娘の行動を止めることなど公の場では侯爵家として扱われるアスター家のベネディクトゥスにはできない。当然ヘレナもできるわけなく、クラウディアとベネディクトゥスのことを交互に顔を動かし、そわそわとしている。


「あ、あの……」

「綺麗な目をしていますね」

「「ッ!」」

 

 クラウディアの一言にベネディクトゥスは怒りで目の前は真っ赤に染まった。本来ならアスター家は蒼に近い紫の瞳を持ち、公爵に近い地位という偽り、国の腐敗を探ることを生業にする。しかし、ベネディクトゥスは血を固めたような紅い瞳だ。当然そんな瞳を持つ爵位の家はいない。

 紅い瞳は昔はパシフィス大陸では忌避の一部として見られていた。血のような色をした者をはめ込まれて生まれた者として悪魔の使いと言われ、迫害の対象とされていた。しかし、今は紅い瞳を持つ者と悪魔が関係していることがないことがわかり、迫害を受けることがなくなった。それでも紅い瞳を持つ者たちの立場が悪いのは未だ人の心には根付いている。だからベネディクトゥスがこの披露宴に来たくなかったのだ。根本的に負けず嫌いでプライドの高い彼は——実際は杞憂ではあったが——親から影響を受けやすい子供から馬鹿にされるなど耐えられそうになかったのだ。

 そして今、コンプレックスである紅い瞳に対して言及された。臆面通りならクラウディアが言ったことは誉め言葉であるが、そんなことベネディクトゥスには関係がなかった。当然貴族である彼女が紅瞳のことを知らないわけがない。にもかかわらず彼女がそれについてほめるのならそれは明らかな皮肉だと思うのは貴族社会を学んでいたベネディクトゥスにとっては当たり前のことだった。

 ベネディクトゥスが怒りに任せて口を開こうとしたとき、彼を呼ぶ声が聞こえた。その声で少し冷静になった彼は口を閉ざし、顔を見せないように一礼する。


「……父上に呼ばれているようです。僕はこれで失礼します」

「……あっ」


 クラウディアが口を開く前にベネディクトゥスは踵を返し、玄関の方へと向かっていく。

 微妙な空気の中、ヘレナとクラウディア取り残されてしまった。


「…………あたくし、何か間違ったこと言いましたか?ヘレナ」

「あー。……おそらくですけど、彼の嫌なことを言ってしまったのでしょう」

「本当に彼の目がきれいだと思ったから亡くなってしまったあの子を産んだ人も幸せだったと言いたかったのだけど。……そう、嫌だったのですね。目の色ひとつで他人を区別するなんて面倒です……」

「……」


 ヘレナは沈黙するしかなかった。大公爵の彼女クラウディアに意見することは難しく、そして彼女が言っている瞳の問題はヘレナ自身も些事だと思っていることだからだ。確かに爵位によって目の色はある程度決まっているが、それでもベネディクトゥスのように突然異なる色を持って生まれる者もいることは明らかで、その者たちが能力的に何も劣っていないことをヘレナはすでに知っているのだ。

 しかし、公の場でそのようなことを言えるわけがないためにヘレナは歯がゆい思いを抱え、何とも後味の悪い状態で披露宴を終えた。


 ——それから数日後。ベネディクトゥスが住む屋敷の客室では。


「——あなたの婚約者となります。ヘレナ・フルフィウスです。よろしくお願いするわ」

「……あ、はい?」


 新たな風が吹き込んでいた。

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公爵貴族のリベンジ~鬱エロゲに転生。モブキャラだと思ったら正体不明の黒幕でした~ 金絲雀 @325100

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